ゆめのようなやさしいせかい
「ん……?」
静か過ぎる。俺はそっと目を開いた。
俺達に襲いかかろうとしていたロンゲリアン達が動きを止め、人形のように固まっている。
「どうしたの、一体……?」
美咲も、不思議そうに辺りを見回した。
「んばああああっ!」
「ほげえええええ!」
「うわあああああっ!」
大勢のロンゲリアン達とドリミィ~が一斉に叫んだ。何事かと見れば、ロンゲリアン毛が次々と彼らの頭から抜け落ちているのだ!!
「ど、どうしたんだ!?」
ロンゲリアン達は抜け落ちる自らのロンゲリアン毛に夢中で、俺達に構う者などもはやいなかった。
「あああああああああ!」
ドリミィ~は中でも一層激しく、苦悶の表情で身を捩らせている。
「お、おまえ……! お前……!」
ドリミィ~はものすごい形相で俺を睨みつけた。
「何だよ!? 俺が何したって言うんだよ!?」
「まさか……、まさか!! お前は!」
ドリミィ~の声が震えている。
「ハゲリアン!!!」
「えっ!?」
「ロンゲウィルスに対抗するただ一つの……、ハゲウィルス! お前がその保持者だったとは……」
ドリミィ~はがっくりと肩を落とした。その頭部から、最後のロン毛がハラリと抜け落ちた。
「ぼくの……負けだ……」
その言葉が終わらぬうちに、ドリミィ~はバランスを失ってどっと倒れた。俺は思わず腕を伸ばし、その細い身体を支えた。
「ドリミィ~!!」
「ふっ……。ぼくなんかに憐れみをかけてくれるのか……? こんなちっぽけな男に……。そこの彼女の言う通りさ。僕には所詮、こんな最後がお似合いなのさ……」
「ドリミィ~! そんな事言うなよ……!」
「ぼくは……! うぅっ! げふっ!」
「ドリミィ~! しっかり!」
「ぼくは……、こんな時が来るのを待っていたのかも……。誰かが僕を、この怨念から解き放ってくれるのを……。これでやっと……、自由に……」
「ドリミィ~! 死ぬな!」
「……ありがとう、ハゲリアン」
ガクッ。
ドリミィ~のロンゲリアン毛は今やすっかり抜け落ちていたが、その顔には、穏やかな微笑みすら浮かんでいた。ロン毛に込められた怨念も、毛と共に抜け落ちたのだろうか……。
――せめて安らかに、ドリミィ~。
ドリミィ~の身体を静かに横たえた時、ふと気づいた。大量の抜け毛が、俺の服のあちこちに付着している。何気なく頭に手をやると、毛の束がごそっと抜けた。
「そうか……。俺は、ハゲリアン……」
呟いた俺の側では、美咲が呆然と立ち尽くしていた。
「美咲、怪我はないか」
「え? う、うん。大丈夫……」
良かった。ともかく、俺は美咲を守り通す事が出来たのだ。
「美咲。ロンゲリアン祭りは終わりだ……。さあ、帰ろうか」
「え? ああ、そうね……」
「……? 美咲、どうかしたか?」
そっと肩に手をかけようとすると……、美咲はまるでムーンウォークのように素早く後ずさった。
「健太くん! あたし……、ハゲはちょっと……!」
「えっ」
「ごめん!」
「待てよ! 美咲!」
しかし美咲は既に俺に背を向け、駆け出していた。
「本当にごめん!」
「待ってくれよ! ハゲは『ちょっと』って、なんなんだよー! 『ちょっと』なんだよ!」
「ハゲだったら……、ロン毛の方がマシよーーーーっ!!」
絶叫と共に、美咲は走り去って行った――。
その後の事を、少しだけここに記しておこう。
俺を感染源とするハゲウィルスは、瞬く間にロンゲウィルスを駆逐した。それだけでは飽き足らず、今日もなお、留まる所を知らず拡散を続けている。結果、世界中のほぼ全ての男が今ではハゲリアンとなった。
かつてこの世界では、毛髪保持者による非保持者への差別や搾取、そういった非人道的行いが当たり前のように行われていた。しかしそれも昔話となったのだ。皮肉な事に、ドリミィ~の理想は違った形で実現したと言えるだろう。
これは、いかにして今日の、ハゲにやさしいせかいが実現されたかの記録である。
完




