4.ダンジョンと死神
「ティリ……今なんて言った?」
俺が反応を返せたのは、ティリが言葉を口にしてから10分以上経ってからだった。ティリの言葉があまりに衝撃的過ぎて、思考が停止してしまっていたのだ。
「ですから、私は……ダンジョンの死神なんです……」
「どういう意味だ、ティリ! ティリは妖精だろう? 死神の訳が無いじゃないか!」
俺がこう言うと、ティリは首をフルフルと横に振った。
「確かに、私は種族で言えば妖精です……でも、私はダンジョンやダンジョンマスターから見れば死神なんです……」
そう言うとティリは、ぽつぽつと語り出した。
「私はこれまで、50以上のダンジョンを見てきました。様々な種族のダンジョンマスターに出会い、ダンジョンの説明をし、ダンジョン作成のお手伝いを精一杯しました。でも、私がすることはいつもダンジョンマスターからすれば邪魔なこと。魔力が薄いと報告すれば、余計なことを言うなと叱られ、モンスターの元気が無いと言えば、じゃあお前を与えてやろうと食べられかけ、酷い目に一杯遭わされてきました。それでも、私はダンジョンマスターの手助けが仕事。こればかりはやるしかなかったんです。でも、私がいたダンジョンは……」
ティリは一度言葉を切り、苦しみに喘ぐような声で、
「……開通してから……最長でも……90日しか……もたないんです……」
と言葉を紡いだ。
「90日?」
「はい……私がいたダンジョンは、最長でも90日。短い時は、5日で崩壊を迎えました……全てにおいて、最初にダンジョンにやって来た冒険者によってです……」
「何でだ?」
「分かりません……なぜかダンジョンに来た冒険者の迎撃にマスターが出すモンスターは次々とやられて、あっという間に冒険者はコントロールルームに来るんです。そして、ダンジョンマスターを無力化すると、ダンジョンコアを持ち去って行きます。すると、ダンジョンマスターは死の間際に私に残忍な目を向けて言うんです。『お前のせいだ、この死神め』って、心底恨めしそうな声で。」
「何だって……」
「失望なさいましたか? でもいいんです。最後にご主人様のような素晴らしい方に少しでもお仕え出来ただけで、私はもう十分です。私がいたら、きっとこのダンジョンも90日で崩壊してしまいます。私をダンジョンコアに吸収してください。そうすれば私自身がDPになり、少しはダンジョン経営のお役に立てますから……我が儘な思いですが、ご主人様にだけはあんな目を向けて欲しくないですし……」
俺はティリの言葉を最後まで聞くと、椅子から立ち上がってティリを掴む。そして、
「ふざけんな!」
と怒鳴った。
「はっきり言おう。俺は今、猛烈に怒っている。ティリ、お前に対してな!」
「やっぱり、ご主人様にとって私は邪魔なだけでしたか……」
「違う! そうじゃない!」
俺はなおも怒鳴りながら続ける。
「なんで自分をそんなに卑下するんだよ!」
「え? あの、それは……」
「自分がいるダンジョンは90日で崩壊する? そんなルールは無いだろうが! ティリに呪いがかかってる訳でも何でもない! ティリがいたダンジョンが|偶々90日以内に崩されちまうだけだ! お前がいたダンジョンのダンジョンマスターが偶々バカで、偶々手腕が悪いからコア奪われるんだろ! そんなのはティリの言葉に耳を傾けなかったそいつの自業自得だろうが!」
俺はここで一度息継ぎをし、まだ続ける。
「ティリのことを邪魔者扱いしたダンジョンマスターの言葉なんか気にするな! 俺はティリがいなきゃとっくに死んでるよ! 何も分からない状況に絶望してな!」
「それはつまり……」
「ティリは俺の命の恩人なんだよ! 他のダンジョンマスターの事なんか気にするな! 今のティリは、俺のかけがえのない助手だ! 俺を支えてくれれば、それでいいんだよ! 難しいことを考えるな! 心配しなくたって、俺はこのダンジョンを90日で落とさせやしない! 俺の寿命が尽きるまで、このダンジョンは守り切る!」
俺は堂々とそう言い切った。
「俺はただの無力な人間だが、ティリの事を大切に思う気持ちだけは誰にも負けない。ティリのおかげで、俺はダンジョンを作れて、命を繋ぐことができているんだ。俺はティリに辛い思いはさせたくないし、その前にさせない。約束しよう。」
「……ご主人様は、私を邪魔だと思わないのですか?」
「当たり前だろう。命の恩人を邪魔だと思える訳がない。」
「……ご主人様は、私を大切な存在として見てくださいますか?」
「当たり前だろう。俺に知識を教えてくれる助手を大切な存在以外の存在として見られる訳がない。」
「……ご主人様は……」
「もういい。何も言うな。俺はティリの全てを肯定するから。」
そう言って俺はティリをそっと、本当にそっと抱きしめた。
「うう……ごじゅじんざま……ごじゅじんざまぁ!」
ティリはわんわん泣き始めた。俺の服が初めて、ティリの魔法以外で濡れる。
「ティリ、一つ言っておくぞ。」
俺は泣いているティリをホールドから解放すると摘まみ、こう前置きしてから言った。
「ティリにはいつもニコニコ笑っていて欲しい。本当に悲しい時は泣いてもいいけど、涙はできれば、俺が死んだ時の為に取っておいてくれないか?」
「……え? あ、はい!」
ティリは返事をすると、にっこりと微笑んだ。その笑顔は、今までに見たティリの笑顔の中で、最も可愛らしく感じた。
ダンジョン名:‐‐‐‐‐‐
深さ:10
階層数:1
DP:4550P
所持金:0ゴルド
モンスター数:55
内訳:ジャイアントモール 20体
ウルフ 30体
ビッグワーム 5体
侵入者数:0
撃退侵入者数:0
ダンジョン開通まで残り335日
住人
ダンジョンマスター(人間)
ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト(妖精)