忠犬ゲオルグ
ソフィーティアが扉を開ける。大きな花瓶が飾られたテーブルや美しい装飾の施された鏡、天蓋の付いたベッド……。その他にも様々な家具や装飾品が置かれていた。
「そこに座ってもらえる?」
ゲオルグはソフィーティアに促されて椅子へと腰掛ける。
「いやあ、まともな部屋に来ると安心するなぁ!」
大きく背伸びをするゲオルグを見て、ソフィーティアが微笑みながらその正面に座った。
「フフ……ところでゲオルグ、少し話がしたいの。いい?」
「ああ。いいぞ」
椅子にもたれてくつろぎながら、ゲオルグが尋ねる。
「で、何だ?」
ソフィーティアはテーブルに肘をつき、手の平にあごを乗せた。
「とりあえず、私の配下になったんだからすぐに死ぬようなことはないと思うわ。ただ、テレーズやバルガはどう動いてくるか分からないの」
「そうだな。気をつけよう」
「だから、さっきのみたいな勝手な行動はやめてよね」
「おう……だが、なぜお前は俺に色々と親切にしてくれるんだ?」
「私、忠実な配下が欲しかったの。それだけよ」
あっさりと答えたソフィーティアにゲオルグは面食らったが、単純な理由だったので安堵する。
「なんだ、それだけなのか……いいぞ、忠実に仕えてやるから何でも言ってくれ」
「じゃ、三回クルクル回ってワンって鳴いてもらえる?」
「ふむふむ三回クルクルでワンワン? そんなの簡単……んん、なんだとっ!?」
驚きで椅子から落っこちたゲオルグは、目をぱちくりさせながらソフィーティアを見る。
彼女は薄っすらと笑みを浮かべたままだった。
「だから、いーい? 三回だけ回るの。そしたらワンって元気良く鳴くの。難しい?」
「難易度の問題じゃない! ソフィーティア、俺は――」
「私は忠実な配下が欲しいって言ったのよ?」
反論を遮るソフィーティア。良く見れば、冗談を言う顔ではなかった。
ゲオルグは腕をわなわなと震わせる。
「一城の城主である俺が犬の真似事だと!? 冗談ではない! 断る!」
「仕方ないわね……ロバート! ロバート!」
ソフィーティアが叫ぶと、すぐさま扉を叩く音が聞こえた。
「お呼びですか?」
入ってきたのはかなり大柄な男だった。着ている服も十分に大きいはずだが、それをはち切れんばかりの筋肉が内部から盛り上げている。いかつい顔つきに固く結んだ口。短く切りそろえられた髪に少しの口髭。歳はゲオルグよりも二回りほど上に見えた。
その男、ロバートに向かってソフィーティアが静かに命じる。
「ロバート、そこの彼に軽くお仕置きして欲しいの。新入りの配下、ゲオルグよ」
とても優しそうには見えないその男は、視線をソフィーティアに向けながら、
「彼、ですか?」
ゲオルグを指差した。
目の前にちらつくその指が気に食わないゲオルグは、威嚇するように歯を見せて睨む。
「やれるもんならやってみろ!」
ドカン!
「うぐあっ!」
指差していた手はグーに握り直され、そしてゲオルグの鼻っ柱を正確に捉えた。
「これでよろしいですか?」
「うん。ありがとうロバート」
あくまでも彼の視線の先にはソフィーティア、であった。
ゲオルグは鼻を押さえつつわめく。
「くそっ! 油断した! まさかそのまま殴るとは……」
対照的に、優しく微笑むソフィーティア。
「ゲオルグ、さぁ、回って見せて?」
「ふざけるな! 絶対にやらないからな!」
「じゃ、ロバートにもう一度お仕置きしてもらうといいわ」
「フン、同じ手が通用するとでも思っているのか! 俺は――うぐおっ!?」
しっかりと顔面をガードするゲオルグだったが、がら空きの腹にロバートの足がめり込んだ。
「おおおお……」
立っているのもやっとのゲオルグに、ソフィーティアから三度目の命令が下る。
「もう言わないわよ? 回って」
フラフラとよろめきながら三回転し、床にぱたりと倒れた。
「ワ……ワ……ワン……キャインキャイン……」
「よく出来たわゲオルグ! ご褒美に私の手作りクッキーをあげるわ!」
ソフィーティアがゲオルグのぽっかりと開かれた口にクッキーを投げ入れる。
しかし、ゲオルグに顔へ向かって吐き出された。
「ロバー……やっぱりいいわ。自分でやるから」
ソフィーティアは馬乗りになり、窒息するまでクッキーを詰め込んだのだった。




