逆襲のゲオルグ
第二章 ひとときの脱出
窓から顔を出すと、爽やかな谷風がゲオルグの頬を撫でた。燦々と輝く太陽は横たわる山々を照らし、その上空を飛ぶ鳥が優雅に弧を描く。雲ひとつない青空がメルメトの山岳地帯に広がっていた。
視線を下ろせば城下町が見える。優しい赤の色合いで造られた家並みが、とても特徴的な景観だった。城も赤ければ城下町も赤い。山の持つ土質がこの素晴らしい色を生み出していた。その合間合間に住民の姿がちらほら見える。
取り分け人の動きが大きいのは、街の一角にある市場だった。様々な服装の民族が入り混じっていることから、旅商人達がこの集団を構成している事が伺える。たくさんの荷物を背負った馬やロバも連れられて、広い通路を四方八方に移動していた。街を取り囲む強固な城壁にはいくつも門が設けられ、そこから出入りしている。
行き交う人の波は絶え間なく続き、活気と賑わいを見せていた。
その人景色をゲオルグが静かに眺めていると、部屋の扉が騒々しく開かれた。
「ゲオルグ! お茶にしましょ!」
ソフィーティアが茶器の並んだ移動式の配膳台をガチャガチャと運び入れてくる。
ゲオルグは首だけで振り向いた。
「いらないぞ」
「何を言っているの? 私はいるの。さっさと準備して煎れてよね」
テーブル脇に配膳台を運ぶと、ソフィーティアは早々に椅子へと着座した。ついでにスプーンでカップを叩いて催促する。
「細かい茶葉だから蒸らしすぎないでね。分量も正確に。砂糖も入れすぎないでね。少し多目がいいわ。あ、多目といっても味と香りを消さない程度よ。それから――」
適当に聞き流しつつゲオルグは紅茶を煎れていく。ただ、大筋の注文は最低限外れないように注意した。
「そら、出来たぞ」
ソフィーティアはカップをスプーンでひとかきしてから口に運ぶ。
「うん、ダメね。ぬるいわ」
何のためらいもなく紅茶をゲオルグの顔に引っ掛けた。
「どぉわぁっちいいいい!」
ゲオルグは思わず仰け反る。襟元に染み込んだ紅茶はほかほかと湯気を立てた。
「な、な、何をする!」
「全然ぬるいのに……大袈裟ねー」
「湯気が立ってるんだぞ! すごく熱かったんだぞ!」
バタバタと服を叩いて紅茶を冷ます。
「お前の俺に対する扱いは捕虜、いや下僕、いや奴隷、いやいやそれ以下だっ!」
「そんなことないわ。私、ゲオルグのことが大好きよ?」
スプーンを咥えて砂糖を舐めるソフィーティアに、どうにか紅茶が冷めたので怒鳴る。
「人に熱湯を浴びせる奴が言う台詞かっ! どう考えても嫌っているだろう!」
「誤解しないで! 私はね、ゲオルグにお茶をかけたらちょっと面白いかなって思ってやっただけよ!」
「面白いかっ! 俺を虐待するのがそんなに面白いのか! 言え! どうだんだ!」
ソフィーティアはにっこり笑った。
「最高に面白いわよ。日課にするわ」
「うわあああっ!? あ、あっさりと恐ろしい事を言った! こんな生活もう嫌だっ!」
部屋を飛び出すゲオルグ。
ソフィーティアが背後で叫んだ。
「あっ! ま、待ってゲオルグ! ロバート! お願い、ゲオルグを止めてっ!」
ばぁん!
廊下をひた走るゲオルグの正面。一つの扉が勢い良く開かれると、そこからロバートが飛び出してきた。青いシャツに筋肉を強引に詰め込んだ、いつもの格好である。
「少年よ、この私がいることを忘れたのかっ!」
「いいから退け! さっさと退け!」
「断る! 喰らえっ!」
正確に鼻を狙った拳が飛んでくる。ゲオルグは走る速度を緩め、膝を折ってその伸びた腕の下に潜ると、ロバートの肉体が目の前にまで迫った。
更にロバートは腹を狙った蹴りを放つと、ゲオルグは身をよじって回避する。
「昨日と同じ手か! 進歩がないな!」
もう一発、右脚による蹴りも回避すると、ゲオルグは渾身の力を込めてロバートの右脇腹に肘を打ち込んだ。
「どりゃあ!」
「うごぉ!?」
巨体が止まる。直後、床に倒れ込んだ。
「さらばだっ! 俺は自由だぁーっ!」
ゲオルグは全力で廊下を走り去る。
部屋から出てきたソフィーティアが、ロバートの側へ駆け寄った。
「ロバート、大丈夫?」
「大丈夫ですが、急所を撃たれました……すぐには立てません……」




