6.ダンジョンと充実機能
「なあ、ティリ。」
「はい、何でしょう、ご主人様。」
「この充実機能ってさ、何なの?」
俺は目の前にある巨大な温泉を見ながらそう言った。お試しとばかりに温泉を設置してみたところ、コントロールルームの横に部屋が出現し、そこに出てきたのは直径100mはある、オリンピック会場のプールと見紛うほど巨大な温泉。これで温泉(中)だというのだから驚きだ。この大きさで中なら特大とかどれだけ大きいんだよ。
「んー、私が今までいたダンジョンではこの機能が解放されても使う人いませんでしたし……そもそも解放されたの1人だけでしたし……その時のダンジョン5日で崩壊しましたし……何なのと聞かれましても……うう……」
ネガティブモードに入ったティリの頭を俺は小突く。
「過去の事は思い出すな。今更悔やんでも意味無いし、そもそもティリが悔やむ必要も無いし。能無しダンジョンマスターの事は忘れろ。」
俺は少し語勢を強めてそう言うと、
「それよりも充実機能について。この機能、チートすぎないか?」
と聞いた。
「ちーと? あの、それは何のことですか?」
「俺にも分からん。頭の中に自然にチートって単語が浮かんだから言っただけ。多分、凄いとかそういう感じの意味合いだと思うけど。」
もしかしたら以前はこの言葉が存在するところにいたのかもしれないが、記憶喪失の為分からない。不便だ。いや、便利とか不便とかの問題じゃないけど。
「えーっと……何か釈然としませんが、まあ良いです。それと、私はダンジョンのこと、何でも知っている訳じゃないので、この機能のことについてはお役に立てそうにありません。」
「ああ、分からないならいいよ。別にあって困るものじゃないってことは分かるし。」
俺はそう言いながら、ウィンドウを出して天然の湧水(小)を召喚。すると、温泉の横にそれが出現した。透明な水がこんこんと湧き出ている。すくって飲んでみたが、特に変な感じもしない。寧ろ普通の水より美味しいだろう。少し甘い感じもする。
「うん、特に問題は無いみたいだな。」
俺はその後も色々と召喚したり消したりを繰り返した。結果、使用回数にも特に制限は無いらしく、本当に、ただ単にコントロールルームを充実させる為の機能なのだと分かった。
「充実機能ってのはこういうものなのか……」
「ご主人様、どうかなさいましたか?」
「いや、別に変なところも無いし、ありがたく使わせてもらおうと思っただけだよ。あ、そうだ。ティリにちょっと頼みがあるんだけど。」
「何ですか? 何なりとお申し付けください!」
ティリは何か指示を与えると、いつも目を輝かせる。本人曰く、『ご主人様に必要として頂けるのが嬉しいのです!』とのことだ。
「じゃあさ、この湧水をウルフたちに配ってやってくれないか?」
「ウルフに、ですか?」
「ああ。あいつら、召喚してからひたすら寝てるだけじゃん。エネルギー消費を抑える為とは言っても、健康に悪いと思うんだよね。だから、この天然の湧水を飲ませればちょっとは良くなるんじゃないかと思って。エネルギーにもなりそうだし。」
「成程! 配下のモンスターの健康状態まで気に掛けるとは、流石ご主人様です! じゃあ、早速行ってきますね!」
ティリはそう言うと、俺が召喚したヒョウタンに湧水を入れて飛んでいった。俺の役に立つことを喜んでやってくれるのでそれはいいのだが、なんとなく罪悪感が募る。
「今度、いつも手伝ってくれるお礼に何かあげようかな……」
俺はウィンドウでいそいそとウルフに水を配っているティリの様子を見ながらそう呟いた。
「ご主人様、配ってきました! みんな喜んでましたよ!」
「そうか、あいつらが喜んだんなら何よりだ。」
俺はウィンドウを眺めながらそう言った。そして何気なくウルフを鑑定して、腰が抜けそうになるほど驚いた。
ウルフ ランクE
名前:‐‐‐‐‐
保有魔力:3700/5000
状態:正常
「は? なんで急に保有魔力が3000も増えてんの?」
昨日鑑定した時、ウルフの保有魔力は700だった。寝続け、ちょっとずつマナを吸収していた結果だと思うが、急に3000も増加するのはおかしい。こんなことになる原因と言えば、一つしかない。俺は湧水を鑑定してみた。
天然の湧水(小)
保有魔力:∞/∞
「…………」
ただの湧水じゃないことは予想していたが、ここまでとは、予想をいい意味で裏切られた感じだ。
「この湧水、凄かったんですね。」
「あれ? ティリって鑑定使えたっけ?」
「いえ。ご主人様にしか使えませんよ。」
「じゃあ何でこの湧水が凄いって分かるんだ?」
「ご主人様が湧水を鑑定して、絶句していらっしゃいましたので、何となくそんな感じかな、と思いまして。」
……ティリの読心術、凄い。俺にはそんなこと、到底できないな。
「でも流石に、この湧水の何が凄いのかは分かりません。教えて頂けますか?」
「ああ。この湧水、保有魔力が無限大なんだ。」
「え? む、無限大ですか?」
「うん。だから、この水をワームとかモールとかにも飲ませたら、このダンジョンのモンスターの強化になると思うんだよね。」
「あ、それはダメです! やっちゃいけません!」
「え? 何で?」
俺は結構いい考えだと思ったのだが、ティリはダメだと言う。
「濃すぎる魔力は、モンスターにとっても有害なんです。ご主人様はダンジョンマスターで、保有魔力という概念が存在しませんし、私たち妖精もそれは同じです。しかし、モンスターたちがこの水を多量に摂取すると、保有魔力の上限到達による進化が連続で起こり、肉体が強化に耐えられず破壊されてしまうかもしれません! 今回は保有魔力最大値が5000のウルフでしたから大丈夫でしたけど、ワームだったら今頃もうみんな駄目になってますね。」
「そんなヤバい物だったのか……」
充実機能は便利で良い能力だが、使いどころには気を付けないとな、と思う俺であった。
ダンジョン名:‐‐‐‐‐‐
深さ:18
階層数:2
DP:29万8900P
所持金:0ゴルド
モンスター数:60
内訳:ジャイアントモール 19体
キングモール 1体
ウルフ 30体
ビッグワーム 5体
レッドスワロー 5体
侵入者数:0
撃退侵入者数:0
ダンジョン開通まで残り275日
住人
ダンジョンマスター(人間)
ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト(妖精)