地下拷問室
「おい、拓也!」
「……何だよ」
窓辺の椅子に腰掛けて外を見ていた拓也は、仏頂面で俺の方を振り返った。
「お前、千花に何言ったんだよ。泣いてたぞ!」
「別に。俺は髪が長い女らしい子が好きだから、千花みたいなのは好みじゃないって言っただけだ」
拓也は、どうでも良いといった風に欠伸をした。美咲が眉をしかめた。
「ちょっと、拓也くん。そんな言い方ってあんまりじゃない!?」
「そうだよ。断るにしたって、もう少し言い方があるだろ。どうしたんだよ、お前らしくもない」
「うるせーなぁ」
拓也は目深にかぶったキャスケットの下から、鋭い目つきで俺を睨んだ。
「……とにかく、俺、探してくる」
拓也の態度にムッとして、俺はさっさと部屋を出た。
「あたしも行く!」
「ぼ、僕も」
千花と康介も俺に加わった。
「何なの、拓也くん」
美咲にしては珍しく、本気で怒っている。
「ねえ、健ちゃん。拓ちゃん変だよね? 拓ちゃんてさ、女の子にはとりあえず優しいよね……?」
康介の言う通りだった。拓也は根っからの女たらしだが、その分、女の子なら誰にでも優しい。もっとも、それがトラブルになる事も多々あるのだが。
「あのさ、ミラーハウスのウワサ……」
「…………」
口に出したくないので黙っていたが、やはり、俺もずっと同じ事を考えていた。
「と、とにかく今は千花を探そうぜ。な?」
俺は不安な空気を払いのけるように言った。美咲が、辺りをキョロキョロと見回す。
「千花、どこに行ったのかな。まさか外に出たりはしないだろうけど……」
「一階のどっかにいるだろ。下に降りて探してみよう」
俺達は、さっき登ってきた正面階段を降りて行った。
「おーい。千花~」
「千花ちゃーん。出ておいでよ~」
一部屋一部屋順番に見て回ったが、千花の姿はない。とうとう俺達は、廊下の端まで行き着いてしまった。そこはちょうど、あの非常階段の一階部分に当たる場所のようだった。二階と同じ様なドアがある。康介が何気なくドアノブに手をかけた、その時だ。
バン! と、向こう側から勢い良くドアが開いた。
「うわあああああああ!」
康介はものすごい声を上げ、まるで猫のように飛び退った。だが、
「あれぇ~? きみたち、まだいたのぉ?」
見ると、ドアの向こうから出て来たのは、ドリミィ~だった。
「ドリミィ~! お前こそ、ここで何してるんだ?」
「ドリミィ~はぁ、その~、え~とねぇ~。ンフフ~ン♫」
ドリミィ~は明後日の方を向いて口笛を吹いた。
「ドリミィ~。千花を見なかったか? ほら、俺達の中にいた、ショートカットの女の子」
「ああ、あの子ならついさっき会ったぴょん」
「会った!? で、千花はどこ行った?」
ドリミィ~は、ドアの向こう側を指し示した。そこには二階に続く階段の他に、地下へと降りる階段があった――。
「千花ちゃんは~、地下に行きました!! チカだけに! プククッ★」
ドリミィ~は、変な笑い声を立てた。
「地下って、拷問室があるってウワサの……。何でそんな所に!?」
「拷問室ねぇ~。ちょっと違うけどまあ似たようなものだぴょん。地下にあるのは、ロンゲリアン実験室だぴょん!」
「ロンゲリアン実験室!?」
「そうだぴょん。ロンゲリアンになるための……、ハワワワ!!」
ドリミィ~は慌てて口をつぐんだ。
「おい、何だよ!」
「あの子、ロン毛になりたいって言ったんだぴょん! だからドリミィ~は、地下実験室の事を教えてあげたぴょん!」
「な……!?」
そんな……。拓也の言葉に思い詰めた千花は、ロン毛を手に入れるために、自らロンゲリアンになろうと考えたのか!?
「ドリミィ~は、悪くないぴょん!」
ドリミィ~はそう言うとぴょんと飛び跳ね、瞬く間に俺の横をすり抜けて走り去ってしまった。
「健ちゃん……。ど、どうしよう」
「とにかく地下へ行って千花を……」
俺がそう言いかけた時だ。
――ヒタ ヒタ ヒタ
軽い足音が、地下から階段を登って来るのが聞こえた。
「……!」
――ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ
「ち、千花……?」
美咲が恐る恐る呼びかけても、返事は無い。
――ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ
「お、おい、千花だろ……? 返事しろよ」
――ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ!!
「うわぁぁぁあ~~!!」
康介の叫び声を合図にしたように、俺達は全速力で駆け出した。
正面階段を登り、二階へ。応接間に飛び込むと、慌てて扉に鍵を掛ける。拓也が驚いてソファから腰を上げた。
「お、お、おいっ! 拓也! お前のせいだぞ!」
「千花が……! 千花が!!」
「拓ちゃーん! どうしよう~」
拓也は怪訝な顔で俺達を眺めた。
「……何なんだよ、お前ら」
「千花が、ロン毛になろうとしてロンゲリアン実験室に……」
その時だ。
――ヒタ ヒタ ヒタッ
扉の向こうで、足音がぴたりと止まった。
「ウフフ。ウフフ。ウフフッフフフフゥ……」
俺達は静まり返った。
「た・く・や~~~~~~~~~~~!!!」
――ドンドンドンドンドンドンドンドン!!
尋常じゃないほど激しく扉を叩く音が響き渡った!
