130.帰還と新たなるサブマスター
「では、お互い顔合わせもすんだことだし、このあたりで失礼しよう。」
【アトランティス】のダンジョンボスであるテンネックヒュドラのフィラの紹介も終わり、一段落ついたところで俺はスイリュウにこう切り出した。
「む、そうか。まあ、貴殿もダンジョンマスター。ダンジョンをあまり長く空けているわけにもいかぬだろうしな。」
「ああ。ってことで、失礼させてもらう。ティリ、帰るぞ。」
俺が声をかけると、ティリはふわりと飛び上がって俺の肩に腰かけ、
「かしこまりました、ご主人様。スイリュウ様、お邪魔いたしました。」
と敬礼。
「気にするな、もとより招いたのはこちら。では、今後とも友好条約締結者としてよろしく頼む。」
「こちらこそ、よろしく頼む。」
俺はスイリュウと握手を交わすと、
「イースト、ノース、座標指定。【ワープ】!」
と転移魔法を使った。
☆ ☆ ☆
「ただいま!」
「ひゃっ!」
ダンジョンに帰還すると同時に挨拶をすると、偶然目の前にいたキャトルが悲鳴を上げて尻餅をついた。
「いたた……あ、お帰りなさいませ、リチャード様。」
「ああ、ただいま、キャトル。大丈夫か?」
俺が手を差し出すと、キャトルは遠慮がちに手を取り、おずおずと立ち上がった。控えめなのはいつものことだが、心なしか頬が紅潮している気がする。
「どうかしたか? なんか嬉しそうだが……」
「あ、えっと、今日は釣りに行ってらしたんですよね? 私、魚の血液って飲んだことがなくて……釣果はいかがでしたか?」
……食い物のことを考えていたらしい。まあ、キャトルにとって血液は必需品かつ嗜好品だから、その思いは分からなくもないが、残念ながら今日の釣果はすべて船の上。あんなに大量にソードフィッシュを釣ったのだから、こんなに期待されるのならば1、2匹持って帰ってくれば良かったか、とも思うが、もはや後の祭りだ。
「すまん、キャトル。今日は途中でイレギュラーがあって釣りを中断したから釣果はゼロなんだ。」
「そうなんですか? 【釣り師】のリチャード様がボウズなんて……」
「ボウズではないんです。たくさん釣りはしたんですけど、途中にアザラシが釣れたりとかリヴァイアサンが出たりとかウンディーネが出たりとか他にも色々あって、釣果を置いてきちゃったんですよ。」
ティリの説明を聞いたキャトルは、納得したように頷く。
「ああ、そういえば友好条約を結ぶ、とかも仰ってましたね。」
キャトルは再度大きく頷く。すると、突然ダンジョンコアが金色に輝き、ウィンドウに文字が表示された。
【ダンジョンマスターが他ダンジョンのマスターと友好条約を締結しました。サポート権を拡大するため、サブマスター権限を拡充し、新たに1名のサブマスターを指名できます。】
「……サブマスターの追加か。最近は俺の能力強化ばっかりだったし、ダンジョン強化の流れは久しぶりだな。ティリ、どう思う?」
「うーん、現状キャトルさんもいますし、私だけでもご主人様のサポートは十分できるとは思いますが、もう1人サブマスターがいるとかなり安心できます。これからもご主人様が外出なさる際には私が同行することになりますが、そういう時に侵入者がいないとは言い切れません。サブマスターがもう1人いれば即連絡してもらえますし、そういう点でも安心ですね。」
ティリはサブマスター追加に肯定的な姿勢を示した。自分以外がサブマスターになることを嫌がるなら考えるつもりだったが、構わないなら追加しない手はない。
「んー、じゃあ誰にするかだけど……経験とかダンジョンに対する貢献度とかから考えると、ルキナスさんかセントグリフのどっちかだな。」
ルキナスさんはまず裏切ったりしないであろう安心感があるし、貢献度も高く知識も深い。セントグリフは性格面に若干の不安はあるが、そもそもダンジョンマスターだったのだからダンジョン運営に関しては一番詳しいだろうし、リーンの件がある以上、このダンジョンに不利益を生むような行動をする可能性も低い。
「ま、当人に確認するのが一番だ。ルーアちゃんと、ついでにシルヴァも呼んで相談するか。」
俺はダンジョンコアに手を置いてシルヴァを呼び出す。その間にキャトルとティリがルキナスさんとルーアちゃんとセントグリフを呼んできてくれたので、その巨体ゆえにコントロールルームに入れず、ドアを破壊する形で顔だけ突っ込んでいるシルヴァも交えて話し始める。
「……ということで、サブマスターが追加できるらしくて、俺としてはルキナスさんかセントグリフに頼みたいと思ってるんですが、なにか意見ありますか?」
「クウ! クククウー!」
「個人的にはルキナス殿がより適任と思いますが主殿の判断に従います、とのことです。」
「ルキナスさんはどうですか? あ、今回は『リチャード殿の好きになさるが良い』はなしでお願いします。」
「……でしたらば、私はセントグリフ殿を推奨します。元々外界の者である私よりもダンジョン知識は豊富でしょうし。」
『えっ、俺?』
「何だ、セントグリフ。不満か?」
『そりゃ、どうしてもやれって言うならやらないでもないけど、リチャードからの頼みじゃなかったら速攻でパスだね。リーンとやり合うときのことまで考えると、ここの運営に深入りしたくない。手伝う、位ならいくらだって協力するけど。』
「ルーアちゃんは?」
