絶好のチャンス
その時、上から階段を下りてカールがやって来た。
「何かあったんですか?」
「なな、何もないわ。とても平和よ。今日もいい天気よ」
「そうですか……あれ?」
窓から垂れたロープをカールが指差した。
「それ、なんですか?」
「えっ!? あっ! これはその、私の洗濯物を干そうと思ったのよ!」
「ああ、だから今日はそんなに庶民的な服なんですね?」
「そ、そうなの! ドレスの代わりに、たまにはこういう服装もいいかなって!」
カールは笑顔で挨拶すると、最上階の自分の持ち場へと戻っていった。
「ふぅ、危なかったわ……」
胸を撫で下ろしていると、ニドが慌てた様子で部屋へと戻ってきた。
「何を騒いでんだよぉ! 城壁の下に人がきて作戦が台無しだぜ! 行ったらバレちまう!」
「だ、だってゲオルグが押したんだもの……」
ふくれっ面のソフィーティアがロープを解いて片付けた。
「そもそもこんな作戦では無理があったのよ」
「じゃあ他に方法があるってぇのか?」
「あるわ。あるのよ。南東のこの場所に人が集まっている今が絶好のチャンス!」
ソフィーティアは下り階段へと駆け出した。
「急いで! こことは逆の、北西に向かうわよ」
ソフィーティアを先頭に一行は塔を駆け下り、城壁に沿うようにして走り出した。すぐ上を見上げると、多くの兵士達がカールと話をしていた。ゲオルグ達に気付く様子はない。
「意外と自分達の真下は見ないんだな」
「灯台もと暗しってことわざは、まさにこの事ね」
走りながら会話する余裕すらあった。
やがて南東の塔から城壁沿いに三つの塔を通過したところで、ソフィーティアが立ち止まる。ゲオルグとニドもそれに続いて止まった。
「どうしてこんなところで立ち止まるんだ?」
ゲオルグが尋ねると、ソフィーティアはその口を手で塞ぐ。
「しっ! 静かに! ここからは見つからないようにゆっくり行くわ」
今度は足音を殺して歩いた。北西の塔の間近に来ると、その手前の城壁にはしごのような棒がいくつも立掛けてあった。その長さは城壁の頂上にまで達している。
「あれよ。あそこを登って城壁を越えるわ」
棒に近付いてみると、たくさんのバラのつるが絡み付いていた。
「はしご……ではないな。バラのための支柱か?」
「そうよ。テレーズが育てているの。綺麗でしょ」
二人が真っ赤なバラを眺めていると、ニドが後ろからソフィーティアの手を引っ張った。
「おい、誰かが館から出てくるぞ! 隠れろ!」
「テレーズかしら?」
三人は城壁から離れ、館の壁際に身を寄せて様子を伺う。
すると、ソフィーティアの言う通りにじょうろを持ったテレーズが現れた。道脇の井戸から水をくみ上げると、じょうろを使ってバラに水を与え始める。
「テレーズはね、バラが大好きなの」
優しい子守唄を鼻歌で歌いつつ、丁寧に水を与えていく。やがて作業を終えると、再び戻っていった。
ソフィーティアが懐から白い手袋を取り出してはめる。
「さあ、バラの支柱を登るわよ」
「オ、オイラ達の手袋はないのか?」
「ないわ。だってこんな作戦になるとは思ってなかったもの」
そして先行して支柱を登っていくソフィーティアを仰ぎ見る二人。
「うげげ! オイラ嫌だなぁ……」
「バラのトゲが刺さらないように注意すればいい話だ。行くぞ」
ゲオルグもすいすいと登っていく。置いていかれそうになったニドは支柱に飛びついた。
「とほほ……オイラは身軽だけど繊細な指だからこういうの苦手なんだよなぁ……いてて!」
文句を言いながらも、盗賊が本職のニドは一番に城壁の頂上へと辿り着いた。兵士達がまだ戻ってきていない事を確認すると、ロープを城壁の外へと垂らす。
見回りのいない城壁から悠々と脱出し、三人は外の土を踏み締めた。
ニドはロープを片付けつつ、鼻をすする。
「へへっ、二人とも盗賊の才能があるかもしれねぇなぁ」
「ちっとも嬉しくないわ。さっさと行きましょ」
「けっ! たまに褒めたらこれだ! なんでぇなんでぇ!」
ニドの愚痴を聞きつつ、三人は城下町へと繰り出した。
城下の市場は活気のピークを迎えていた。商人達の威勢の良い呼び声が絶えず飛び交い、客もそれに合わせて増減を繰り返す。老若男女、民族や種族を問わず無数の人間が混在していた。
ソフィーティアが黙って露店のアクセサリー屋に突入しようとしたので、ゲオルグが手を引っ張ってそれを止める。
「ソフィーティア、そこに東ベルンの情報はない」
「けち」
「それより、外部から来た人間が集まりそうなところはないか?」
ゲオルグは首を回して市場を眺めた。




