ジェットコースター
頭上で、ゴオッという音がした。反射的に見上げれば、俺達の真上にジェットコースターのレールがグネグネと張り巡らされている。その上をすごい速さで滑走するジェットコースターは、大勢のロンゲリアンで満員だった。全員ロン毛を風になびかせ、奇声を発して両腕を上げ、アトラクションを目一杯楽しんでいるようだ。
「まいったな、これじゃ迂闊に近づけない」
どうしたものかと、俺は頭を抱えた。
このジェットコースター乗り場へ辿り着くまでにも、園内のあちこちでロンゲリアンを見かけた。しかしその度に迂回したり隠れてやり過ごしたりして、何とかここまで来たのだ。今さら後には引けない。
それにしても、ロンゲリアンの数がどんどん増えているように感じるのは、気のせいだろうか。
「どうしよう……」
また、ジェットコースターが頭上を通り過ぎた。
「……あ!」
ふいに、美咲が声を上げた。
「ねえ、健太くん。そのバッグ……」
美咲は、俺が肩にかけていたバッグを指差した。愛美のだ。捨ててしまう訳にもいかず、ずっと持ち歩いていたのだ。
「ちょっと見せて! もしかしたら……」
美咲はバッグの中をごそごそと探った。
「やっぱり! あった!」
美咲が嬉しそうな顔をして取り出したのは……、髪の毛の束だった。
「ヒッ!」
思わず後ずさった俺に、美咲は笑った。
「健太くん、大丈夫。ウイッグだよ。それにほら、エクステも」
「ウィッグ……? エクステ?」
「そう。自分の髪にワンポイントでつけたりするの。愛美はオシャレだから、もしかして持ってるかもと思ったんだ。これがあれば……」
「……あ!」
俺にも美咲の考えが飲み込めた。これを付けロンゲリアンのふりをして、ジェットコースターに近づこうというのだ!
「すごいな美咲! 名案だ!」
ジェットコースターに並ぶロンゲリアン列の最後尾に着いた俺は、周囲をそっと伺った。どうやら、怪しまれてはいないようだ。俺は安堵の溜息をもらした。
美咲が、俺を見てクスッと笑う。
「こら、美咲」
「ご、ごめん。だって……」
無理も無い。美咲の手を借りてウイッグでロン毛になった俺は、想像した以上にロンゲリアンらしかった。対象的に美咲は、ロン毛のエクステがごく自然に馴染んでいる。いつもと違って見える美咲に、俺は胸の動悸が収まらない。目を逸し、ジェットコースターの列に並んでいる、周りのロンゲリアン達を見つめていた。
だが……。改めて近くで眺めているうち、俺の胸に疑問が沸いてきた。
「なあ、美咲……。こいつらって、何なんだろうな」
「え?」
康介が言った通りだ。俺達はロンゲリアンの事を、まるで知らない。
「このロンゲリアン達も皆、元は人間だったんだろうか……」
そう思うと、何だか悲しくなった。
そうこうしているうちに列は進んで行き、俺達の乗る番がきた。座席に座り、安全ベルトを締める。座席は三人一列で並んで座るようになっていた。
「あ、すいませ~ん」
後から来た客が、俺の隣に急いで乗り込んだ。
「ん? お前……」
「あーっ! き、きみたち、こんなとこで何してるぴょん!?」
それはドリミィ~だった。俺の顔を見て、ひどく驚いたようだ。
「ジェットコースターを調べに来たんだよ」
「えっ……」
ドリミィ~の顔色が変わった……気がした。着ぐるみに顔色なんてあるわけないが、とにかくそんな気がしたのだ。
「ど、どうして!?……ぴょん?」
「どうしてだっていいだろ。……お前、もしかして何か知ってるのか?」
「しっ知らな……、いやいやいや!何もないぴょん!ジェットコースターなんかつまらないぴょん!やめたほうがいいぴょん!やめるべきだぴょん!ほらあっちにコーヒーカップがあるぴょん!クルクル回って面白いぴょん!ほらゴーカートも……」
「待てよ! 怪しいな……。やっぱりジェットコースターには、何か秘密があるんだな?」
「ないぴょん! なーーーーんにもないぴょん!」
ドリミィ~は、両手を挙げていかにもおどけた仕草をしてみせた。俺と美咲は顔を見合わせた。
しかしその時発車のベルが鳴り、会話は遮られた。ガクン、と一度大きく揺れた後、ジェットコースターは重々しく走り出した。
ジェットコースターは轟音を立て、右に左に、上に下に滑走する。
「け、結構、すごいな……」
「やだ~! 健太くん、怖いの?」
