49.深夜の吸血鬼
「……ん?」
深夜。俺は階下に何かの気配を感じて目覚めた。因みに、ユリアは俺の隣で、ティリは枕元に置かれたタオルを敷き詰めたバスケットの中で眠っている。全く気付いていないようだ。俺は2人を起こさないようにそっとベッドから抜け出すと、バリアを解除。そして、
「んー……野生の獣とかだったら拍子抜けだけど、一応見に行くか。」
と呟き、ヒールフレイムの杖を手に階下へと降りて行った。
「これ、靴の跡だな。」
俺は1階に着いてすぐ、気配の正体であろう者の靴跡を見つけた。大きさから見て、性別は女性。そして、その靴跡はキッチンの方に向かっていた。
「まさか、食べ物が目当てなのか?」
俺はそう呟きながら、フライを使用。空中に浮かぶと、続けてスケルトンで姿を隠し、キッチンへと向かった。
「あ、あった……きっとこれだ……」
キッチンに着いた俺は、トマトケチャップの瓶を嬉しそうに握りしめている、黒いマントを羽織った女の子に遭遇した。遭遇、と言っても俺からしか見えていないが。
「最近は人間も血を必要とするのかな? まあいいや。えっと、これの値段は……ええっ? 50ゴルド? 青銅貨1枚で2瓶も買えるなんて……」
何かトマトケチャップの安さに感動している女の子。つか、この子、さっき『血』とか言ってなかったか?
「こんな綺麗な赤い血は滅多にないのに……今飲みたいな……でもそれじゃ盗み食いってことになっちゃうのかな? ルロリーマ大陸では欲しかったら先に物品貰って、後でお金を払うか同価値の物をあげればそれで済んだけど、ここはゴーンドワナ大陸だしな……もし盗み食いなんてことになったら、誇り高き吸血鬼族の名前に泥を塗ることになっちゃうし……」
何か一人でブツブツ言ってる女の子。何となく分かったので、とりあえず俺は、その子を捕縛することにした。
「【ロープ・バインド】!」
俺がそう唱えると、ヒールフレイムの杖から縄が飛び出した。それはあっという間に女の子を縛り上げ、動きを封じる。
「え? 何? 急に何?」
いきなり縛り上げられて狼狽える女の子。俺はその子の前に降りると、スケルトンを解除して姿を現した。
「人の家に忍び込んで何をしてるのかな、吸血鬼のお嬢さん?」
「あ、あなた誰ですか?」
何の前触れも無く現れた俺に驚いたらしく、その吸血鬼の女の子は俺の質問を無視して聞いてきた。涙目だし、なんかちょっと可哀想な気もするが、家宅侵入は立派な犯罪だし、ちょっと脅しておくか。
「聞こえなかったのかな、お嬢さん? 質問しているのは俺の方なんだけど? 君は何をしているのかな?」
「ひゃ、ひゃい?」
「何をしているのか、と聞いたんだけど。もしかして耳が悪かったりするのかな? もっとよく聞こえるように、耳の穴を広げてあげようか?」
そう言って、俺はヨーゼフさんがオマケとしてくれたアイアンナイフを取り出す。すると、女の子はプルプル震え出した。脅すのはこの位でいいか。
「ごめんごめん、冗談だから。何をしようとしていたのか話してくれれば、手荒な真似はしないよ。正直に言えば、その持っている瓶をあげてもいい。」
「ほ、本当ですか?」
「勿論。但し、嘘を吐いたらどうなるか……分かるよね?」
俺はそう言ってナイフを掲げ、ニッコリと笑う。
「は、はい……」
「じゃあ、正直に答えて。」
「はい……えっと、私は吸血鬼のキャトル・エレイン・フィラーといいます。出身はルロリーマ大陸です。私は自分1人では獣を捕まえることも他種族を魅了することもできないダメ吸血鬼で、とうとう2か月前に実家を勘当されてしまいました。それで、ルロリーマ大陸にいられなくなってしまいまして……」
「身の上話は聞いてないんだけど。君、俺の言ったこと聞いてたよね? やっぱり耳の穴を……」
「わー! 待ってください! 順を追って話した方が分かりやすいと思ったから身の上話から始めているんです!」
「……まあ、そういうことならいいけど。じゃあ続きを。」
