32.ダンジョンコアとリチャード
「こちらが、冒険者カードです。」
「はい、ありがとうございます。」
俺はレナさんから冒険者カードを受け取ると、お礼を言ってからカードを見る。そこには【Aランク リチャード・ルドルフ・イクスティンク】と印字されていた。
「ティリ、冒険者の最低ランクってAなのか?」
「ご主人様、冗談がきついですよ。そんな訳ないじゃないですか。G-が最低で、最高はSSS+です。SSS+まで上り詰めた人はまだいないみたいですけど。」
「じゃあ、何で俺のランクがAなんだ?」
それがそう疑問を口にすると、レナさんが答えてくれた。
「それは、リチャードさんが試験官バミック・ジョー・レイティルに完全勝利をなさったからです。多の属性魔法を使い熟し、二重属性魔法に伝説のスーパーアクティブ魔法である【クラッシュ・キャッスル】まで使えるとなったら、A+ランク越えは確実なのですが、登録時点で一番高くつけられるのはAなので、リチャードさんはAランクという扱いになるんです。ついでに、Aランク以上の魔術師には称号【大魔術師】が付きますので、リチャードさんも称号【大魔術師】を入手となります。」
「あの程度でAランクなんですか? じゃあ冒険者ってAランクがウジャウジャいるんじゃ……」
「リチャードさん、普通の人間があんなに大量に魔力を放出したら、過度な魔力消耗により良くて植物状態、悪くすれば死亡です。あれだけの魔法を使って平然としているリチャードさんが凄すぎるんですよ。そもそも【クラッシュ・キャッスル】なんて宮廷魔導士でも使える人が2人しかいないんですし。」
そんな凄い魔法をルキナスさんは俺に教えたのか。あの人、俺より規格外なんじゃないだろうか?
「普通、リチャードさんのように規格外の魔力量を持つ方は宮廷に仕えたり、領主になろうとしたり、地位を築こうとするんです。それなのに、冒険者なんて割に合わない職業に就こうなんて思う人は余程の物好きか権力嫌いか頭がおかしい人ぐらいですよ。」
「ふーん……受付嬢さん、黙って聞いていれば随分と言いたい放題ですね?」
突然3オクターブほど低いティリの声が聞こえた。憎悪にまみれているのは魔法を使わなくても分かる。
「ご主人様のことを頭がおかしい人呼ばわりするとは、それだけの覚悟があるということですよね?」
「え? いや、あの、そういう意味ではなくてですね……比喩と言いますか、その……」
「たとえ比喩であっても人を貶すのは良くないですよ。」
「例示です! 例示なんです!」
「例示でも頭がおかしい人と呼ぶのはどうなんですか?」
「…………」
レナさんは涙目になってプルプル震えはじめた。逃れられないと思ったのか?
「ティリ。」
「はい。何ですか?」
「【スリープ】。」
俺はティリに向けて眠りの魔法を放った。ティリは俺の肩の上でうつ伏せに倒れ、そのまま寝息を立て始める。
「すみません、レナさん。ティリも悪気がある訳じゃないんです。その、ちょっと俺に対する忠誠心が強すぎまして、それで軽い言葉でも過敏に反応しちゃうんです。」
「り、リチャードさんは、怒っていらっしゃらないのですか……?」
「ああ、アレは言葉のあやっていうか、そういう感じのでしょう? 俺は、別にあんなことぐらいでいちいちキレる程器が小さくはありません。」
俺はそう言ってから、本来の目的を思い出した。
「あ、そうだ、レナさん。」
「はい、何でしょう?」
「クエストを依頼したいんですけど、俺って掲示板に依頼を貼れますか?」
「ええ。勿論です。掲示板に依頼を貼ることができるのはギルド職員かギルドメンバー、それと一級以上の称号を得ている方です。そして、リチャードさんは大魔術師、即ち一級魔術師より上の称号を獲得していらっしゃいますので、掲示板に依頼を貼ることが可能です。」
良かった。これで3階に行く必要も無い。余計なことを知られないで済む。
「もしよろしければ、私が貼って参りますが。」
「あ、いえ。それはいいです。俺が自分で貼りますから。」
「かしこまりました。」
レナさんはなぜか少し残念そうな顔をした。
「じゃあ、俺はこれで。」