美咲は俺をからかった。わりと平気な顔をしている。
「こ、怖くねーよ!」
「うそぉ~♪」
なんだかデートみたいだ。自分達の置かれた状況も忘れ、俺はウキウキした気分になっていた。
――次は、ちゃんとした遊園地に一緒に行こう。
だがしかし。
「わぷっ!」
何か軽いものが飛ばされてきて、俺の顔を塞いだ。反射的に手をやってそれを掴み取った俺は、自分の目を疑った。
ロン毛だ。それはどこからか飛ばされてきた、ロン毛の束だったのだ。
「やだ、何これ! 気持ち悪い……!」
見れば美咲の着ている服の肩や背中にも、まるで猫の毛のようにロン毛が張り付いている。
周りを見回した俺は、冷水を浴びせられたようにぞっとした。ジェットコースターに乗っているロンゲリアン達が、自らのロン毛を束にして引き抜き、ばら撒いているのだ!
「な、何してるんだ、こいつら!?」
痛くないのだろうか。ロンゲリアン達はまるで子供がタンポポの綿毛でも飛ばすように、ジェットコースターの巻き起こす風にロン毛を乗せている。その様子は、楽しそうにすら見える。
ハラハラと地上に向けて降り注ぐ、大量のロン毛――。
ジェットコースターから降りたドリミィ~は、まるで遠くを見るような目つきで、ぼんやりと立っている。
「ねえ」
美咲は腰をかがめて、子供相手にするように優しくドリミィ~に話しかけた。
「教えてくれない? ロンゲリアン達がどうしてあんな事してるのか……」
ドリミィ~は視線を俺達に戻すと、小さく溜息をついた。
「まあ、教えてあげても構わないぴょん。どうせ……」
ドリミィ~はふと言葉を切った。
「――昔、ある科学者がいたぴょん。その男は、ある理由で世界を憎んでいた。世界中の人を皆、ロンゲリアンにしようとしたんだぴょん。まず手始めに、この裏野ドリームランドのジェットコースターを使って……」
「ロンゲリアン毛をばら撒いたのか!?」
ドリミィ~は頷いた。
「なあドリミィ~。そもそも、ロンゲリアンって一体何なんだ?」
「ロンゲリアンとは……、いわば怨念だぴょん」
「怨念?」
「そう。その男の、世界に対する憎しみを具現化したようなものだぴょん……」
なんかよく分からないけどすごい怖いっぽい。俺は身震いした。
ところが、美咲が突然俺達の間に割って入った。
「ちょっと待って! 文学的言い回しで誤魔化そうとしてもだめよ!」
「へっ?」
「その話、少しおかしいわよ。だって言ってたじゃない。『ロンゲリアン毛を移植されてロンゲリアンになる』って。ロンゲリアン毛をばら撒いたって、それだけじゃ人をロンゲリアンにする事は出来ないわ」
「た、確かに」
美咲は賢い。俺は改めて、その横顔をウットリ見つめた。
「それは……、その……、言葉の綾というやつだぴょん!」
「おかしいと思ってたの。ロンゲリアンにロンゲリアン毛を移植された人間がロンゲリアンになる。それなら、最初のロンゲリアンは? どうやってロンゲリアンになったの?」
「そ、それは……、その……」
「最初の人達をロンゲリアンにする為に、ロンゲリアン毛をジェットコースターから撒いたのなら……」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。俺のような脳筋には、美咲の言わんとしている事は想像もつかない。
「ロンゲリアンは、ウィルスって事じゃないの!」
「え、そ、そうなのか?」
「そうよ。だってばら撒かれたロンゲリアン毛に感染して、最初の人達はロンゲリアンになったんでしょ。しかもその科学者が計画的にロンゲリアンウィルスを撒いたなら、ウィルス自体、人為的なものの可能性が高いわ! その科学者は、自分でウィルスを作り出したんでしょ? 最初の人間をウィルス感染させてロンゲリアンにして、後はその人達がどんどんロンゲリアン毛を移植して仲間を増やす。そうよね?」
「ウッ」
「ちょっと油断して、喋りすぎちゃったわね? ドリミィ~」
美咲はニッコリと微笑んだ。だが……。
「どうせもう、手遅れだぴょん」
「……え?」
「きみたちも、ロンゲリアンになるんだぴょん! だから知られても構わないぴょん!」
確信したかのようなドリミィ~の言葉に、俺はハッとした。そうだ。ウィルスって事は、もう大分この裏野ドリームランドにいる俺達も、既に感染しているんじゃないか!?
