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LONGERIAN――ロンゲリアン――  作者: 原案/gojo  作/桜井あんじ
7/10

野外ステージ

 野外ステージに近づくにつれ、大勢のざわめきが聞こえて来る。客がいるはずはないのだから、当然、大勢のロンゲリアンが集まっているのだ。俺は二の足を踏んだ。しかし……。


「きゃ~っ。拓也ってばぁ~、待ってぇ~♪」

「千花~! 早くしないと、あいつらに逃げられちゃうぞぉ♪」


 千花と拓也が、キャッキャウフフしながら執拗に俺達を追って来る。

 前門のロンゲリアン、後門のロンゲリアン。


「くそっ……」 


 俺達は、ちょうど野外ステージの裏側に行き当たった。楽屋口が開け放されている。辺りには誰もいない。 建物の中に飛び込むと、楽屋の廊下は入り組んでいてまるで迷路のようだった。「控室」「音響室」などと書かれたドアが、いくつも並んでいる。様々な大道具、小道具が、埃を被ったままま廊下に放置されている。劇の背景にでも使うのだろうか、牧場の風景を描いた大きな衝立のようなものが、壁にもたせかけてあった。そしてその横に、目立たないドアがある……。


――そうだ!


「康ちゃん、こっちだ!」


 康介と一緒にドアを開けて飛び込むと、裏側から衝立の位置をずらしてドアを隠した。これで向こう側からは見えない。

 ほっと一息つき改めて辺りを見回すと、そこは狭い階段室だった。上に向かう鉄製の階段が備えられている。


「美咲、大丈夫か」


 背中から降ろした美咲を、ひとまず階段に掛けさせる。美咲は足首に少し触れ、そっと立ち上がった。


「うん、平気。何とか歩けそう。――ごめんね、迷惑かけて」

「何言ってんだよ! 俺が鍛えてるの知ってるだろ。美咲一人くらい、何でもないよ」

「ふふ。健太くんて、頼りになるね」

「……!!」


――割り箸効果、すげえ!


「べ、別に」


 内心の動揺を悟られないよう目を逸し、俺は階段の上を見上げた。


「……よ、よし。とりあえず、登ってみるか」


 美咲に合わせてゆっくりと階段を登って行く。狭い階段のわりに思ったより長く、随分高い所まで続いているらしい。どうも、二階に通じる階段ではなさそうだ。登って行くにつれ、群衆のざわめきの声が大きくなる。どうやらステージの上部に向かっているらしい。やがて、ステージ上の司会の声までもがはっきり聞こえるようになってきた。


「レディ~ス ア~ンド ジェントルメ~ン!!」


 割れるような拍手と歓声。


「本日は、ミス・ロンゲリアンコンテストにようこそ~」


 階段の一番上まで登りきると、視界がひらけた。そこはちょうどステージの真上に設けられた足場で、ワイヤーで繋がれたゴンドラがある。ショーの演出なんかで、これでステージに降りるのだろう。俺達はゴンドラの中に座り込んだ。ここならステージ上からも、ちょうど死角になる。覗いてみるとステージでは、何やらコンテストのようなものが行われている。


「絶好の隠れ場所を見つけたな」


 思わず笑みがこぼれた。まさか誰も、こんな所に人が隠れていると思わないだろう。


「コンテストが終わって誰もいなくなるまで、ここに隠れていれば大丈夫ね」

「だけどさ……。その後、どうする? こうやってずっと、ロンゲリアン祭りが終わるまで逃げ回ってる? それに千花ちゃんや拓ちゃん、愛美ちゃんの事も……」

 

 康介が悲しそうに呟いた。

 それは、俺も美咲も同じ気持ちだ。幼馴染の三人は、もう戻っては来ないのだろうか……。


「ねえ。僕、思うんだけど。諦めるのは早いんじゃないかな」

「え?」

「だって僕達、ロンゲリアンの事ほとんど何も知らないよ。もしかして、ロンゲリアンを人間に戻す方法があるかもしれないじゃん」

「だけど、どうやってそれを調べれば……」

「ウワサだよ」

「ウワサ?」

「そう。ほら、『裏野ドリームランド七不思議』。七不思議はどれも、ロンゲリアンに関係があるみたいじゃん。そこに何か、秘密が隠されてるんじゃない?」

「秘密……」

「僕はジェットコースターのウワサが怪しいと思うんだ」

「怪しいって?」

「ジェットコースターのウワサだけ、変でしょ。他のはハッキリしてるのに、これだけ曖昧。どんな事故があったのか分からない、なんて」

「そうだな。そもそも何だか分からないのに『不思議』ってのも、矛盾してるよな……」

「ねえ、ここを抜け出せたら、ジェットコースターに行ってみようよ」


 俺は少し考えてみた。確かに康介の言う通り、何か分かるかもしれない。


「よし」


 俺も美咲も頷いた。


――ダダダダダダッ。

 突然、ステージ上のバックバンドがドラムロールを始めた。今まさに、今年のミス・ロンゲリアンが発表されようとしているのだ。

 ジャーン。司会のロンゲリアンが手にした紙を開き、名前を読み上げた。会場に広がる拍手と歓声。選ばれたロンゲリアンは両手を頬に当て、喜びの唸り声を上げている。司会者が何か大声でアナウンスすると、客席はワッと盛り上がった。

 その時だ。

――ガタン!!

