22.アサンドルとリチャード
「シルヴァ、お前は地中からついて来てくれ。俺たちに危ないことが起きそうになったら、その時は頼むぞ。」
俺はダンジョンの入り口まで運んでくれたシルヴァにそう伝える。するとシルヴァは
「クウ。」
と一声鳴き、地面に高速で穴を掘ってその中に潜って行った。しっかりと伝わったようだ。
「じゃあ、まずは一番安全そうな農業都市、アサンドルに向かうぞ。あそこにはギルドは無いんだったよな?」
俺はティリにそう聞く。
「はい。アサンドルは人口凡そ8000人程で、土地の50%が耕地です。名の通り農業が盛んで、住民の80%近くが農業従事者ですね。領主も元は農業従事者で、農業成績が良かったのでそこにあった村の村長になった人の子孫だそうです。今でも領主は畑の見回りをしたり、領民の手伝いをしたりととてもいい人らしいですよ。」
「へー、そんな領主もいるんだ。普通領主って言ったら、領民から搾れるだけ税金搾り取るってイメージがあるけど。」
「アサンドルの領主はいい人ですよ。ご主人様と同じです。」
「は? いや、俺はいい人じゃないだろ。ただの平和主義者だし。」
「ご主人様はいい人ですよ。だって、私とルキナスさんとルーアさんとシルヴァたちと……みんなに気を配ってくださるじゃないですか。」
「ふーん。ま、俺がどういう人かってのは今はどうでもいい。さっさと行くぞ。」
俺はちょっと恥ずかしかったので、話をぶった切ってアサンドルへと歩を進めた。
「ご主人様、門が見えてきました。」
「レッドイーグルで見た時も思ったけど、でかいな。」
「これは軽度結界の役割も果たしてますからね。森からのモンスターの侵入を防いでもいますので。」
「ふーん。ま、いいや。ところで、許可証とか持ってないけど入って良いのか?」
門の脇にはハルバードを持った兵士らしき人が1人ずつ立っている。
「ああ、大丈夫ですよ。あの人たちは怪しい者が街に入らないように見張ってるだけですから。」
「へー。なら入って大丈夫か。」
俺はそう言って、街に入ろうとした。すると、
「おい、待て、そこの人間!」
と呼び止められた。
「何ですか? 怪しい者じゃないですよ。」
俺は言い訳の常套句を口にする。すると、警備兵は驚いたことに、
「そうか、呼び止めて悪かったな。通っていいぞ。」
と言った上、金貨を1枚詫び賃として渡してきた。
「え? いいんですか?」
「ああ。怪しいものでは無いんだろう? ならば街に入れない理由は無い。ようこそ農業都市アサンドルへ、だ。」
「疑わないんですか?」
「なぜ疑わなければならない。挙動不審でもないのに。自分から怪しい者では無いと言っただろう? ならば怪しくないのだから止める必要性は皆無だ。」
「あ、じゃあ遠慮なく通らせて頂きます。」
どうやらこの街の人は人を疑うということを知らないらしい。俺はそう思いながら、街に入った。
「さて、最初はどこに行こうか。」
「こういう時は、まず街の統治者、即ち領主に会いに行くのがよろしいのではないでしょうか?」
「領主? ああ、いい人か。」
「はい! ご主人様みたいな人です!」
「ティリ、さっきも言ったが俺はいい人じゃなくて、ただの平和主義者だから。でも、何で領主に最初に?」
俺は俺に関する話になる前に、疑問に思ったことをティリに聞く。
「それが一番手っ取り早いからです。この街には何回も言っているようにギルドはありません。ですから、ここに侵攻しない代わりにダンジョンの情報を漏らすな、とか条約を結べます。」
「あのさ、俺はダンジョンの宣伝の為にわざわざ来たんだけど?」
「……それはそうですけど、ここにはギルドが無いんです。ということは、ダンジョン情報が広まってここの領主が脅威と感じたら、領民を守る為に私兵を突入させてくるかもしれません。領主はご主人様みたいにいい人ですし。」
「俺の話はどうでもいい。兎に角、領主にさっさと俺の正体を明かしたうえで侵略しない、ダンジョン内の情報を教える。代償として、冒険者にダンジョンの情報を教える場合は必要最低限、っていった感じの条約を結ぶのがいいってことだな?」
「はい。さすがはご主人様。私が言おうとしていたことを全て分かっていらっしゃるとは……」
「まあ、この位は分かるって。」
俺はそう言うと、周辺を見回す。畑、畑、畑、畑。どっちを向いても広大な畑だ。そして、少し遠くに3階建てくらいのレンガ造りの建物が見える。結構立派に見える。まあ、その他に見える建物はみんな木でできている平屋ばかりだからだが。
「あのレンガの建物が領主の館か?」
「はい、そうですね。あれがアサンドル領主、リック・トルディ・フェインの館です。」
ティリに確認を取った俺は、領主の館に向けて歩を進めた。
領主の館の前には、門で会った警備兵と同じようなハルバードを持ち、鉄の鎧を着けた兵士が2人いた。不審者を入れないように見張っているのだろう。
「なあ、あの2人に気付かれずにはいることはできる?」
「ご主人様が幻惑属性魔術の【スケルトン】で私とご自分の魔力、気配を遮断し目視不可能にすれば不可能ではないですが、領主に会った瞬間に叩き斬られること必至かと思われます。」
「じゃあ、やっぱ普通に行くか。」
俺はそう言うと、兵士の前に行き、
「すみません、領主のリック・トルディ・フェイン様にお会いしたいのですが。」
と言った。すると兵士は、
「目的は?」
と聞いてきた。
「えっと、友好条約を結ぶためです。」
「友好条約? そういえば、見慣れない顔をしているな。名前は?」
「リチャード・ルドルフ・イクスティンクです。」
「聞き慣れん名だな。まあいい。他の地区の大使となれば、丁重にもてなすのが慣例なのだ。だが、他に連れの者はいないのか?」
「連れ? それは……」
俺は少し言い澱んだ。すると、ティリがフワリと飛び上がり、
「ご主人様の護衛は私だけで十分ですから!」
と言った。それを見た兵士は目を見開く。
「よ、妖精だと? 精霊族の中でもとりわけ強大な魔力を擁する妖精が人間をご主人様と呼ぶなど……まさか妖精を服従させる程膨大な魔力の持ち主だとは……よし、了解した。リック様との面会を許可しよう。」
兵士はそう言うと、手をパンパンと叩いた。すると、館の中からタキシードをきっちりと着こんだ若い男性が出てきた。
「これは、この館の執事の……」
「ノア・クルー・レインと申します。」
その執事……ノアさんは腰を直角に折って礼をする。
「ノア、この方はリック様と友好条約を締結しにいらした大使様だ。丁重にご案内せよ。」
「は。了解いたしました。では大使様方、こちらへ。」
そう言ってノアさんは歩きだし、館へと入っていく。俺は慌てて後を追った。
リチャードが街に行っている間、余程のことが無い限りダンジョンに変化は訪れませんので、一時的にダンジョンステータスの記入を休止します。変化が起きたらまた記入を再開しますし、起きなくとも第4章でまた開始します。