美咲も同じ事に気づいたらしい。顔が青ざめた。
「そんな……! 嫌よっ! あたし、ロンゲリアンになるなんて嫌!」
美咲は狂ったように、服にまとわり付いたロン毛を払い落とそうとした。
「美咲、落ち着け!」
「嫌っ! 健太くん、助けて!」
美咲は涙を浮かべた瞳で、俺の顔を見上げた。俺は思わず、美咲をしっかりと抱きしめた。
「美咲…。大丈夫だ。俺が守ってやる!」
「健太くん……」
俺と美咲は、じっと見つめ合った。
パチパチパチ。ドリミィ~が拍手をする。そしてにんまりと笑った。
「二人仲良く、ロンゲリアンになるぴょん!」
「お前……!」
「もうすぐだぴょん。よかったぴょ~~ん!」
俺はドリミィ~を睨みつけた。
美咲の肩を抱き、傍にあったベンチにそっと掛けさせる。
「美咲……、泣くなよ」
――ロンゲリアンになるまで、どのくらい時間がかかるんだろう。今の所はまだ、身体に何の異常も感じないが……。
「美咲。泣いてる場合じゃない。俺には、やらなきゃいけない事がある」
「え?」
美咲が顔を上げた。
「どれくらい時間が残されているか分からないけど……、ただ待っているよりは、せめて一矢報いてやりたいんだ。康介や、皆のためにも」
「健太くん!」
「その科学者……、何でそんなに世界を憎むのか知らないが、関係ない康介達まで……」
俺は、まだ被ったままだったロン毛のウィッグを剥ぎ取り、怒りに任せて地面に叩きつけた。
「ちくしょぉぉぉ! 康介は……、あいつは演歌歌手になるはずだったんだ! それがロンゲリアンのせいで……。許せねえ!」
俺は拳で何度も地面を殴った。
「何がアイキャントヒアユーだ!! 日本の心はどこ行っちまったんだよぉ! 康介えぇ……」
涙が一筋、俺の頬を伝う。ふと、柔らかいものが俺の肩に触れた。ドリミィ~だ。
「おまえ、ロンゲリアン、倒すぴょん?」
「…………」
俺は黙って頷いた。ドリミィ~は、じっと俺の目を見つめた。
「……おまえなら、出来るかもしれないぴょん」
ドリミィ~は何かを決意したように、静かに目を伏せた。
「アクアツアーズに行くぴょん。そこが、全ての始まり……」
「わかった。ありがとう」
俺はすっくと立ち上がった。ふと見ると、美咲が俺をじっと見つめている。
「健太くん……。今の健太くん、すごくカッコイイ♥」
「えっ!」
「健太くん……。あたしずっと健太くんの事……」
「み、美咲! 俺も美咲の事を……!」
「チッ」
ドリミィ~が、軽く舌打ちをした。