 ゴンドラが激しく揺れた。


「きゃあっ」


 美咲がバランスを崩し、俺にもたれかかった。


「!!」


 ラッキー……!!


「えっ!? えっ! ちょっと!」

「や、やばいよ、健ちゃん!」


 ハッと我に返ると、なんとゴンドラが少しづつ下がり始めている! 慌ててステージを覗き込むと、大勢のロンゲリアンがゴンドラに注目していた。どうやら、ミス・ロンゲリアンがコレに乗って歌うか何かする趣向らしい。

 このままでは、大勢のロンゲリアンが注目するど真ん中に降りていってしまう。


「ど、どうしよう健ちゃん!!」


 俺は唇を噛んだ。


「よし、康ちゃん……」


 俺は美咲の両肩をしかと掴み、康介の方へ押しやった。


「まず俺がゴンドラから飛び出して、奴らを引きつける。お前はその間に、美咲を連れて逃げるんだ」

「えっ。だってそれじゃ、健ちゃんは……」

「俺は大丈夫だ。逃げ切るさ。後で落ち合おう」

「だめよ! そんなの! 一緒に逃げなきゃ……」

「誰かが囮にならなきゃ、一度に三人は逃げられない」

「じゃあ僕が囮になるよ!」

「康ちゃん……」


 俺はそっと、康介の細っこい手足を見やった。

 そういえば跳び箱四段がなかなか跳べなくて、放課後、練習に付き合ったっけ。逆上がりも、クラスの最後の一人になるまで出来なかった。一度だけ、運動会でビリから二番目を取った事があって、あの時は大喜びしていたな。

 懐かしい思い出が、走馬灯のように胸に蘇った。


「康ちゃん。囮は俺の方が適任だ。お前は美咲を守るんだ。分かったな」

「だ、だけど!」

「迷ってるヒマはない! 行くぞ!」


 ゴンドラは今まさに、大勢のロンゲリアンが見守るその中へ降り立とうとしていた。

 俺は勢い良くゴンドラから飛び出した! 一瞬、会場のロンゲリアン達は何が起きたのか分からず、ポカンと口を開け俺を見守った。だがゴンドラの一番近くにいたミス・ロンゲリアンが呻き声を上げると、その声を合図にしたように一斉に向かってきた! 

 中でもミス・ロンゲリアンは、晴れの舞台を横取りされて相当頭にきたのだろう。すごい勢いで俺に迫って来る。俺は逃げ出しながら、視界の端で康介と美咲を捉えた。うまいぞ。奴らは俺に気を取られ、二人には気づいていない。

 襲いかかるロンゲリアンを蹴り倒し、なぎ払い、俺はどうにかステージから降りた。このまま客席を突っ切って逃げるつもりだった。


「あっ!」


 後ろから思い切り飛びかかられ、前のめりにつんのめった。途端、首根っこを掴まれてしまった。何人かのロンゲリアンが俺に飛びつき、それぞれ腕や足を抑える。俺は振りほどこうともがいたが、多勢に無勢だ。


――しまった!


 やっぱり無理があったか。いくらなんでも人数が多すぎる。俺の筋肉を持ってしても、相手しきれるもんじゃない。

 一人のロンゲリアンが俺の前に立ち、ニヤリと笑った。そして俺の頭に手を伸ばした。

――ロンゲリアン毛を移植する気なのだ!

 これまでか。俺はそっと目を閉じた……。



――キィィィィィィイイイイイイィィイッィイィンンンン!!!

 突然、耳障りなノイズが大音量で会場に響き渡った。


「うわあぁっ!!」

「ウボボボァァアア!!」


 ロンゲリアン達も俺も、思わず耳を塞いだ。何事かとステージに目をやれば、なんと康介がいる。マイクを最大音量でハウリングさせたのだ!

 康介にそんな気転があったのかと感心している場合ではなかった。ロンゲリアン達は怒りの唸り声を上げ、ステージ上の康介に向かって行く!


