side ティリ 寂寥と困惑と悪戯と
「あの、ご主人様。」
ある日、私はコントロールルームでモンスターの様子を見ているご主人様に声をかけました。しかしご主人様は返事をしてくださいません。
「ご主人様……」
「…………」
「機嫌を直していただけませんか?」
「…………」
「……私、そんなに悪いことしましたかね? 確かにいけないのは私ですけど、そんなに怒らなくたって……」
「…………」
何を言っても無視、無視、無視。とりつく島もありません。
「機嫌を直してくださらないと、ご主人様のこと嫌いになっちゃいますよ?」
「何?」
ご主人様はゆっくりと椅子を回し、ようやくこちらを見てくださいました。しかしいつもの優しいお顔ではありません。お顔は憤怒で真っ赤に染まり、怒気が滲み出ています。怖い顔のことを閻魔顔といいますが、そんなレベルではありません。きっと閻魔も真っ青です。
「悪いことをしたのはティリだろう。それは疑いようのない事実だ。それで俺のことを嫌いになる、っていうのは理不尽が過ぎるんじゃないか?」
「……何回も謝ったじゃないですか。」
「謝って済むなら警吏はいらない。」
「私、無視され続けるほど悪いことしましたか?」
「あのな、限度ってものがあるんだ。そこを踏み越えたら、いくら俺だって怒るし、無視くらいされても仕方ないと思った方がいいぞ。」
正論、ド正論です。言い返せません。
「リチャード殿、そうは仰いますがティリウレス殿には悪気があったわけではないのでしょうし、仲直りされてはいかがですか?」
「そうですよ、マスター。ティリちゃんだって何もマスターを害そうとしたわけじゃないんだし……」
ルキナスさんとルーアちゃんが隣の部屋から出てきてご主人様を諭そうとしてくださいますが、ご主人様の怒りはまだアクセル全開です。
「2人は黙っていてください。これは俺とティリの問題です。それに、ルキナスさん。もしルーアちゃんに同じことをされたらどうしますか?」
「心から反省の意を表すれば特に何もしませんぞ。そもそもルーアはあそこまでのものは作らないでしょうし。」
ルキナスさんの回答が私の心を更に抉ります。
「アレはリチャード殿を起こそうとやったことでしょう。朝起こされているのはいつものことでは?」
「そりゃまあ、いつものことですよ? でも、だったらいつもの通りアクアトピアぶちかませばいいのに、あんなことされたら……ハッキリ言いますけど、死にかけたんですよ?」
「……結果的に目覚めたじゃないですか。」
「結果じゃなくて過程が問題なんだよ! そもそも……」
ご主人様はそこで一度言葉を切ると、
「人の口に黒焦げのそぼろを押し込むんじゃない!」
と感情を爆発させました。
「今まではティリの心情も慮って社交辞令で美味しいとは言っていたが、本心は別だ。アレは生命体に食わせるものじゃない。」
「そんなこと分かってますよ! 私の料理の腕が壊滅的だってことくらい!」
「だったら寝てる奴の口に押し込むな!」
「あんな殺傷兵器を放置しといたら危険じゃないですか!」
こんな感じでギャーギャー言い争っていたら、セントグリフさんが現れました。
『おい、リチャード。そのくらいにしとけよ。そんなんじゃティリちゃんが可哀想だろ。折角ティリちゃんが作ってくれたんだからさ。それにお前、言ってなかったか? 「ティリが作ったものなら何でもご馳走だ」って。』
「そんなことを言った覚えはないな。」
ご主人様のこの言葉を聞いた瞬間、セントグリフさんが拳を突き出しました。それはご主人様の顔面にクリーンヒット。吹き飛んだご主人様は壁に激突すると、そのまま崩れ落ちました。私は思わず叫びます。
「な、急に何するんですか、セントグリフさん!」
『ティリちゃん、騙されちゃ駄目だ。こいつはリチャードじゃない。偽物だ。』
「へ?」
『今俺はリチャードのことをお前、って呼んだ。けどこいつは「お前じゃない。リチャード・ルドルフ・イクスティンクだ」って訂正してこなかった。つまり、偽物だってことだ。』
そう言われて吹き飛んだご主人様を見ると、確かに何かが違います。雰囲気に違和感が……
『それにルキナス、ルーアちゃん、そいつらも偽物だ。正体見せやがれ!』
セントグリフさんは続けざまにルキナスさんとルーアさんも殴り飛ばします。すると、奥からキャトルさんが出てきて、セントグリフさんの腕にしがみつきました。しかしセントグリフさんはキャトルさんが何か言う前に、
『くたばれ、偽物が!』
と キャトルさんまでも殴り飛ばしました。あまりの光景に唖然としていると、セントグリフさんは、
「こんな偽物ばかりの空間にいる必要はない。帰ろう、ティリちゃん。リチャードが待ってるよ。」
と私を摘まみ上げ、眩しい光を放ちました。私は思わず目を瞑り、次に目を開けた時にはドールハウスのベッドにいました。
「あれ? 私なんでここに……?」
首を傾げていると、窓がガチャッと開き、ご主人様が顔を出されました。
「ティリ、おはよう。大丈夫か? なかなか起きてこないから心配したぞ。」
「起きてこない……?」
どうやら私は眠っていたらしいです。ということは、さっきの一連のアレは何だったんでしょうか?
