33.ホイジンガとリチャード
「お店が沢山ありますね。にぎやかで楽しそうです。」
「確かに、かなり活気があるな。ヤスパースもそれなりにあったけど、ここはもっとだ。」
俺たちは今、ホイジンガの中をドーイバイクに乗って見て回っている。ホイジンガの門は、ウェーバーと同様にハルバード兵がいなかったのであっさり入ることができたし、ギルドにダンジョン発見情報を貼るのも俺がAランクということで容易だった。今までで一番スムーズにことが運んでいる。のんびりと進んでいると、
「よっ、そこのお兄さん!」
と、おっちゃんに声をかけられた。ドーイバイクを止めて答える。
「ん? 俺ですか?」
「そうだ。あんただよ、お兄さん。いやー、良い顔してるね、あんた。服をもっと仕立ての良いのに変えりゃ、たちまち街のトップスターだ! 若い娘たちが寄ってたかってあんたを手に入れようとする! つまり、モテモテのモテキングだ! という訳で、どうだい? 1着買っていかないか?」
「あー、そういうの別にいいです。俺はもう結婚していますから。」
俺はそう言って断ったが、おっちゃんは食い下がってきた。
「まあ、そう言わずに。若い女の子にモテるのは、悪い気分じゃないだろう?」
「だから、今俺は充分幸せなので、他の女の子に寄ってこられても、正直邪魔なだけなんですよ。」
「でも、いいじゃないか。ローブは魔法を使うとすぐ汚れたり破れたりするぜ。1着だけでいいから!」
「んー……分かりました。じゃあ、この青いローブを1着。」
「あいよっ! それは250ゴルドだが……割引で200ゴルドな。毎度あり!」
結局俺は服屋のおっちゃんの誘いを断れず、ローブを買ってしまった。銀貨で支払いを済ませ、店を出ると、またドーイバイクに乗ってゆっくりと進む。
「ご主人様、なぜお断りにならなかったのですか? 別にあの方に恩がある訳でもないのですから、断ってもさしたる問題にはならないと思いますが。」
「まあ、それはそうなんだけど、ああいうタイプの人は口が上手い。実際1回断ったのに食い下がってきただろ? 中々引き下がらないんだよ。だから、ああいうときは先に折れて、さっさとことを済ませた方がずっと楽なんだ。今回は着替えが欲しかった、っていう理由もあるけど。」
ティリとそんな話をしていると、クゥーと小さい音がした。ティリの頬が赤く染まっている。
「お腹空いてるのか?」
そう聞くと、ティリは益々頬を赤く染めながら、
「……はい。」
と小さく頷いた。
「今日はもうダンジョンから出て結構経ってるからな。シルヴァも俺の前だってのに食事を優先して獲物捕まえに行ったし。俺も空腹感は感じてるよ。生理現象なんだから、別に恥ずかしがることないだろ? 何か食べたいものはあるか?」
俺が聞くと、ティリは
「ご主人様がお選びになったものを食べたいです。」
と即答。こんな時でもティリは俺至上なんだな。
「んじゃあ……対象設定【炭酸水とハチミツと一般的な味覚を持つ人のうち9割以上が美味しいと思う料理があるホイジンガ内のレストランを知っている】で【サーチ】!」
かなり長ったらしい対象設定をしたが、探索魔法【サーチ】は正確に作動した。知っている人は11人。そして、それぞれの人の居場所と名前が脳内に奔流となって流れ込み、インプットされた。
「よし、ティリ。11人見つかったから聞き込みに行くぞ。」
俺はそう言うと、ドーイバイクのハンドルを握り、スピードを上げたのだった。
「えーっと、ここだな。【モンスターレストラン】。」
聞き込みの結果、11人全員が教えてくれた店、それが【モンスターレストラン】だった。魔術師専用店、戦士専用店、剣士専用店、射手専用店、一般専用店があり、テクニックやランク、魔力量などによる制限があるらしいが、そのくらいは仕方ない。ドアを押すと、カランカランとドアベルが小気味よい音を立て、奥からウサギミミを生やした少女が一人出てきた。
「いらっしゃいませ♪ ようこそ、【モンスターレストラン・魔術師専用店】へ♪ 2名様ですね♪」
「ええ。2人です。」
「お客様はどこかギルドなどに所属されていますか?」
「ええ。俺は冒険者ギルドに所属しています。こいつは所属してないですけど……」
「ああ、妖精さんは種族特性で膨大な魔力を所持していますから問題はありません。では、ギルドカードの提示をお願い致します。」
そう言われたので俺がギルドカードを出すと、ウサミミ少女は目を丸くした。
「Aランク……だ、大魔術師様だったのですね! こ、これは大変失礼いたしました! ご案内致します! こちらへどうぞ! 2名様、ご来店です!」
ウサミミ少女がそう叫ぶように言うと、店内から『いらっしゃいませ』の輪唱が聞こえた。ウサミミ少女はその輪唱が終わると、俺たちを案内する。着いたのは立派な装飾のついたドアのある個室だった。
「こちら、VIPルームとなっております。大魔術師様がいらっしゃった場合は、こちらにお通しすることになっているんです。」
そう言ってウサミミ少女はドアを開けると、俺たちを中に通した。
「では、我らが【モンスターレストラン】の総力を結集して、お客様に最高の料理を提供させて頂きます!」
自信満々と言ったような表情でそう言うと、ウサミミ少女は出て行った。どうやら随分いい待遇のようだ。まさか初めての食事でこんなVIP待遇を受けるとはな。
「ご主人様、楽しみですね。」
「そうだな。総力を結集して最高の料理を提供する、って言ってたし。」
「やっとデートらしくなってきましたね、ご主人様!」
「ああ。確かにせっかく外に出たのにずっとダンジョンに関することばっかりだったもんな。しかし、初めての食事をティリと2人っきりでできるなんて、俺は幸せ者だよ。」
俺のこの言葉に、ティリの顔が夕焼け空のように真っ赤に染まる。やっぱりティリは可愛いな、と思いながら、俺は微笑みを浮かべてティリを見つめていた。




