駆け出し城主、駆け出し盗賊。
第一章 二人の城主
「う……」
あの後どうなったのか、ゲオルグはあまり良く覚えてはいなかった。愛馬シェルバから引き摺り下ろされ、上から大勢の兵士に乗っかられて身動きを封じられた後に、あの禿げ頭の中年男から鼻への蹴りを受けたところまでは思い出すことが出来た。
気を失う直前に見たのは、その中年男のいやらしく品のないしたり顔である。
「くそっ! 何が何だかわからん!」
そして気が付けば両手両足を縄で縛られ、この冷たい石畳の上に放り出されていた。小さな部屋のようなこの空間はかなり暗く、そしてカビ臭い。よどんだ空気が漂っていた。
この場所に牢屋か何かだと適当に見当をつけ、ゲオルグはとりあえず縄を外そうともがいてみる。
「うっぐ! ふぅん! ぐおおおおっ!」
しかし、もがけばもがくほどに縄は手首と足首を強く締め付けてきた。
「ダメだ……はぁ……」
と、ため息を吐いた先に小さな何かが動いているのが見える。石畳の上をチョロチョロと動くそれは、小さな瞳でゲオルグを見つめていた。
「俺はこんなネズミと同居するのか……」
「そいつはネズミじゃなくてリスだぜ、新入り」
奥の暗がりから、やや高い少年の声。おそらく自分と同い年かそれ以下の印象を受ける。
「だ、誰だ? 誰かいるのか?」
「オイラはニド。寝ているお前の正面にいるぜ。ま、こう暗いとはっきり見えないだろうけどな」
ニドと名乗る少年は、勝手に喋り出した。
「ところでよ、お前は何の罪で捕まったんだ?」
「俺は……そうだな、名を名乗っただけだ」
「何だって? そんなんでここに入れられちまったっていうのか?」
腑に落ちない様子で尋ねてくるニドに、ゲオルグは名乗ってやる事にする。
「俺は東ベルン城の新城主、ゲオルグ・オートマイヤーだ」
「新城主だって!? だはははは!」
「な、何故笑うんだ?」
疑問に思うゲオルグは、自分が鼻血を出している事に気が付いた。このせいで笑っているのかもしれないと思い、石畳で鼻を拭く。
だが、ニドは笑うのを止めなかった。そしてどうにか笑いをこらえつつ答える。
「て、敵にあっさり捕まるようなバカな城主がいるかっつーの!」
そして再び笑い始めた。
「わ、笑うな! 来る城を間違えたから捕まったんだ! 仕方ないだろう!」
「余計にバカだっ! だはははは!」
暗い空間に笑い声がこだました。ゲオルグはその声を遮るように叫ぶ。
「俺にも訳が分からないんだ! 何故こんな事に……」
ゲオルグが歯ぎしりをして悔しがると、ニドは笑うのを止めた。
「話してみろよ。新城主様はどうして来る城を間違えたって言うんだ?」
「うるさい。お前になんか話す理由も道理もない」
「冷てぇなぁ……ちょっとくらい良いだろ? どうせ暇なんだし」
「……」
ニドを無視してゲオルグは眠る事にした。暴行を受けた傷も痛むので、話をする気分でもない。
しかし、固く目を閉じていると自分の顔にフワフワとした毛が当たり始めた。
「はっくしょん! こ、このネズミめ! ふっ!」
強く息を吹きかけて追い払うと、フワフワな毛の持ち主は逃げていく。
「だから、ネズミじゃなくてリスだっつの。ピートって言うんだ」
「どうでもいい」
「そうカリカリすんなって。そうだピート、頼むぜ」
再び眠りに付こうとしたゲオルグの背中の上を、ピートがチョロチョロと動き回りだした。うまく身動きが取れないので、体を揺さぶって追い払おうとする。
「お、おい、リスをどけてくれ。眠れないぞ」
「いいから大人しくしてろって。音が聞こえないのか?」
「何? 音だと?」
そう言われ、ゲオルグが耳を澄ましてみると、
カリ……カリカリ……
手首の辺りから小さな音が聞こえてきた。縛り付けていた綱が緩んでいく。
「こいつ、噛み切るつもりなのか?」
「ただのリスじゃねぇぜ。盗賊やってるオイラの大事な相棒よ」
程なくして綱が切れた。手首が自由になったので、そのまま足を縛っていた綱も解く。ゲオルグは身を起こし、大きく背伸びをした。
「助かった。それにしても、お前が盗賊だったとはな」
「そうさ。まだ駆け出しだけどよ、これから絶対有名になるぜ!」
「捕まっておいて余裕の発言だな」
「へっへっへ、実は捕まってる訳じゃねぇんだ。好きでここにいるんだよ」




