28.郵便局とリチャード
「さて、他にはどんな友人がいるんだろう。」
俺はガートン鍛冶屋の外でそう呟いた。ティリはまだハチミツに夢中なので、取りあえずヨーゼフさんに預かって貰って、一人で探すことにしたのだ。
「まあ、ルキナスさんっぽい人に合言葉を言えば良いかな。」
そんな楽観的な考えで一歩踏み出そうとした瞬間、俺は横から来た何かに激突され、撥ね飛ばされた。
「うわっ? え、エアクッション!」
咄嗟に唱えた呪文のおかげで、俺は地面へ激突はしなかったが、30m程吹き飛んだ。地面に直撃していたら……と考えるとゾッとする。
「す、すみません! 大丈夫ですか? 【ハイヒール】!」
駆け寄って来た男性が俺にかけた回復魔法のおかげで、脇腹に残っていた鈍い痛みが消える。どうやらこの人が俺を撥ね飛ばしたらしい。
「あの、何で俺を撥ねたんですか?」
「も、申し訳ありません! 僕の前方不注意です!」
「前方不注意? もうちょっと気を付けてくださいよ。怪我しなかったから良かったですけど、下手したら人殺しですよ。」
「わ、分かっています。今のは確実に僕が悪い。ですので、お詫びをさせて頂けないでしょうか?」
「お詫び、と言われても……あなたは何をしてる人なんですか?」
俺の質問に、男性ははっきりと答えた。
「僕はこの辺りの10の街全てに郵便物を配達するヤスパース郵便局の局長であり、唯一の郵便局員であるケイン・アッド・ラッシュです。今日の配達物はここ、ガートン鍛冶屋で終わりなんですよ。」
「はあ。」
「ちょっと待っていてください。ヨーゼフ! ヨーゼフ!」
ケインさんというらしいその人は大声でヨーゼフさんを呼ぶ。
「なんだなんだ、騒がしい。燃やすぞ、迷惑者。」
「物騒なこと言うなって、ヨーゼフ。僕だ。」
「何だ、ケインか。お前は武器など必要としないだろう。何の用だ。」
「郵便だよ。」
「またか。今日は何通だ?」
「38通。」
「チッ、鍛冶屋など別にここでなくてもいいだろうに冒険者どもはここに依頼しおって! 全く忌々しい……また徹夜ではないか。レオナルドからも農具を発注されているというのに!」
「いいじゃないか、お前の腕を認めてるってことだろ。それじゃ。」
ケインさんはそう言うと、俺に向き直り、
「轢いておいてこんなことを聞くのはなんですが、お名前を伺っても?」
と聞いてきた。
「ああ、はい。俺はリチャード・ルドルフ・イクスティンクです。」
「リチャードさんですか。愛称だと……」
「ディックって呼んだら警吏呼びますよ。業務上運転過失傷害で逮捕して貰います。」
俺はもうディックと呼ばれるのは嫌なので、先にちょっと脅した。
「ああ、ディックと呼ばれるのが嫌なんですか。分かりました。まあ、それはそうと僕にできるお詫びは家への招待くらいしかないので、すみませんがこれの後ろに乗って貰えますか?」
ケインさんは真っ赤な空中に浮かぶ乗り物を引っ張ってきた。
「ドーイバイクっていいます。これの後部座席に。」
「あ、はい。」
俺は促されるまま、それの後部座席に乗った。すると、次の瞬間顔に衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。
「うわっ?」
「ご主人様! 私を置いて行かないでください!」
どうやら目の前にティリが引っ付いたから視界が暗くなったようだ。
「ティリ、ハチミツは?」
「4分の1だけ食べました。残りの4分の3は取っておきます。」
「俺の存在を忘れてるのかと思ったけど……」
「ハチミツは好きですけど、ご主人様のことはそれ以上に大好きですから、忘れません! ちゃんとお話は全部聞いていました!」
「良く聞こえてたな。」
俺はちょっと驚いた。てっきり聞いていないと思っていたんだが。そこまで考えた時、俺はケインさんが全く喋っていないことに気が付いた。ふと見ると、ケインさんは目を見開いて固まっている。
「どうしました?」
「あ、あなたは妖精を従者にしているんですか?」
「ええ、まあそうですけど。」
「す、凄いじゃないですか! まさかそんな人を轢いてしまうなんて……僕はあなたの寛大な心で生存を許されているらしいですね……」
「いや、別に俺は怪我してないですし。あなたが俺の事をディックって呼ばない限り、別に何もしませんよ。ほらティリ、殺気を溜めるな。挨拶して。」
「何でご主人様に危害を加えたような輩に挨拶しなきゃいけないんですか? ご主人様に言われてもこれだけは……」
「故意にじゃなくて事故だから。仕方ないだろ。」
「とは言ってもご主人様に危害を加えたのは事実です! ペーストに……」
「実力行使はやめろ。そもそもお詫びしてくれるって言っているんだから。」
「でも……」
「いいからやめろ。」
俺は目にあらん限りの殺気を込めて言った。この辺で一回強く言っておかないと。なあなあのままではティリの過激暴走が強まるかもしれないしな。
「ティリ、お前が俺を至上とするなら、平和主義者である俺の意志を汲め。」
「……はい。」
「何だ、今の間は。不満なのか? 俺はティリが俺の事を考えてやろうとしていることは分かってる。だけど、解決方法が殺害しかない訳じゃないだろう? 平和的にいかないと。」
「……分かりました。確かに暴力的なことばかりではよくありませんね。」
「だろ? じゃあお詫びをして貰って終わりにしよう。」
俺はそう言うと、ケインさんに向き直り、
「すみません、ケインさん。お時間取らせて。」
と一応謝っておいた。