「康ちゃーーーーん!」

「健ちゃん!!!」


 取り巻くロンゲリアン達に埋もれ、康介の姿はすぐに見えなくなった。


「康ちゃん! 今行くぞ!」


 しかし俺は群衆の動きに巻き込まれてしまい、思うように進めない。身体を伏せ、大勢のロンゲリアン達の足元を這うようにして進んだ。


「康ちゃん……!」

「健太くん!」


 やはり姿勢を低くした美咲が、ロンゲリアンの足の群れをかき分けつつ近づいて来た。


「健太くん……。康介くんが……!」

「あのバカ! 逃げろって言ったのに……!」


 俺はステージを見上げた。だが見えるのは、蠢くロンゲリアンばかりだ。


「康介くん……。『子供の頃、僕が虐められてると健ちゃんはいつも助けに来てくれた。今度は僕が健ちゃんを助ける番だ』って……」


 美咲は涙ぐんだ。


「康ちゃん……」


 ロンゲリアン達がようやく康介を解放した。ロンゲリアン毛を移植し終わったのだろうか。ロンゲリアンの群れの中心で、康介はよろよろと立ち上がった。


「康ちゃん……!」


 俺はロンゲリアン達を無理やり押しのけ、ステージに向かった。ステージの真ん中で、康介は呆然と突っ立っている。そして恐る恐る、頭に手をやった。五本の指にたっぷりと絡みつく、烏の濡羽色の豊かなロン毛――。


「なんじゃこりゃあああぁぁぁぁぁあ!!」


 康介は苦悩に身をよじらせた。

 無理も無い。身だしなみに厳しいご年配の方が多い演歌ファンの間で、このボサボサロン毛はとても受け入れられないだろう。演歌歌手になるという康介の夢が今、無残にも砕け散ったのだ。


「康ちゃん……」


 俺はなんとか慰めようと、康介にかける言葉を探した。だが、何が言えるというのか。歌は康介の命だったのだ。


「僕は……、まだ……、歌える……」

「康ちゃん……」

「僕は歌えるんだ! それなのに、このロン毛のせいで……!」


 康介はロン毛をかきむしった。

 

「康ちゃん……。気持ちは分かるけど……、諦め……」

「あ、いい事考えた!」


 突然、康介の顔が輝いた。

 

「僕、ヘビメタに転向する!」

「ええっ!?」


 康介はステージ上に待機していたバックバンドのギタリストから、ギターを奪い取った。そしていきなり、大音量で高音をかき鳴らした!


――キュウウウウウゥゥウゥゥゥウゥゥウゥゥゥウゥウウウイイイイイイイィィイィィン!!!

――キュゥワァァンキュッゥゥゥウウウウィィイイイン!!!

 

 会場にたむろしていたロンゲリアン達が、おや、という表情でステージに注目した。康介はすかさず速弾きパートに入る!

 

――ペケペケペケペケキュッキュワァァァンンン!

――ピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキ!!

 

 ロンゲリアン達は「おおっ」と口々に声を上げ、ステージ前に詰めかけた。バックバンドも、康介に合わせて演奏を始める。


「お前ら、俺の歌が聞きたいかー!?」

「バアアアアアアアアアアアアアアヴヴァヴァヴァァァァ!!」

「ボゲグゲグエゲエェェェェ!!」


 ロンゲリアン達は、口々に叫び声を上げた。


「アイキャントヒアユー!」

「ボウオオオオオゥゥゥゥォォォオオ!!!!」


 康介の煽りに応え、ロンゲリアン達はさらに声を張り上げる。観客の興奮はMAXだ! 


「オーケー!! じゃあみんな聞いてくれ! ロンゲリアンのテーマ!!」

 

――3・2.1!


 ドラムのカウントに合わせ、すかさずギターのイントロが入る。うねり、見る間に 高音域まで上りつめる。そして暴れまくる泣きのギター!


「イエェェェェェェ~~~~~~~~!!!」


 魂の底からほとばしる、康介の叫び!

 康介は歌い始めた。演歌で培ったコブシはヘビメタでも健在だ。サビ部分に入ると、ロンゲリアン達も声を揃えて歌い始める。ロン毛を振り乱し、激しいヘッドバンギング。


「ア~イ ネバ~~~~ フォーゲッ♪」


 ブレス。


「イェアアアァァァァ~~~~~~~~!!!!」


 美咲が、そっと俺の服の袖を引いた。目で合図をする。

 そうだ。康介の犠牲を無にしてはいけない。

 狂乱状態にあるロンゲリアン達は誰一人、俺達など目に入っていなかった。俺と美咲は腰をかがめ、


「すいません、ちょっと前すいません」


 と言いながらロンゲリアン達の間をすり抜け、会場の外に脱出した。

 最後に俺はもう一度だけ、振り返った。ロン毛頭の大群の向こうに見える、友の姿を。長い髪を獅子舞のように振り回し、叫びとも歌ともつかぬものを歌っている。日本の心を歌うのだと目を輝かせて語った、かつての面影はない。


「アイ ネバー フォーゲッ ユー……」

 

 小声で呟くと、後は振り返る事なく足早にその場を去った。

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