side ティリ 可愛がって
ご主人様が街にダンジョンの宣伝に行ってから、10日経ちました。まだ侵入者は来ていません。ご主人様はせっかく危険を覚悟でギルドに行き、ダンジョンの発見報告、もとい宣伝情報を掲示板に貼ってきたというのに冒険者が一切来ないのが不満らしく、ここ5日は一日中ふて寝をしています。アクアトピアをぶちかませば起きるかもしれませんが、そのまま放っておいたら風邪をひいてしまうかもしれません。私の適性がある魔法属性は風と水、ルキナスさんは光と土の上位互換属性の地なので、ベッドやご主人様を濡らしてしまった場合、上手に乾かせないんです。
「ご主人様ぁ……」
「ティリ、放っておいてくれって言ったろ?」
私が声をかけてもこの調子で……一向に状況は好転しません。
「でも……ふて寝してても問題は解決しませんよ?」
「んなことは分かってる! それと、俺はふて寝しているんじゃない! いいから放っといてくれ! フィールドバリア!」
ご主人様の魔法で私は弾き飛ばされてしまいました。
「ティリ、これから24時間、どんなことがあろうとも俺の周囲5m以内に近付くことを禁止する。」
「え? ご、ご主人様? そんなに拒絶しなくても……」
「黙れ! これは命令だ! 近寄ったらいくらお前でも容赦しないで消し飛ばす!」
ご主人様はそう言うと、ベッドごと姿を消してしまいました。スケルトンでも使ったんでしょう。
「お暇を持て余してふて寝するくらいなら私を可愛がってくだされば……私はその方が嬉しいのに……」
思わず本音を漏らした時、私は1つ良い案を思いつきました。ご主人様を裏切るようで少し気は進みませんが、何度言っても一向に可愛がってくれないことの仕返しにこのくらいしても罰は当たらないでしょう。
「ルキナスさん!」
「おや、ティリウレス殿。この部屋に来るとは珍しいですな。いつもリチャード殿と一緒にいるというのに。」
「ティリちゃん、ケーキ食べる?」
ルキナスさんの部屋に入ると、ルキナスさんと丁度一緒にいたルーアさんが出迎えてくれました。私はルーアさんが出してくださったケーキにパクつきながら、ご主人様が最近構ってくれなかったり、ふて寝し続けたりしていることを説明しました。
「ふむ……寝てばかりでは健康に悪いですな。このところダンジョン内の魔力の流れが澱んでいるように感じておりましたが、そういうことですか……」
「私が言っても聞いてくれないんです。ルキナスさんも説得してくれませんか?」
「私の説得に意味はありませんな。リチャード殿が最も愛しているティリウレス殿が言っても聞かないのであれば、我々が言ったところで馬の耳に念仏でしょう。」
「マスターも酷いよ! ティリちゃんを放ったらかしにするなんて! そう思うよね、お兄ちゃん?」
「ルーア、お兄ちゃんはやめろと言っているだろう。まあ、それはそうと、リチャード殿の暇嫌いは最近『嫌悪』から『アレルギー』に変わっているように思うな。」
「やっぱりそうですか……」
私はハーッと大きく溜息を吐くとルキナスさんに向き直り、先程浮かんだ案をルキナスさんに話しました。
「なんと? つまり、要約してしまえば私がティリウレス殿を可愛がっている所をリチャード殿に見せて、リチャード殿が嫉妬するように仕向けたいということですかな?」
「まあ、語弊はありますが大体そんな感じです。」
「それはいささか難しいでしょう。確かにリチャード殿がいつもの状態でない今ならば、騙して嫉妬させることは容易ですが、いつもの状態でないが故の問題もありますぞ。嫉妬に狂い、ティリウレス殿に理不尽な命令を下したことを後悔し、最悪の場合自ら命を絶つ、ということもあり得ますな。何しろ今リチャード殿は完全にやさぐれていらっしゃいますし。私自身も、もしやさぐれているときにリチャード殿とルーアが一緒にいるのを目撃したならば、確実に自ら命を絶ちます。」
「それは困ります! ご主人様がいなくなったら、私はまた昔の虐げられ続ける生活に逆戻りして、今度こそ完全に荒みきり、本当に廃妖精になってしまいます!」
「ならばティリウレス殿が自ら解決策を考えなされ。こればかりはいくら私でも協力する訳には参りませぬ。」
「ごめんね、ティリちゃん。役に立てなくて。」
「いえ。いいんです。お邪魔しました。」
私はそう言うと、ルキナスさんのお部屋から出て、コントロールルームに戻ると、ドールハウスの中のベッドに潜り込みました。
「んんっ……まだこんな時間ですか。ご主人様に近付けるようになるまでまだ16時間以上ありますね……冒険者も来ていないですし。」
私はそう呟くと、ベッドから出て大きく伸びをしました。
「もしかして、ご主人様と私の身体は大きさが違い過ぎて釣り合わないから、可愛がってくれないのでしょうか?」
私の身長は10cmですが、ご主人様は178cmもあり、差は168cmです。もしかしたら私が小さすぎて、夜のお相手すら満足にできないダメ妖精だから可愛がってくれないのかもしれません。
「じゃあ、大きくなったら可愛がってくれるのでしょうか?」
私は魔法で140cmくらいまでなら大きくなれます。24時間の制約が解けたらやってみる価値はあるかもしれません。
「でもそれまで暇ですね……ご主人様、魔力の濃度調査に行って参ります。」
私は姿は見えませんがそこにいるはずのご主人様にそう言うと、ダンジョンの中へ飛び立ちました。
「それでですね、ご主人様ったらこうなんですよ!」