「はい。ゴーンドワナ大陸に来てからは、何とか日雇いのアルバイトで食いつないでいたんです。それで今日、また日雇いのアルバイトを探しにこの街に来たら、このお家から健康的な血液の香りがしまして、ついフラフラと……ここ半年程、1滴も血を飲んでいなかったので、どうしても血が欲しくなってしまって……」
「血液の香りなんて分かるのか?」
「はい! 私は吸血鬼ですから血の香りなら1km離れていても分かります。」
「ふーん……どんな感じの香りだった?」
「人間の女性の血液です。ヘモグロビン濃度も血糖値も申し分なく、非常に活動的な方のものだと思われます。」
驚いた。結構精度が高いぞ。
「これが今現在に至るまでの経緯です。もう解放して頂けますか?」
「ああ。【バインド・オフ】!」
俺が呪文を唱えると、吸血鬼の少女、キャトルを縛っていたロープは空気に溶けるように消え去った。するとキャトルは立ち上がって、黒いマントをパンパンとはたく。そして、俺におずおずと話しかけてきた。
「あ、あの……」
「ん? 何?」
「正直に話したら瓶をくれるっていうのは……」
「ああ、そのこと。それは俺の持ち物じゃないんだよね。ここも俺の家じゃないし。」
「え? じゃあ、さっきのは嘘なんですか? 私には正直に話せって言ったくせに!」
「落ち着いて。人の話は最後まで聞こう。別に嘘を吐いた訳じゃない。それでいいならあげるよ。でも、それを飲んでも君は多分満足しない。」
「何でですか?」
「その瓶の中身は血じゃなくて、トマトケチャップだから。」
「とまとけちゃっぷ? それ、何ですか?」
「ケチャップ知らないの? トマトっていう赤い野菜をペースト状にした調味料のことだよ。」
俺がこう言うと、キャトルはフラッとよろめいた。まあ、血だと思っていた物が調味料だったなんて知ったらこうなるか。
「そんなに血が欲しい?」
「はい。血液は私たち吸血鬼の命を繋ぐ上で最も大切な物ですから。」
「吸血鬼は不老不死だって聞いたことがあるけど、本当はそうじゃないってこと?」
「はい。吸血鬼は長命ですけど、不老不死ではありません。」
「吸血鬼に血を吸われた者は同じ吸血鬼になっちゃうとか聞いたこともあるけど、それは?」
「それはデマです。そんなことはありません。」
「ふーん。なら、俺の血をあげようか?」
俺はそう言いながらローブの襟元を開く。それを見て、キャトルは目を見開いた。
「い、良いんですか?」
「対価が支払えるなら、の話だけどね。」
「何ですか? 私にできることなら、何でも!」
「じゃあ、俺の所で働いて貰えるかな? 定期的に血はあげるから。」
「それだけですか?」
「うん。」
「それなら寧ろ喜んで! 定職まで与えてくださるなんて、あなたは命の恩人です!」
俺は何かと恩人になることが多いな。別にそんな大層なことをしているつもりはないんだが。
「じゃあ、交渉成立だね。俺が死なない程度なら好きなだけ飲んでいいよ。」
俺がそう言うと、キャトルは、
「で、では、失礼します……」
と言って、俺の首筋に犬歯を突き立てる。チクリとした感触と共にちょっとした気怠さを感じるが、我慢できないほどではない。
「んっ……んっ……」
キャトルはそんな声をあげながら俺の血を飲んでいく。そして、その状態で1分程飲み続け、
「ふう……ごちそうさまでした。」
と言って俺に向かって手を合わせた。
「手を合わせないでくれ。」
「あ、す、すみません。つい……」
「じゃあ、明日俺のところまで来て貰うよ。」
「はい!」
「ところでさ、君、今日の宿はあるの?」
「いえ。お金がありませんので、今日は野宿です。」
「昨日は?」
「昨日も野宿です。」
「野宿って……もしかして、慣れてる?」
「はい。勘当されてゴーンドワナ大陸に来てからはずっと野宿でしたから。」
そう言って、少し寂しそうに微笑むキャトル。可哀想だな、と思った俺は、ちょっと嘘を吐いてキャトルを泊めることにした。
「あのさ。この家は俺のパーティメンバーの家なんだけど……」
「それがどうかしたんですか?」