「お兄ちゃんかセントグリフさんかどちらか選ぶなら、お兄ちゃんですね。お兄ちゃんの方がマスターとの付き合いも長いし、セントグリフさんは変なところで抜けてたり、案外ちゃらんぽらんだったりするし、意識的じゃないにせよ重要な局面でポカする確率とかも考えたら、お兄ちゃんの方が安心安全って思いますけど。」
結構容赦のない発言をするルーアちゃん。セントグリフには結構刺さったらしく、寂しそうな顔をしているが、構っている暇はない。
「キャトルは?」
「リチャード様の判断に従います。」
「最後、ティリ。」
「ご主人様のご随意のままに。」
よし、全員の意見は聞けた。
「じゃあ、意見を総合するとセントグリフ1票、ルキナスさん2票で新しいサブマスターはルキナスさん、ってことになるんですが……いいですか?」
「ここではいつも通りの台詞でいかせていただきます。リチャード殿の好きになさるが良い。」
「ありがとうございます。では、設定しますね。」
俺はダンジョンウィンドウを操作して【ルキナス・クロムウェル・モンテリュー】を選択する。すると、ダンジョンコアが金色に輝き、白い光球が飛び出した。その光球はウィンドウの前で停止し、それと共に新しい表示が。
【ルキナス・クロムウェル・モンテリューをサブマスターに追加しますか?】
「イエス。」
俺の言葉に反応して光球が再び動き出し、ルキナスさんにぶつかるとキラリと輝いてから弾けるように散った。そしてウィンドウに新しい表示が浮かび上がる。
【ルキナス・クロムウェル・モンテリューをサブマスターに登録しました。shop機能の使用を許可します。】
「よし、これでルキナスさんの登録は完了です。shop機能も解放されたので、これから紅茶の補充はご自由にどうぞ。」
俺のこの言葉に、ルキナスさんは目を輝かせた。
「ダージリン、アッサム、キームン、アールグレイ辺りは確認なしでいいです。キャンディとかヌワラエリアは高DPなので俺かティリに言ってからで。」
こんなことを言わずともルキナスさんが勝手に高額なものを購入するとは考えにくいが、念の為だ。
「じゃあ、ルキナスさん。これからはサブマスターとしても、改めてよろしくお願いします。」
「こちらこそ、改めてよろしくお願いします、リチャード殿。」
俺たちは握手を交わす。
「ご主人様、またダンジョンが強化されましたね!」
「ああ。ルキナスさんは信用できるし、これから忙しくなっても対応できそうだ。」
俺はティリに微笑むと、そう返すのだった。
【ダンジョンステータス】
ダンジョン名:友好獣のダンジョン
深さ:170
階層数:17
モンスター数:631
内訳:ジャイアントモール 10体
キングモール 10体
メタルモール 9体
コマンダーモール 1体
ハードモール 29体
ダーククロウモール 1体
エンペラーモール 1体
ウルフ 10体
ソイルウルフ 22体
ファイアウルフ 25体
ウォーターウルフ 25体
ウィンドウルフ 21体
クロウウルフ 12体
アースウルフ 15体
フレイムウルフ 13体
アクアウルフ 12体
ヒールウルフ 1体
トキシンウルフ 1体
シックウルフ 1体
ディズルウルフ 1体
ウィングウルフ 1体
マッドウルフ 20体
バーンウルフ 20体
アイシクルウルフ 20体
ヘルハウンド 1体
ハリケーンバッファロー 10体
トルネードバッファロー 5体
グリプトアルマジロ 10体
アタックアルマジロ 5体
プレデターラビット 10体
ハンターラビット 2体
センジュベアー 1体
キラーバット 10体
メイジバット 10体
ビッグワーム 10体
ジャイアントワーム 25体
ビッガースネイク 25体
ポイズンサーペント 30体
レッドスワロー 10体
レッドイーグル 12体
バーンイーグル 4体
ヴォルカニックイーグル 1体
ヘルウィング 1体
イートシャドウ 10体
ハンターシャドウ 2体
シノビシャドウ 3体
アサシンシャドウ 2体
トラップシャドウ 3体
スナイパーシャドウ 1体
サムライシャドウ 2体
キラーシャドウ 2体
クレバーゴースト 1体
ムクロノショーグン 1体
ハンタースパイダー 10体
フリーズスパイダー 5体
ハイスコーピオン 10体
ソルジャースコルピ 5体
リトルドラゴンフライ 10体
ドラゴンフライ 30体
ブルースパロー 10体
ブルースワロー 25体
ウォーターホーク 3体
ウォーターホーンオウル 2体
ウォータークジャク 2体
ウォーターファルコン 3体
アイシクルホーク 1体
アイシクルオウル 2体
アクアクジャク 3体
ラングフィッシュ 10体
ダートヌート 10体
友好条約締結者
リック・トルディ・フェイン(農業都市アサンドル領主)
レオナルド・モンテュ・フォーカス(工業都市ヤスパース領主)
スイリュウ・ウェット・ウォーター(アトランティスダンジョンマスター)
住人
リチャード・ルドルフ・イクスティンク(人間、ダンジョンマスター)
ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト(妖精)
ルキナス・クロムウェル・モンテリュー(人間、魔術師)
ルーア・シェル・アリネ(獣人、軽戦士)
キャトル・エレイン・フィラー(吸血鬼、従業員)
セントグリフ・クレイティブ・カール(幽霊)
この話で第7章本編は終了、解説とSideを挟んで第8章となります。
なんだかんだで2年以上、大変長らくお待たせいたしました。




