29.ウェーバーとリチャード
「あ、そうだ、リチャードさん。」
「はい、何ですか?」
「これ、差し上げますよ。」
俺がケインさんの家から出ようとした時、ケインさんがドーイバイクを一台持って来た。コバルトブルーの車体に流星の柄が付いている、お洒落なものだ。
「僕が郵便配達に使う場合、どんなに格好いい柄が付いていても、全部真っ赤に塗り直しちゃうんです。ですから、リチャードさんに使って貰った方がこいつも幸せなんじゃないかと思いまして。」
「頂けるなら嬉しいですけど、本当にいいんですか?」
「ええ。予備は8台ありますし。」
「じゃあ、遠慮なく。」
俺はそう言うと、ドーイバイクに乗ってヤスパースを後にした。
「ティリ、ウェーバーはどんなところなんだ?」
俺は武装都市ウェーバーへ向かう為にドーイバイクを操縦しながら、肩に座っているティリに聞く。
「ウェーバーは血気盛んな冒険者が数多くいる街で、武器や防具、その他装備品などが非常に簡単に手に入ります。定住者はウェーバーギルドのメンバーと領主、ギルド職員くらいしかいないので、人口は季節やクエストの内容などによってまちまちです。」
「ウェーバーの領主はどんな人なんだ?」
「山賊の親方みたいなパワフルなおじさんです。リックさんやレオナルドさんとは違うタイプです。」
「友好条約締結は可能?」
「多分、ご主人様がダンジョンマスターであることを明かした瞬間に叩き斬られます。」
「チッ、じゃあ友好条約は結ばないでいいや。ギルドの掲示板にダンジョン発見情報でも貼ってさっさとホイジンガに行こう。」
俺がこう言うと、ティリはちょっと驚いたような顔をした。
「ん? どうした?」
俺が聞くとティリは、
「何でギルドに登録しないんですか?」
と聞いてきた。
「え? だってギルドって冒険者が登録するところだろ?」
「そうですけど、最近ご主人様は暇だ暇だ言ってるじゃないですか。例えギルドにダンジョン発生という情報を貼ったとしても、ずっと侵入者が居続ける、なんて事態はまずあり得ません。」
「だから侵入者がいなくて暇な時の暇つぶし用に冒険者になっておいて、たまにクエストとかを受けたらどうか、ってことか?」
「はい。それに冒険者を撃退すればゴルドは手に入りますが、ルキナスさん並に貯めてる冒険者なんていないでしょうし、段々ゴルドが減っていっちゃいます。でも、クエストをクリアすれば報酬が手に入りますから、ゴルド不足を防げます。」
「成程。一理あるな。まあ、どうせギルドには用があるんだし、ついでに登録しておくか。得はあっても損はないだろうし。」
俺はそう言うと、アクセルを踏み込んでドーイバイクのスピードを上げた。
「また門か。今回はハルバード兵がいないけど……」
ウェーバーの門の近くで俺はドーイバイクを降り、それを引っ張って門に近付きながらそう言った。
「ここの門は結界の役割も果たしてません。兵士も不要です。」
「え? そうなのか?」
俺は意外な情報に驚いた。
「はい。ウェーバーには冒険者がいっぱいいますから、結界なんか張る必要ないんですよ。モンスターが入って来ても即座に冒険者の誰かによって瞬殺されますので。」
「そういうことか。ハルバード兵がいない理由は?」
「冒険者の出入りが頻繁ですので、いちいちチェックしてる暇がないからですよ。」
「ふーん。まあ、特に面倒臭い手続きをしないで入れるなら、今までで一番楽だな。」
今までは兵士と何かしら一悶着あったので、それを起こさずに入れるのは嬉しい。
「あ、そういえばシルヴァはちゃんと付いて来てるかな? ドーイバイクに乗ってきちゃったけど。」
「大丈夫じゃないですか? ジェネラルメタルモールは穴を掘る速度も速いですし、嗅覚も優れていますので。」
「そうか。まあ、一応確認しよう。シルヴァ!」
俺が叫ぶと、
「クウー!」
という鳴き声と共に俺の後ろの地面が爆ぜ、シルヴァが飛び出してきた。そのままシルヴァは俺にスリスリと体を擦り付ける。
「どうした、シルヴァ?」
「クウ、クウー!」
「ティリ、なんて言ってるか分かるか?」
「えっとですね……」
「クウー! クククウー! クウククウー!」
「『主殿、今まで感じたことのない痛みを腹部に感じます』って言ってます。」
「なっ? シルヴァ、腹痛があるのか?」
「ククウー! クッククウー!」
「『これは空腹というものでしょうか?』とのことです。」
「空腹? ああ、ダンジョンの中じゃないから空腹感があるのか。そういえば、俺も空腹を感じるな。」
「私もです。先ほどハチミツを頂きましたのでまだ我慢できますが。」
そうティリが言った時、シルヴァが急に穴を高速で掘り始めた。
「ど、どうした?」
「クウ! クウ! クククウ!」
「『この匂いは野生のジャイアントワーム! 獲物! 主殿、失礼します!』って言ってます。」
「ああ、獲物を見つけ……嗅ぎつけたのか。仕方ない。シルヴァは鼻が良いから俺たちの居場所は匂いで分かるだろうし、今回は好きなようにさせておこう。俺たちはそんなに時間かける訳じゃないし。」
俺はそうティリに言うと、ドーイバイクを引いてウェーバーに入る大きな門をくぐったのだった。