「ひぃっ!!」
「うぇえええあああああわわわああぁ!!」
「康ちゃん黙れよ! 余計怖いだろ!!」
「たくや~~。どぉこぉ~~?」
「皆、ドアを抑えるのよ!」
「拓ちゃーん! 何とかしてよお!」
「みてぇ~。あたしのロン毛~♪」
「千花待て! 千花落ち着くんだ!」
「ああぶぅああぁぁああぁぁ!!」
「た・く・や~~~~~~!!!」
バンッ! すごい力で扉が押し開けられ、俺達は跳ね飛ばされてしまった。
「見いつけたぁ♪」
千花は、床に届くほど長い豊かな黒髪で覆われた頭を左右にふりふり、ゆっくりと部屋に入って来た。その頭頂部は、一体どうやるのか俺には到底理解出来ない巧妙な細工で髪が結い上げられている。そして、それを引き立てる様々なアクセサリーが装着されていた。花、蝶、色とりどりのリボンや繊細なチェーン、なんかキラキラ光るやつ。
恋する乙女千花渾身の、なんとか盛りだ!
「どお~~~~? いいでしょぉ~~~~?」
千花は両手を肩の高さに上げて前に突き出し、拓也に向かってゆっくりと歩いて行く。
「拓也! 危ない!」
「拓也くん逃げて!」
俺達の叫び声が届かないのか、拓也はその場を動こうともしない。恐怖ですくんでしまっているのか。
「千花……。俺のために……」
「うふふふふ。あたし、ロン毛、似合う~~?」
千花は拓也の前で、くるりと回って見せた。長い髪がふわりと舞う。そして二人は向かい合い、じっと見つめあった。
「……似合う。すごくいいぞ千花! お前分かってるなあ~! 俺こういう、頭悪そうなのが好きなんだよ!」
拓也は満面の笑顔で答えた。
「え!?」
「ちょ、ちょっと拓也くん!?」
「ええ~。僕は短い髪の方がいいと思うけどなー」
俺達の意見になど耳も貸さず、拓也は千花のヘアスタイルを褒めちぎった。
「えー。やだぁ~。拓也ってばもぉ~」
「千花……」
「拓也……」
二人は自分達だけの世界に入ってしまっている。
「千花。俺と付き合ってくれ!」
「嬉しい!」
「お、おい拓也! 千花はロンゲリアンなんだぞ!」
「問題ない」
「いや問題あるだろ!」
「健太ひどい! あたしの味方だと思ってたのに……」
「い、いやその……。そんなつもりじゃ……」
「あたしがロンゲリアンだからって! 差別だわ! 差別!」
「ご、ごめん」
「分かってくれたのね」
「いや、まあ、その……」
「はっきり言いなさいよ!」
千花には気の毒だが、言わずにいられない。一途で真面目な千花だけに、こんな悲劇が起きてしまったのだ。自分からロンゲリアンになるなんて。だけど所詮人間とロンゲリアンでは、住む世界が違う。いずれ傷つけ合う事になるのは目に見えている。
「千花、じゃあハッキリ言わせてもらうけど……。人間とロンゲリアンのカップルがうまくいくはずが……」
「問題ないって言ってるだろ」
拓也が、断固とした調子で俺の言葉を遮った。
「……実は俺も、ロンゲリアンになってるからな!」
拓也は被っていたキャスケットを取った。こぼれ落ちる豊かなロン毛――!!
「やっぱりかーーーー!!」
「やったぁ。ロンゲリアン同士なら、問題ないね! 良かったね千花ちゃん!」
「ありがとう、康介くん♪」
「だから始めからそう言っただろ。皆、祝福してくれるよな?」
拓也はそう言って千花の肩を抱き寄せた。千花の灰色の頬が、ウットリと朱に染まる。
「え、えーと。まあ千花が幸せなら……、いい……のかな?」
「二人ともおめでとう!」
康介が拍手をする。俺はなんだか自分が、つまらない事にこだわっている気がしてきた。そうか。世の中には色んな人間がいるもんな。本人が幸せなら、それでいいよな。これも割り箸効果だ。
「そうか……。そういう事なら俺も祝福するよ。つまらない事を言って悪かった」
「分かってくれればいいのよ。あたしたち、絶対幸せになるね♪」
「ああ。そうだな千花。まずは手始めに……」
「皆にもロンゲリアン毛を移植して、ロンゲリアンになってもらうわ!!」
「初めての共同作業だな! 千花」
「やだぁ~。拓也ってばもぉ~♪」
二人は同時に掴みかかってきた!
「うわぁ~~~~!!!」
こういう時だけ、康介は一番早い。俺も美咲の手を引いて部屋を飛び出した。
「きゃ~! 健太ってばどさくさにまぎれて、だいたーん! ウフフフフ……」
「ああいう奴に限ってな~」
振り返ってみると、二人は歩いているようにしか見えない。それなのにすごいスピードで俺達に迫って来る!
俺達はドリームキャッスルを飛び出した。あてもなく、ただひたすら走る。
「わああーん! 健ちゃん、どうしよう~」
前方に、大きなドーム型の屋根が見える。イベントや着ぐるみショーなんかを行う、野外ステージの屋根だ。
「痛っ!」
美咲が躓いた。痛そうに顔を歪めている。足を挫いたのか!
どこか、隠れる場所は……!?
しかし辺りは見晴らしの良い広場で、身を隠せそうな場所はどこにもない。
「康ちゃん! とにかくあの野外ステージまで行こう!」
俺は美咲をおぶって走り出した。