「ご主人様、私ご主人様の口に真っ黒焦げのそぼろを押し込みましたか?」
「ん? まだ寝ぼけてるのか? ティリがそんな悪戯をするわけないだろ? 何でそんなこと思うんだ?」
「えっとですね……」
私は先ほど会った一連の出来事を説明しました。するとご主人様は、
「セントグリフが助けてくれた、か……なんか釈然としないな……」
と考え始めました。すると、ベストタイミングでセントグリフさんが入ってきました。
『お、ティリちゃん。目が覚めた? 良い夢だったかな?』
「え? 良い夢?」
『うん。ティリちゃんを夢操作で悪戯……ゲフンゲフン、癒してあげようと思ってさ。偽物に囲まれて困った状況に陥った自分をヒーローが颯爽と助けてくれてハッピーって夢を……』
「セントグリフ、貴様ああああああ!」
セントグリフさんがしゃべり終わる前にご主人様は拳を振り抜きました。その拳はセントグリフさんの顔面にクリティカルヒット。霊体であるにも関わらずセントグリフさんはその威力で吹き飛び、壁に激突しました。
『り、リチャード、いきなり何を……』
「お前が原因かああああああ!」
ご主人様は憤怒の表情でセントグリフさんに詰め寄ります。
「ティリを魔法の実験台にしてんじゃねえ!」
『それは誤解だ、リチャード! 俺は善意でだな……』
「悪戯って言ったじゃねえか! 仮に善意だったとしても、お前のせいでティリが悲しんでるんだよ! 過程より結果だこの野郎!」
ご主人様はなおも怒りの表情でセントグリフさんを追い詰めていきます。
『ちょっと待てリチャード、話し合おう。話せば分かる!』
「問答無用だ! ティリを悲しませた罪は重い!」
とうとう逃げ出したセントグリフさんを追いかけ、ご主人様はコントロールルームを出て行きました。取り敢えず、今の流れで全てを悟った私は、ご主人様が帰ってくるのを待つことにしました。
☆ ☆ ☆
待つこと10分と少し、ご主人様が戻ってきました。
「悪かった、ティリ。まさかセントグリフがあんな勝手をするとは……」
「ご主人様は悪くありませんよ。それに、セントグリフさんだって……」
「いや、夢操作で癒やすにしたってもっとましな夢がいくらでもある、それに何より、あいつがヒーローってところが我慢ならん。ティリのヒーローは……」
「いつだってご主人様ですよ。」
私はご主人様の発言に被せました。そして、更に続けます。
「ご主人様は私にとって最高で至高で究極です。ご主人様以外のヒーローなんて私には要りません。ご主人様がいらっしゃれば、それだけで私は十分満たされていますので。ですから、これからもいっぱいお手伝いさせてくださいね。」
私がにっこりと笑うと、ご主人様も微笑みを返してくださいました。
「ありがとう、ティリ。俺もティリがいればそれだけで幸せだ。これからもよろしくな。」
そしてナデナデ。私は更に相好を崩しました。
「ティリは良い子だな、可愛いよ。これからも、たくさん笑顔を見せて欲しいな。」
「はい! ご主人様がいらっしゃる限り、明日も明後日も、来年も再来年も、私は笑顔です! だから、ご主人様もこれからもいっぱい可愛がってくださいね!」
私はご主人様のお願いに、満面の笑みで応えました。
……尚、この数時間後に掃除のためにセントグリフさんの部屋に入ったキャトルさんが、襤褸雑巾のような状態で柱に縛り付けられ失神しているセントグリフさんを見つけて悲鳴を上げ、ちょっとした騒ぎになるのですが、それは別のお話です。
お馴染み、ティリ視点の閑話で第7章は終了。次回から第8章となります。
第7章開始日が2018/04/18なので、この章に6年以上かかっています。かかりすぎですね(^_^;)
こんなにも不甲斐ない投稿頻度でありながらも、相変わらずブックマークをして次作を待ってくださっている皆様には感謝のしようもありません。本当にありがとうございます!
尚、こちらが私こと紅蓮グレンの2024年最後の投稿となります。本年は私の作品をお読みいただきまして、誠にありがとうございました。来年も引き続きお読みいただけましたら幸いです。
それでは皆さん、よいお年をお迎えください!




