side ルーカス 逃げたウサギの行方
「ルーカスさん! ルーカスさん!」
教会の外から小生を呼ぶ声がします。扉を開けると、そこには何度か会ったことのあるウェーバーギルドの職員がいました。中型ネコ種の獣人で、ギルド随一の美人受付嬢と言われるレナ・ルー・ミウ殿です。
「おや、レナ殿。当教会に何かご用ですかな?」
「はい! 緊急事態なんです!」
「またあのウォータークジャクが逃げ出したのですか? 当教会はペット探偵事務所ではないといつも言っているはずですが……」
「違います! この間のルーカスさんのアドバイスに従って、コバルトはちゃんと飼ってくれる方に託しましたから! 逃げたのは別のです!」
「結局ペット探しですか……」
小生は溜息を吐きましたが、困っている方を見捨てる訳にはいきません。取り敢えず何が逃げたのか聞くと、レナ殿は全く予想していなかった生物の名を口にしました。
「逃げ出したのは、プレデターラビットなんです! しかも2体!」
「なっ? あ、あの猛獣ですと?」
プレデターラビットといえば、外見とは裏腹な凶暴性を持つことで有名な肉食獣。Dランクながら、その危険度から、一級以上の称号を得ている者でなければ討伐クエストの受注すら認められないのです。
「なぜあんなに危険なモンスターを飼っているのですか! あれの凶暴性はご存知でしょう?」
「コバルトの餌探しに魔境山へ行った時、襲われたので返り討ちにしたんです。で、保健所に連れて行こうと思っていたんですけど、飼ってたら何だか可愛く思えてきちゃって……」
「ギルド職員がそんなことでどうするのですか! あれの討伐クエストは一級戦士、一級剣士、一級射手、一級魔術師以上の者しか受注できないのですぞ!」
「だからここに来たんですよ! ルーカスさん、コバルトみたいに探せませんか?」
「取り敢えず、モンスターに最も縁の深そうな友人に会って、情報収集して参ります。しかし、見つけてどうするのですか?」
「今度は逃げ出さないようにしっかり調教します。それが無理だったら保健所に……いえ、コバルトを飼うことを了承してくれた大魔術師の方に飼ってもらうことにします。」
「……ウォータークジャクは兎も角、あんな危険なモンスターを好き好んで飼うような方はそうそういないと思いますが?」
「いえ、きっと大丈夫です!」
「はあ……あなたのその楽天的な考え方はどこから来るのですか……まあ、情報収集に行きますので、ここでお待ちくだされ。」
小生はそう言うと、教会入り口の魔法陣に魔力を流し、リチャード殿のダンジョンへと移動したのでした。
「あれ? ルーカスさん? どうしたんですか?」
リチャード殿のダンジョン内にある教会に転移すると、丁度そこには犬耳を生やした少女がいました。先日結婚式を挙げた小型イヌ種の獣人でリチャード殿のダンジョンの同居人、ルーア・シェル・アリネ殿です。
「ああ、ルーア殿。リチャード殿に用があって来たのですが……リチャード殿はいらっしゃるだろうか?」
通常ダンジョンマスターはダンジョンから出ないのですが、彼は何分規格外。外にいることなどまず無いとは思いますが、一応確認の為に聞いてみました。
「え? マスターですか? マスターだったら今はいませんよ。」
「なっ? で、ではどこに?」
「なんか今日はダンジョンの宣伝に行くとか言って、お兄ちゃんに留守番を任せてティリちゃんと街に行っているみたいです。」
「ダンジョンの宣伝ですと?」
小生は思わず声をあげました。ダンジョンコアを奪われた時点で命を失うというのに、なぜそんなことを……
「マスターは、この間ヒステリー起こしてたんです。暇だ暇だって。で、変化が欲しいから宣伝に行ってくるって。」
「全く、あの方は……何から何まで規格外ですな……」
小生がそう呟いた時、
「ただいま!」
と声が響きました。リチャード殿が帰って来たようです。
「おお、リチャード殿、ご無事でしたか。」
「はい。ちょっと帰りの山道でトラブルがありましたけど、無傷です。」
ルキナス殿とリチャード殿の話し声が聞こえてきます。
「あれ、そう言えばルーアちゃんは?」
「ルーアならば教会の部屋に行っております。」
「あー、そうですか。」
リチャード殿は教会の部屋に入ってきました。
「ルーアちゃん、ただいま。……って、あれ? ルーカスさん?」
「リチャード殿、お待ちしておりました。」
小生はそう言うと、とある人物がプレデターラビットを逃がしたのだが、何か情報は無いかと聞きました。
「プレデターラビットですか? 帰り道で襲われたんで返り討ちにしてうちのダンジョンの戦力になって貰うことにしましたけど、そいつらですかね?」
なんと、あっさり答えが見つかってしまいました。何せ、この辺りの山では、魔境山以外にプレデターラビットの生息域は無いのですから。
「恐らくそれです。」
「ティリ曰くアレはめっちゃ危険な猛獣らしいです。そんなの飼ってるなんて、変わり者もいたもんですね。誰が飼ってたんですか?」
「ウェーバーギルドの職員です。」
「ギルド職員……? まさか、レナさんですか?」
「なぜその名を? レナ殿を知っていらっしゃるのですか?」
「いや、知ってるも何も、俺の専属受付ですよ。暇な時に冒険者の仕事でもやろうと思ってギルドに登録した時の受付がレナさんでして。」
小生は絶句しました。まさかギルドに登録していたとは……
「で、あいつらレナさんのペットだったんですか?」
「え、ええ……恐らくそうでしょう……」
「なら、返した方が良いですよね? 返さないと占有離脱物横領になっちゃいますし。」
「なぜあなたはそういう点、無駄に律儀なのですか……まあ、それを気にするのであればレナ殿の了承を得れば問題はありません。」
「あ、じゃあ教会にお邪魔していいですか?」
「ええ。」
「じゃあ、転移陣で行かせて頂きます。」
リチャード殿はそう言うと、部屋から出て行きます。小生はそれを見送ると、街の教会へ戻ることにしました。
「……という訳です。」
「リチャードさんに捕まってたんですか……」
「ええ。そういうことになりますな。」
「も、もしかして私、間接的にリチャードさんに迷惑かけちゃったんでしょうか?」
そうレナ殿が言うと、教会入り口の転移陣が光り、リチャード殿が現れました。
「あ、レナさん。プレデターラビット貰っちゃったんですけど、返した方が良いですか?」
「い、いえ! リチャードさんなら喜んで献上します!」
「献上って……俺はそんな偉い人じゃないですよ。まあ、貰えるなら良かったです。」
そう言うと、リチャード殿の姿は搔き消えました。お帰りになられたのでしょう。
「つむじ風のようですな、リチャード殿は……」
「まあ、自分のペースで過ごすのがお好きそうですからね。迷惑もかけていなかったようで良かったです。では、私は帰りますね。ルーカスさん、お騒がせしました。」
そう言うと、レナ殿もお帰りになりました。何はともあれ、逃げたプレデターラビットが誰にも被害を与えずに捕まったと分かって、小生は安心。そして、1人こう呟きました。
「やはり、リチャード殿は規格外ですな……」




