ミラーハウス
園内の案内板がまだ残っていたおかげで、ミラーハウスは簡単に見つかった。俺達のいる入場門のすぐ近くだった。
「よし! じゃあ入ってみるか!」
そう言って拓也は、左右にいた千花と愛美の手を同時に取った。
「通路が狭そうだし、三人一組の2チームに別れようぜ!」
有無を言わさぬ拓也のチーム分けにより、俺と康介と美咲がもう一つのチームになった。
「じゃあ拓也のチームは入口から入って、俺達のチームは逆に出口から入るってのはどうだ?」
「分かった。じゃあ中ですれ違う事になるんだな。ビビって逃げるなよ~!」
拓也は千花、愛美と一緒にミラーハウスの中に消えていった。残された俺達のチームは、ミラーハウスの外側をぐるっと周り、建物の反対側にある出口に向かった。
「ん?」
建物の角を曲がった時、俺はふと足を止めた。他のアトラクションや植木の間から、メリーゴーラウンドが見える。その横に誰かが立っているのだ。しかし目を凝らした瞬間に、その人影はもう見えなくなっていた。
目の錯覚だろうか。それとも、俺達のように冷やかし半分で探検に来ている連中が他にもいるのか。そうだとすると、せっかくの探検気分が台無しだ。俺は美咲と康介には黙っている事にした。
――俺が見たと思ったその人影は、ほとんど地面に届きそうなくらい長い髪をしていた。
ミラーハウスの出口からそっと中を覗き込むと、埃っぽくカビ臭い匂いが鼻をついた。壁のペンキは色あせ、鏡は所々ヒビが入っている。まさに廃墟、といった風だ。
「うわぁ……」
「なんか、気持ち悪いねぇ」
俺と康介は顔を見合わせ、囁き合った。
「ね、早く入ってみようよ」
美咲が、俺と康介の背中を軽く叩く。
「う、うん」
まさか嫌とは言えない。俺はそっと足を踏み出した。
狭い通路をヒタヒタと進んで行く。ミラーハウスの中は真っ暗で、持ってきた懐中電灯だけが頼りだった。幾重にも重なる鏡の世界の中で、その光は無限に分裂増殖していた。そして、何百人もの俺と康介と美咲を照らす――。
「ん?」
こちらに背を向け、手前から奥に向かってまるで行列を作っているかのような、大勢の「美咲」。その中の一人だけ、他の「美咲」より髪が長い……?
光の具合でそんな風に見えるのだろうか。俺は思わず目をこすった。
いや、やっぱり見間違いじゃない。美咲の髪は肩にかかるくらいの長さの、いわゆるストレートボブだ。しかしその鏡の中の一人だけは、美咲の綺麗な髪とは比べ物にならない、ボサボサに乱れた髪をしている。長さも、もっとずっと長い。地面に届くほどに長い……。
「なあ、康ちゃ……」
その時だった。長い髪の後ろ姿が、ゆっくりとこちらを振り返っ――
「きゃあああああああああ!!」
ミラーハウスに女の悲鳴が響き渡った。
「な、何!?」
美咲が驚いて辺りを見回す。
「あの声は……、愛美ちゃんだ」
ミラーハウスの奥の方からバタバタとこちらに走って来る足音がし、康介の言った通り、愛美が姿を現した。
「嫌~~~~っ!!」
狂ったように、走りながら長い髪をかきむしっている。自慢のゆるふわモテ髪が台無しだ。
愛美は、ぼんやり立っていた康介に勢い良くぶつかった。
「愛美ちゃん! どうしたの!?」
康介は愛美の肩を掴んで揺さぶった。
「く、く、く……、ひゃあああああ!」
愛美の言葉は意味をなさない。頭を振り、髪をめちゃくちゃにするのを止めない。
「ミラーハウスから出てきた人が、別人のようになってしまう」。そのウワサを思い出し、俺はゾッとした。
まさか……!?
だが康介は、落ち着き払って愛美の頭に手をやった。
「はい、愛美ちゃん。取れたよ」
そう言って、康介は何かをポイと床に投げ捨てた。見ればそれは、指の先ほどの小さな蜘蛛だ。
「えっ!? あ、ありがと……! 康介くん……」
我に返った愛美は、恥ずかしそうに俯いた。
「なんだ、蜘蛛かよ! 俺はてっきり……」
がっくり力が抜け、俺は大きく息をついた。
「だって、クモ大嫌いなんだもん!」
愛美はふてくされつつ、慌てて手櫛で髪を整える。
「ところで千花ちゃんと拓也くんは? 置いてきちゃったの?」
美咲の言葉に、愛美は、しまった! という顔で走って来た方を見やった。かと言って、もう一度戻る気にはなれないらしい。
「まあとりあえず、もう出ようぜ」
なんだかケチがついたような雰囲気に乗じて、俺は皆を促して外に出た。
「あいつらも、すぐ来るだろ」
やがて、千花が一人でミラーハウスから出てきた。
「あれ? 拓也は?」
俺が尋ねると、千花は、
「先に出て来なかった? 愛美を追っかけて、あたしの前を走ってたはずなんだけど」
と、首を傾げた。
俺達は互いに顔を見合わせた。拓也はどこかで違う道に入ってしまったんだろうか。しかしミラーハウスの中は、迷うほど複雑な作りでもなかったが……。
「おい、何やってんだよ」
その声に驚いて、皆一斉に振り返った。いつの間に出てきたのか、ミラーハウスの出口に拓也が立っている。
「拓也、やっと出てきたか。待ってたんだぜ」
「……ふん」
拓也は妙に素っ気なく呟いた。俺達の間に一瞬、沈黙が流れた。
「え~っと……、千花! 次はどこに行くんだ!?」
何だか気まずい空気を破ろうと、俺はわざと明るい声を出した。千花も慌ただしくスマホを取り出し、検索する。
「え~っと、ウワサその3。『廻るメリーゴーラウンド』だって。誰もいないのに、時々勝手に廻ってるんだって……」
「メリーゴーラウンドならすぐ近くだな。さっき見たよ。こっちだ」
俺の指し示す方向に、皆ぞろぞろと歩き始めた。しかし気づけば拓也は一足先に、俺達の前を歩いている。構わずスタスタと行ってしまう拓也の後ろ姿を眺め、美咲が呟いた。
「なんか拓也くん、機嫌悪いね」
「置いてきぼりにされて、拗ねてるんだろ。まったく、子どもみたいな奴だよな」