「クウー!」
「キューキュー!」
「グルグル……グアルルル!」
私は魔力調査を終えてから、シルヴァとプレデターラビットとアクアウルフがたまたま集まっていた所に飛んでいき、愚痴を言いました。
「やっぱりみんなもそう思いますよね? でもなんであんなにやさぐれちゃってるんでしょうか?」
「ククウー。」
「キュキュー!」
「グルルルル……グアルル!」
「そうですか……冒険者が来ないからですかね? あ、そういえば、今のシーズンって何かモンスターの異常発生とか起きてましたっけ?」
「クウー……」
「キュッキュキュキュー!」
「グルル……」
「あ、フライングドラゴンの繁殖期ですか! それで冒険者が来ないんですね!」
私は冒険者が来ない理由が分かってスッキリしました。この事を言ったら、ご主人様はふて寝を止めるかもしれません。
「みんな、ありがとうございました。おかげでちょっとスッキリしました。」
私はそう言うと、コントロールルームへと戻りました。
「お、ティリ。お帰り。ちょっと遅かったな。」
コントロールルームでは、ご主人様がダンジョンコアに触れながらダンジョン内整備をしていました。
「え? ご、ご主人様?」
「ティリ、ごめんな。全然可愛がってやれなくて。」
ご主人様は私にゆっくりと歩み寄ってきました。そして、私を潰れないようにそっと抱きしめてくださいました。
「俺はな、ここのところずっと考えていたんだ。何で冒険者が全然来ないのか。それで、今日フレイムイーグルを飛ばしたら、理由が分かった。外ではフライングドラゴンが繁殖期に入っていたらしくてな。そうすると、卵を産むためのエネルギーを蓄える為に人の街を襲うことがある。んで、そういうドラゴンを探しにほとんどの冒険者が街を離れていたらしいんだ。」
そう言うと、ご主人様は私のことを持ち上げて、微笑みました。
「えと、そ、それは良いことだと思いますが……その、良いのですか?」
「ん? 何がだ?」
「ご主人様、仰ったじゃないですか。『これから24時間、どんなことがあろうとも俺の周囲5m以内に近付くことを禁止する。』って。容赦なく消し飛ばすとまで……」
「ああ、アレのことか。別に良いんだよ。だって、ティリは俺に近付こうとしてないんだからな。俺がティリに近付くのは、禁止してないだろ?」
そう言って、ご主人様は私を離すと、少し申し訳なさそうな顔をしました。
「ごめんな、ティリ。ダンジョンのことばっかりで忙しくて、お前を可愛がってやれなかった。ふて寝してるんじゃなかったけど、やさぐれてたのは事実だ。」
「いえ、ご主人様はダンジョンマスターですから。ダンジョンのことを最優先すべきですよ。命がかかっているんですから。」
「ダンジョンマスターがダンジョンを最優先しなきゃいけないなんていう決まりはないだろ? あんな命令をしておいてなんだけど、やっぱり俺はティリを喜ばせることを最優先したい。ティリは俺の最高のパートナーだ。これからもいろいろ迷惑かけちゃうと思うけど、それでも俺はティリを愛でたい。ティリと離れるなんて死んでも嫌だからな。」
ご主人様は、晴れやかな笑みを浮かべました。
「という訳で、ダンジョンの仕事は終わった。冒険者たちも、山越えするのに時間がかかる。という訳で、今からティリは我が儘し放題だ。あの命令も撤回するから、何でもしていいぞ。」
「な、何でも……本当に、何でもしていいんですか?」
「ああ。」
ご主人様の了承が取れたので、私は自分に魔法をかけました。
「ビッグ!」
すると、たちまち私の身長は着ている服ごと130cm程大きくなりました。もとが10cmなので、今は140cmです。
「どうですか、ご主人様?」
私はそこでクルッと一回転しました。いつものロングスカートが風を孕み、フワリと広がります。
「これが、この間言ってた大きくなるか。かなり雰囲気が変わったな。」
「これでご主人様と身長のバランスが取れます!」
私はそう言うと、ご主人様に飛び付きました。初めてご主人様の背中に手を回して、ギュッと抱きしめることができました。
「ご主人様♪ 大好きです♪」
「ああ、俺も好きだぞ、ティリ。」
「今日は一緒に寝てもいいですか?」
「勿論。好きにしていいんだからな。」
ご主人様はそう言って微笑んでくださいました。やはりご主人様はお優しいです。
「ご主人様♪ お慕い申し上げております♪」
私はご主人様にだけ聞こえるように耳元で小さく言いました。顔の位置が違うので普通は言えませんが、私は羽根があるので、浮かびあがって言うことができます。ご主人様はちょっと顔を赤くなさいました。何だかちょっと可愛いです。
私のご主人様は、ご主人様ただ1人! これからも、精一杯手助けさせて頂き、いっぱい可愛がって頂きます!
お馴染み、ティリ視点の話で第3章は終了となります。
この小説を読んでくださっている方々には、いつも感謝しております。私の書いた小説を楽しんで頂けているならば、小説を書いている身としてこんなに嬉しい事はありません。
さて、次回からはいよいよ第4章に入ります。リチャードの宣伝の効果は? リカルツとヴェトル、2人のダンジョン対策の違いはギルドメンバーの運命をどう分けるのか? 冒険者とどのように戦うのか? 精一杯盛り上げていきますので、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。