「あ、お待ちください!」
そう言うとレナさんは、俺のローブを掴み、奥の方にある扉を指差した。【応接室】とプレートがかかっている。
「大事な話がありますので、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。別に構いませんけど……」
「では、こちらへいらしてください。」
そう言うと、レナさんは奥に進み、応接室のドアを開けた。そして、俺が中に入ると、レナさんは丸いキラキラ光るものを取り出し、
「リチャードさんは、このようなものに触ったことがありますか?」
と聞いてきた。それは俺が何度も見て、触ったことのある物体。即ち……
「だ、ダンジョンコア、ですか……?」
「ええ。ダンジョンコアです。」
レナさんは頷き、俺を見据えると、
「リチャードさん、あなた、ダンジョンマスターですよね?」
と言ってきた。先程までの気弱な受付嬢の姿はどこへやら、今は獲物を狙う猛獣のような顔で俺を見ている。
「成程。そういうことですか。」
その時、いつの間にか目を覚ましていたティリがそう言った。
「そういうこと? どういうことだ?」
「あのダンジョンコアには生体反応があります。通常ダンジョンからコアが離れた場合、ダンジョンマスターは死に、ダンジョンコアから生体反応が消えます。そして、コアは蓄えられた魔力を様々な分野に活用できるだけの結晶となり下がるんです。ただ、唯一の例外があります。それが……」
「ダンジョンマスターがコアを所持したまま、ダンジョン外へ出た場合、か。」
「はい。その通りです。その場合、ダンジョンは崩壊しますが、ダンジョンマスターの命は保証されます。また、ダンジョン外であっても、それまでに得たスキルなどの機能を失うこともありません。」
「成程。つまり、レナさん、あなたは元ダンジョンマスターで、レアスキル【鑑定眼】を所持。その能力を生かしてギルド職員になった、ってとこですか。で、スキルを使って俺がダンジョンマスターだと分かり、ここへ連れ込んだ。」
「ええ。その通りです。」
レナさんは晴れやかな表情を浮かべてそう言った。
「で、あなたの目的は何なんです? 俺がダンジョンマスターであるということを周囲にバラすって言って、金を搾取することですか? それとも、脅して誰も受けたがらないクエストを受けさせることですか?」
「い、いえ! 私はそんなあくどい者じゃありません! むしろ、嬉しかったんです。初めて他のダンジョンマスターに出会えて……」
そう言うと、レナさんはぽつぽつと語り始めた。
「私は、元々鳥系モンスター専門のダンジョン、【白翼のダンジョン】のダンジョンマスターでした。大好きな鳥系モンスター、ブルースパローやレッドスワロー、ウォータークジャクなどと一緒にいられて、とても幸せでした。でも、ダンジョンにやって来た冒険者によって、モンスターたちが殺されるのを見ているのが耐えられなくなりました。その分瘴気は濃くなり、モンスターは強くなりますが、そんなのはオマケです。大好きなモンスターたちが殺される。なのに私は何もできない。無力さに打ちひしがれた私は、ダンジョンコアを持って、ダンジョンから逃げたんです。鳥系モンスターたちを全部逃がして、ダンジョン付き妖精も解放して。そして、ダンジョンが崩壊し、私は唯一のネームモンスター、ウォータークジャクの【コバルト】に乗って、仕事を探し、私の能力を使って仕事ができるギルド職員になったんです。」
「それと俺に何か関係があるんですか?」
「白翼のダンジョンそのものとは関係が無いのですが、お願いがあるのです……」
「何です?」
「このダンジョンコアを、受け取って頂けませんか?」
「は?」
俺は思わず素っ頓狂な声をあげた。
「それを俺が受け取ったら、レナさんは死んじゃうんじゃ……?」
「それはあり得ません、ご主人様。ダンジョンマスターがコアを受け取る場合は、そのコアの主の命が失われる事は無く、能力が失われることもありません。そのダンジョンコアの支配下にある魔力、所持金、DP、モンスターなどが譲渡されるだけです。ダンジョンマスターの中には、他のダンジョンを侵攻してダンジョンコアを奪い、ダンジョンマスターを捕虜とし、奴隷として売り飛ばす者もいるとか。」