「その子、俺の知り合いならいつでも大歓迎って言ってたんだよね。だから、もし君が良かったらだけど、今日は泊まっていかない?」
「え? い、良いんですか?」
「うん。ユリア……俺のパーティメンバーは嘘を吐くような人じゃないから大丈夫。とはいえ、急に1人増えたらびっくりするだろうから、今日はこの中に入って貰えるかな? 安全は保障するから。」
俺は異次元倉庫を開けてそう言う。するとキャトルは目を輝かせた。
「はい!」
「じゃあ、この中に入って。あと、この中にある物にはあんまり触らないように。物がなくなっていたら、君が容疑者になる。俺は敵対する者には容赦しないから……」
「分かりました! 絶対に触りません!」
「素直だね。」
「だって、もし物がなくなったりしたら、私は街中で公開処刑になるんでしょう?」
「そんなことするのは悪趣味な蛮族くらいだろ。俺はそんな野蛮な人種じゃないから。もう二度と血を吸う機会に巡り合えないようにするだけだよ。」
俺は冗談のつもりでそう言ったのだが、キャトルはブルブル震え始めた。本気だと思ったらしい。
「何も起きなければ何もしないから。さ、早く入って。」
「わ、わ、分かりました。でっ、では、失礼します。」
キャトルはそう言うと、異次元倉庫に飛び込む。と、俺はその時、一番重要なことを聞いていなかったことを思い出した。慌てて中に声をかける。
「聞き忘れてたけど、太陽光とか浴びても大丈夫なの?」
「はい! 銀製品とか、ニンニクとか、バラの花とか、十字架とか、月光も大丈夫です!」
どうやら弱点は完全に克服しているようだ。
「じゃあ、6時間後に開けるから、それまでゆっくり休んで。おやすみ。」
俺はそう言うと、異次元倉庫の入り口を閉める。そして、キャトルの牙が刺さった首筋の傷を【ヒール】で癒して2階に戻り、バリアを張り直すとユリアを起こさないようにそっとベッドに潜り込んだのだった。
【ダンジョンステータス】
ダンジョン名:友好獣のダンジョン
深さ:140
階層数:14
モンスター数:360
内訳:ジャイアントモール 10体
キングモール 10体
メタルモール 29体
ジェネラルメタルモール 1体
ウルフ 50体
ソイルウルフ 15体
ファイアウルフ 13体
ウォーターウルフ 12体
アースウルフ 20体
フレイムウルフ 20体
アクアウルフ 20体
プレデターラビット 2体
ビッグワーム 25体
ジャイアントワーム 25体
ビッガースネイク 30体
レッドスワロー 12体
フレイムイーグル 5体
イートシャドウ 10体
ハンターシャドウ 1体
シノビシャドウ 2体
アサシンシャドウ 2体
ハイパースパイダー 5体
ナイトスコーピオン 5体
ブルースパロー 20体
ブルースワロー 10体
ウォーターホーク 1体
ウォーターホーンオウル 2体
ウォータークジャク 3体
友好条約締結者
リック・トルディ・フェイン(農業都市アサンドル領主)
レオナルド・モンテュ・フォーカス(工業都市ヤスパース領主)
住人
リチャード・ルドルフ・イクスティンク(人間、ダンジョンマスター)
ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト(妖精)
ルキナス・クロムウェル・モンテリュー(人間、魔術師)
ルーア・シェル・アリネ(獣人、軽戦士)
【リチャードのステータス】
リチャード・ルドルフ・イクスティンク
種族:人間
職業:ダンジョンマスター、魔術師
レベル:21
スキル:鑑定眼(Lv2)
全属性魔法(上級)
無詠唱
炎耐性
毒耐性
呪耐性
称号:妖精の寵愛(全魔術の威力上昇)
大魔術師(適性ある魔術の威力大上昇)
所持武器:アイアンナイフ(N、鉄製のナイフ)
ヒールフレイムの杖(R、炎属性魔術と治癒属性魔術の威力上昇)
神秘の聖銃(SR、邪属性に特効)
ソウル・ウォーサイズ(SSR、死霊系に特効)
ドラゴンスレイヤー(SSR、全属性対応)