「いえ、リチャードさんを撥ねてしまったのは僕なので。じゃあ、家に向かいます。しっかり掴まっていてください。」
ケインさんはそう言うと、前の座席に座り、ハンドルを握ってドーイバイクを発進させた。
「ここが僕の家です。さあどうぞ。」
ケインさんに促され、俺たちはケインさんが自らの『家』と称した郵便局に入った。
「ここ、本当にケインさんの家なんですか?」
「そうですよ。郵便局の奥に僕の家があるんです。郵便局内を通らないと入れないようになってます。」
そう言うと、ケインさんは【金庫室】と書かれたプレートがかかっているドアの隣のドアを開けた。
「はい、お待たせしました。ここが本当の僕の住まい、5LDKの2階建てです。」
「なんかもの凄い劣等感を覚えるわ……」
リビングに通されながら俺はそう言った。何せ俺の住んでるダンジョンは現状地下120階建てだが、部屋数はコントロールルームをリビングとして考えて4Lだぞ。ルキナスさんの部屋、ルーアちゃんの部屋、訓練場、教会のある部屋、そしてコントロールルームだからな。
「そういえば、ティリのドールハウスってどんな感じだったっけ?」
「ご主人様が私に下賜してくださった、お気に入りのドールハウスですか? 2階建ての3LDKです。」
「ドールハウスにすら部屋数で負けていたとは……」
俺は更に深い劣等感を覚えた。別に部屋など増設する必要はないのだが、何となく悔しい感じがする。
「よし、帰ったら俺の部屋を設置しよう。」
ケインさんに聞こえないように俺はこっそりとそう呟いた。
「取り敢えず、お茶です。どうぞ。妖精さんも。」
「ああ、ありがとうございます。」
ケインさんは紅茶を出してくれた。ティリにはジュースだ。
「わーい、ありがとうございます! あ、私のことはティリでいいですよ!」
そう言って、ティリはストローでジュースを飲み始めた。あのストローの直径、ティリの口より明らかに大きいのにどうやったら吸えるんだろう……
「さて、リチャードさん。」
「はい。何でしょう。」
「この度は、僕の不注意でご迷惑をおかけしました。」
ケインさんは深々と頭を下げる。
「あ、いえ。結果的に何もなかったんですから。」
「しかし、僕は何かしないと気が済まない。僕にできることはありませんか?」
ケインさんの問いに、俺は良いことを思いついた。この人に友人探しを手伝って貰おう。そう思って、
「じゃあ、【ルキナスは永久に犬を愛す】っていうフレーズを……」
と言いかけた。するとケインさんは、
「小型のイヌは素晴らしき友。」
と言ったのだ。
「え? ケインさん、ルキナスさんと知り合いだったんですか?」
「知り合いも何も、ルキナスとヨーゼフと僕は幼なじみですからね。因みに、ルーアちゃんとも面識があります。」
「ルーアちゃんともですか! あ、じゃあちょっと待ってください。」
俺はそう言って、ディスプレイ・パールに魔力を流す。
「ルキナスさん、ルキナスさん!」
『おお、リチャード殿。新しき友は見つかりましたかな?』
「はい。郵便局員のケイン・アッド・ラッシュさんです。」
『ケインですか! ルーアとも面識がある友人ですぞ!』
「ああ、やっぱりそうなんですか。じゃあ、お話どうぞ。」
俺はそう言って、ディスプレイ・パールをテーブルに置いた。
「あ、ルキナス!」
『ケイン、久しいな。』
「ホント、久しぶりだな! 今どこにいるんだ?」
『今はとあるダンジョンの中だ。ルーアとも結婚している。』
「は? ダンジョンの中? ルキナス、お前大丈夫なのか?」
『大丈夫でなかったら連絡を取れるわけがないだろう。お前の目の前にいる人物、リチャード・ルドルフ・イクスティンクこそが、私を腐り切ったパーティーから救い、命を奪わずできる仕事を与えてくれた世にも珍しい平和主義のダンジョンマスターなのだ。』
「え? り、リチャードさん、この話マジですか?」
ケインさんが驚いた顔でこっちを見る。まあ、無理もないよな。
「ええ、マジです。俺はフェリアイルステップに存在する【友好獣のダンジョン】のダンジョンマスターです。ってか、ルキナスさん、勝手に俺の素性を明かさないでください!」
『どうせ後々明かすのですから、今でもよろしいのでは?』
「自分から言うのと伝聞系で聞くんじゃ、反応が違うんです!」
俺はそう言ってから、ケインさんの方に視線を移し、
「ケインさん、ちょっと相談があるんですが……」
と言って、ダンジョン情報を渡したりする代わりに、定期的に街の情勢を知らせたり、ルキナスさんやルーアちゃん宛ての手紙があったらダンジョンへ運んでくれないか、と頼んでみると、すんなり了承してくれた。
「あっさりですね。本当にいいんですか? ダンジョンですよ。怖くないんですか?」
「本来、人を撥ねた時点で警吏からそれはそれは怖い取り調べを受けることになりますから、それに比べたらそれ程じゃないですよ。それに、リチャードさんになら協力は惜しみません。」
「俺はそんないい人じゃないですけど。」
「ルキナスの友人はいい人です。あいつの人を見る目は確かですから。因みに、あいつの友達は僕とヨーゼフ以外いませんよ。」
「ええっ? マジですか?」
「マジです。あいつは本当にいい奴しか信用しない。僕とヨーゼフはあいつにいい人だと信じられているんです。そして、それはリチャードさんも同じですよ。」
そう言うと、ケインさんは俺に右手を差し出してきた。
「ではリチャードさん、これからよろしくお願いします。」
「はい。よろしく。」
差し出された右手を俺は掴み、しっかりと握手を交わしたのだった。




