side ??? 派遣の龍と少女の考察
龍族の住むモータント大陸。平地で一人の少女が空を見上げている。その視線の先には、グルグルと旋回する大きな影。以前、フェリアイルステップに突如として襲来したレッドワイヴァーンだ。それは次第に高度を下げ、少女の前に着地する。
「お疲れ様でした、レッディル。」
そう言って、着地したレッドワイヴァーンに近付く少女。彼女の頭からは、二本の短い純白の角が生え、スカートからは角と同じ、純白の尻尾が出ていた。
『主よ、あのような仕事に我を派遣するなど、我らワイヴァーン一族を愚弄する気か? ダンジョンの調査など、ミニスタードラゴンどもで十分であろうが!』
レッドワイヴァーン、レッディルは苛立ったように叫ぶ。口からは抑えきれない炎が漏れ出していた。そんなレッディルに、少女は淡々と言う。
「愚弄? 何を言っているのですか、レッディル。あなたが発つ前に言ったでしょう? あのダンジョンにはダンジョンマスターがいる可能性が高い。それ故、高速で飛ぶことができ、耐久力の高いワイヴァーン一族の中でも頭一つ分飛び抜けて優秀且つ強靭なあなたを派遣したのです。全てはあなたの実力を認めればこそ。」
そう言い切り、更に続ける。
「そもそも、私の配下に役立たずは要りません。あなたが邪魔ならば、こんな回りくどいことはしませんよ。さっさと私の愛刀で首を刎ねています。こんな風に。」
そう言って、少女は抜いていなかったはずの刀を腰の鞘にゆっくりと収める。一瞬遅れて、レッディルの横の木の上半分が地面に倒れ、地響きを立てた。そう、少女は抜く動作すら見えない程の早さで木の幹を両断したのだ。
『フン、主が愚弄していないのならばそれで良いが、我の巨体ではほとんど調査はできなんだ。ダンジョンらしき大きな穴は見つけたが、我の身体が入るほど大きくは無かった。』
「その大穴がダンジョンであろうという証拠は?」
『我が咆哮を上げた時、赤き鷲が1羽、その穴の中へ逃げ込んだ。』
「成程、レッドイーグルが地面に空いている穴に逃げ込むなど、本来ならあり得ませんからね。そうすると、その大穴はダンジョンである可能性は至極高いです。他には?」
少女の質問にレッディルは少し首を傾げて考えるような仕草をした後、
『あのダンジョンのある草原、フェリアイルステップのレーザーホースは美味であったぞ。』
と答えた。
「レッディル、また野生動物のつまみ食いをしてきたのですか。レーザーホースは数が多いですからさしたる問題にはなりませんが……まさか草原を焼き払ったりはしていないでしょうね?」
『安心しろ、主。1アール程を灰燼に帰しただけだ。案ずる必要はない。』
「程度や面積の問題ではありませんよ、レッディル。あなたは本来、フェリアイルステップにはいないはずのランクA+のモンスター。あなたが灰燼に帰した部分の灰がもし分析されてあなたの力によって焼かれたのだ、などとバレたらことです。私はあなたの主として、あなたに罰を下さねばならなくなります。軽い罰で済めばいいですが、独断で他の大陸の土地を燃やしたというのは紛れもない事実。バレた場合、どう考えても死刑以外あり得ません。私はあなたのことを信頼しているので、失いたくはないですが……」
『主よ、我はダンジョンの調査をしにあの地へと行った。ダンジョンを危険と判断し、ダンジョンを攻撃する為にフレイムブレスを放ったが、予想以上に属性攻撃反射能力が高く、滅ぼすことができなかった……などと言っておけば良いのではないか?』
平然とした顔で言うレッディルに対し、少女は溜息を吐く。
「……この馬鹿ドラゴンが……上層部をそんな簡単に騙せるわけがないでしょう? まあ、私はモータント大陸のダンジョン管理組合と関係はないですし、いざとなったら私が適当な理由をでっちあげて罰を受けないようにしますから、その点は心配しないでいいですが。」
『恩に着る、主よ。』
レッディルはそう言って頭を下げた。少女をそれを一瞥すると続ける。
「それで、問題のダンジョンはどのようなものだったのですか? あなたの魔力感知能力で分からなかった、などということはあり得ませんよね?」
『当たり前であろう。鳥系、蟲系、獣系、死霊系などのモンスターが個体数測定不可の状態で生息している、専門モンスター系統不明のダンジョンだ。瘴気はほとんど感じなかった故、まだできたばかりで1人、2人しか殺していないのだろう。』
「成程、モンスターの種類がバラバラとは珍しいタイプのダンジョンですね。こうなると自然発生型のダンジョンの可能性はほぼ皆無……ダンジョンマスター存在の可能性が濃厚になってきましたね。他には?」
『あの赤き鷲……レッドイーグルと言ったか? 奴から僅かではあるが人間の匂いを感じた。』
「人間の匂い、ですか。ということは、ここ数百年現れていなかった人間のダンジョンマスターの可能性があるということになりますね。これは大発見ですよ、レッディル! やはり私が見込んだだけのことはあります!」
少女は顔を赤くしてそう叫んだ。
『主よ、そこまで興奮することなのか……?』
「ええ、勿論! 人間は兄上を殺した仇、しかしダンジョンマスターである私が直接手を下すことはできませんでした。でも、ダンジョンの中なら話は違います。そのダンジョンマスターからダンジョンコアを奪い、捕虜とし、嬲り、虐め抜き、人間をおびき寄せる罠を作らせるのです!」
『鬼畜だな、主よ。そんなことをしたとて、主の兄上、セントグリフ殿が帰って来るわけではないのだぞ?』
「そんなことは分かっていますよ、レッディル。理屈では十分すぎる程分かっています。でも憎いんです。ああ、待っていてください、兄上。私が人間を兄上のいる世界へ沢山送り込むことを……」
そう言って少女……【ドラゴンの巣窟】という名のダンジョンのダンジョンマスター、リーン・クレイティブ・カールは可憐な、それでいて深い憎悪を秘めた微笑みを零すのだった。
狂気的な龍族のダンジョンマスター、いったい過去に何があったのか、そしてリチャードとの関係はあるのか? いずれ明らかにしていきます。サブストーリーとして楽しんで頂けたら嬉しいです。
この後はここまでの登場人物紹介を挟み、第3章へと移行します! 乞うご期待!




