37.嬉しい誤算
「うーん、こいつ、中々の手練れだな……まあ、あいつらはあくまで囮役だけど……」
俺はコントロールルームで呻いた。ウィンドウには深さ3のルートの真ん中辺りでブルースパロー3体とブルースワロー2体を相手取って戦っている探索者の女の子が映っている。じっと見ていると、彼女は高く跳躍し、重力1.3倍ということを感じさせない程の素早さでブルースワローの翼を斬りつけた。ブルースワローは慌てて躱そうとするが、少し斬られたようだ。パッ、と青い羽毛と赤い血が飛び散り、ブルースワローの甲高い悲鳴が響く。
「またやられたか。お前たち、緊急退避だ!」
俺がダンジョンコアを通して命令を下すと、ブルースパローたちはダンジョンの奥へと撤退した。彼らが命を落とさずに済んで良かった良かったと胸を撫で下ろしていると、
『何だか妙ですね……』
とウィンドウから女の子の声が聞こえてきた。
『普通のダンジョンモンスターは、ダンジョンの中枢であるダンジョンコアを守る為に命を惜しまず戦いを挑んでくるはずです。それなのに少し傷付いただけで逃げていくなんて……ダンジョン内の魔力にはモンスターの治癒効果があるのだから、もう少し傷を負うまで戦ったっていいはずなのに……これでは肩慣らしにもなりませんね。腰抜けのモンスターもいたものです。』
このセリフに俺はブチギレた。うちのモンスターを腰抜け呼ばわりとは、少し冥界に行って反省して貰わないとな。そう思って強力なトラップを設置しようとしたのだが、ティリに止められた。
「ご主人様! ダメです! 思いとどまってください! あの子が無事に脱出しないと新しい冒険者が来ません!」
「……クソッ! 分かったよ。本音を言えば今すぐにでも殺っちまいたいんだけどな。」
もはや平和主義者とは思えないセリフを俺は吐く。
「リチャード殿、これを飲めば少しは落ち着けるはずですぞ。カモミールティーには興奮を抑える作用がありますので。」
「ああ、ありがとうございます、ルキナスさん。」
俺はルキナスさんが淹れてくれたカモミールティーを飲んで、やっと少し落ち着いた。
「しかし、この子凄すぎるだろ。運もめっちゃいいし。何で入り口のところの宝箱からスタンボールとかダッシュシューズとか出るんだよ……重力1.3倍のトラップの意味がねえじゃねえか! せっかくDP5万も支払ったってのに……」
俺はそう言って溜息を吐く。ここまで、あの子は一つも傷を負っていないのだ。体当たりもつつく攻撃も鋭いかぎ爪の攻撃も、一切当たらない。全てを躱し、軽やかな動きと流れるような足さばきでブルースパローたちを混乱させると、地の利も制空権もあるこちらに長剣でダメージを与えてくる。見事としか言いようが無い。
「ウルフたちは50体いるから、ジョブ能力上は索敵能力と隠遁力に優れるが非力である探索者を抑えきれないことはないと思うけど……とりあえず更に準備しておこう。フレイムウルフ、1体だけ影にシノビシャドウを潜らせて深さ10へ向かってくれ。」
そう命令を下すと、深層にいたフレイムウルフが1体駆けだした。さすがは身体能力の高いモンスター。階層ごとにある厚い土の壁を体当たりで粉々にし、2分とかけずにウルフたちのところに到着した。因みに壁はアースウルフが遠隔の地魔法ですぐ作り直してくれた。
「そこの戦闘中の指示はお前に一任する。ただ、命は最優先だ。こっちも向こうも。奪わず、失わず、敵を撤退させろ! 負わせていい傷は何とか動ける程度までだ。動けないようにはするな!」
『アウ!』
フレイムウルフは『勿論!』と言っているように一声鳴いた。
「さて、あの子は……クソッ! またやられちまったか! お前たち、緊急退避だ!」
深さ4のルートの最初の部分でまたブルースパローたちがやられていた。俺はすぐに退避命令を出す。
「このままじゃジリ貧だぞ……この子、予想以上に強い……本来の作戦ではあいつらでちょいちょいHPを削って、重力1.3倍の効果と相まって疲労が溜まった頃にウルフ軍団、って感じだったんだが……」
俺がこう呟いた時、ダンジョンの入り口付近を映していたウィンドウに動きがあった。横道から急にジャイアントワームが2体這い出してきたのだ。恐らくあの少女が来たときは横道の整備中だったのだろう。これは嬉しい誤算だ。
「ジャイアントワーム、ウルフたちと敵の戦闘が始まって少ししたら、後ろから急襲してくれ! 不意討ちの奇襲だ! 粘液拘束は使用しても構わないが、窒息すると困るから顔にはかけるな! 命令は以上! ダンジョン奥へ向かえ!」
こう俺が命令を下すと、ジャイアントワームたちは5m近い巨体をゆっくりと動かしながらダンジョン内を移動し始めた。
「これで挟み撃ちができるからちょっとは有利になったかな。で、あの子は……え? 嘘だろ? もう深さ6かよ! 足速っ!」
探索者の子はさっき深さ4のルートの最初の部分にいたはずなのに、俺が少しウィンドウから目を離してジャイアントワームに指示を出している間に深さ6まで移動していた。ダッシュシューズの恩恵もあるのだろうが、それにしたって速すぎる。しかし、俺がさらに深さ10に戦力を集めようとした時、
『……奇妙ですね。』
とウィンドウから声が聞こえた。
『あれしかいないということは、ここは鳥系モンスター専門のダンジョンと考えていいでしょう。』
この言葉に俺は目を輝かせた。彼女はこのダンジョンを鳥系モンスター専門のダンジョンと勘違いしたらしい。鳥系モンスター専門と思わせる為ではなく、単に奥へ誘い込むための囮として配置しておいたブルースパローたちがまさか致命的な勘違いを誘発するとは。2つ目の嬉しい誤算が起こった瞬間だった。
ダンジョン名:友好獣のダンジョン
深さ:140
階層数:14
モンスター数:360
内訳:ジャイアントモール 10体
キングモール 10体
メタルモール 29体
ジェネラルメタルモール 1体
ウルフ 50体
ソイルウルフ 15体
ファイアウルフ 13体
ウォーターウルフ 12体
アースウルフ 20体
フレイムウルフ 20体
アクアウルフ 20体
プレデターラビット 2体
ビッグワーム 25体
ジャイアントワーム 25体
ビッガースネイク 30体
レッドスワロー 12体
フレイムイーグル 5体
イートシャドウ 10体
ハンターシャドウ 1体
シノビシャドウ 2体
アサシンシャドウ 2体
ハイパースパイダー 5体
ナイトスコーピオン 5体
ブルースパロー 20体
ブルースワロー 10体
ウォーターホーク 1体
ウォーターホーンオウル 2体
ウォータークジャク 3体
友好条約締結者
リック・トルディ・フェイン(農業都市アサンドル領主)
レオナルド・モンテュ・フォーカス(工業都市ヤスパース領主)
住人
リチャード・ルドルフ・イクスティンク(人間、ダンジョンマスター)
ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト(妖精)
ルキナス・クロムウェル・モンテリュー(人間、魔術師)
ルーア・シェル・アリネ(獣人、軽戦士)