「何でダンジョンマスターはそんなのしかいないんだよ……平和主義者はいないのか?」
「ご主人様以外にはいないでしょう。」
「はあ……まあいいや。でもなんでレナさんは俺にそれを?」
「実は、私の収入ではもうコバルトを育てることができないんです。ですから、私の所持する全てを差し上げる代わりに、コバルトをダンジョンに住まわせて頂けないでしょうか?」
「あー、その位なら構いませんよ。」
実質、うちのダンジョンには既にウォータークジャクがいるし、ネームモンスターなら強力な戦力として数えることもできる。貰えるのならありがたい。
「ありがとうございます! リチャードさんは恩人です! この御恩は忘れません!」
「いや、そんな大袈裟に喜ばなくても……」
「いえ! 私の友はコバルトしかいなかったのです! それを救ってくださると仰るのですから……!」
レナさんは涙を零しながら俺にダンジョンコアを渡してきた。
「では、コバルトをよろしくお願いします。コバルトはダンジョンコア付属の異次元倉庫の中にいますので、ダンジョンで出してあげてください。」
「分かりました。」
「それと最後にもう一つ。大魔術師や大剣士の方には専属ギルド員が一人付くんです。そして、私がリチャードさんの専属となりました。」
「分かりました。ここに来るときはコバルトを必ず連れてきましょう。」
俺はレナさんの考えを読み、そう言った。
「ありがとうございます! 本当に、リチャードさんには何とお礼を言えば……」
「あ、お礼は良いんで、これ貼ってきて貰えます?」
俺はそう言って、ダンジョン発見情報の書いてある羊皮紙をレナさんに渡した。
「これがさっき仰っていたクエストの依頼ですか? なぜご自分のダンジョンを明かそうなど……」
「俺はダンジョンを強くしたい訳じゃないですけど、命を守る為に強化したい。その為には、モンスターたちにも経験を積んで欲しいんです。だからですよ。」
本当の理由は『暇だから』だが、そんなことを言う訳にはいかないので、俺は適当に誤魔化した。
「成程、リチャードさんはダンジョンから逃げる気はないんですね?」
「ええ。ティリと別れるなんて嫌なので。」
それはそう言って、ティリを見る。ティリは頬をぽっと赤く染めて恥じらった。やっぱり可愛い。
「かしこまりました。でしたら、私がこれを貼っておきます。では、またお会いしましょう。」
そう言ってレナさんは俺たちを連れて1階へ行き、掲示板の目立たないところに羊皮紙を貼ると、
「当ギルドのご利用、ありがとうございました! またのご利用をお待ちしております!」
と言って頭を下げた。俺はその言葉に込められた二重の意味を理解し、会釈すると、ギルドの前に停めておいたドーイバイクに乗るのだった。
ダンジョン名:友好獣のダンジョン
深さ:120
階層数:12
モンスター数:221
内訳:キングモール 10体
メタルモール 29体
ジェネラルメタルモール 1体
ソイルウルフ 15体
ファイアウルフ 13体
ウォーターウルフ 12体
アースウルフ 20体
フレイムウルフ 20体
アクアウルフ 20体
ジャイアントワーム 25体
ビッガースネイク 30体
フレイムイーグル 5体
ハンターシャドウ 1体
シノビシャドウ 2体
アサシンシャドウ 2体
ハイパースパイダー 5体
ナイトスコーピオン 5体
ウォーターホーク 1体
ウォーターホーンオウル 2体
ウォータークジャク 3体
友好条約締結者
リック・トルディ・フェイン(農業都市アサンドル領主)
レオナルド・モンテュ・フォーカス(工業都市ヤスパース領主)
住人
リチャード・ルドルフ・イクスティンク(人間、ダンジョンマスター)
ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト(妖精)
ルキナス・クロムウェル・モンテリュー(人間、魔術師)
ルーア・シェル・アリネ(獣人、軽戦士)




