128.龍族マスターと伝説モンスター
何だかんだでほぼ1年、大変長らくお待たせいたしました。
「ようこそ、我がダンジョン【アトランティス】のコントロールルームへ。」
スイリュウが歓迎の言葉をかけてくる。アトランティスのコントロールルームは比較的簡素なものだった。友好獣のダンジョンよりは若干広いが、それでもそこまで大きくはない。家具もイスとテーブル、それに小さな棚が1つだけ。さらに、設置されているドアも5つしか見当たらない。
「あのドアが浴場(男湯)、その隣は浴場(女湯)だ。そっちのドアはリリーの部屋、その隣が我の部屋、そしてそこがダンジョン内に通じている。」
「……随分と簡素だな。」
「ここを広くして何の意味がある。人間族の王族や貴族は調度品などに金を使うらしいが、実に下らん。」
「……同感だ。」
俺とスイリュウはどうやら感性が合うようだ。俺もコントロールルームを広くする意味などないから拡張していないのだし。現状不便なところなど、どのドアがどこに通じているのか分かりにくいくらいだからな。
「さて、改めて挨拶をさせてもらおうか。我はスイリュウ・ウェット・ウォーター。龍族で海底ダンジョン【アトランティス】のダンジョンマスターだ。そしてこちらが我の可愛い秘書であるセルキーのリリー・ベル・フィオネ。海の聖なる妖精として、我のアトランティス運営のサポートをしている。」
「これはどうもご丁寧に。先程も言ったが、俺は【友好獣のダンジョン】ダンジョンマスターのリチャード・ルドルフ・イクスティンク。こちらが俺の可愛い秘書でありサブマスターでもある妖精のティリウレス・ウェルタリア・フィリカルトだ。」
「あ……ご主人様、今私のことを可愛いと仰いましたか?」
「ああ。ティリは世界で一番可愛くてその場にいるだけで尊崇されるべき最高の存在だからな。可愛いなんて何無量大数回言っても足りないくらいだよ。」
俺は本心を口にしただけなのだが、俺のこのセリフを聞いたスイリュウはちょっと引いたような顔をしていた。
「……随分と秘書を溺愛しているのだな、リチャード。」
「うん? それはスイリュウも同じじゃないか。ずっとリリーが抱き付いているのに嫌な顔1つせずに受け入れてるし。」
「これは我らなりのスキンシップだ。」
スイリュウは事もなげに言ってのける。
「ご主人様もスイリュウ様もマスター馬鹿ってことですね。私は大歓迎ですけど。」
「同感です~♡」
ティリとリリーは謎の同意をしていた。
「ん、んんっ、まあ、それは兎も角だな。この度陸上のダンジョンと同盟を結べたこと、我は非常に嬉しく思う。特に我らがこの世界に害意を抱いていないことはリリーから説明済みと思うが、理解して頂けているか?」
「ああ、勿論だ。そうでなければ同盟なんて結ぼうとしないさ。交渉のテーブルにすらつかない。」
「ならば安心だ。同盟の内容に関しても問題はないか?」
「共に不可侵、モンスターの相互貸借、貿易。それと侵攻を他ダンジョンから受けた場合のモンスター半数貸し出し。これで良かったよな?」
「その通りだ。記憶力が良いな。」
「このくらいは覚えているさ。では今後は同盟者として、よろしく頼む。」
「ああ、よろしく。」
俺はスイリュウとがっちり握手を交わす。
「ところで、リチャード。これはほんの好奇心なのだが……」
「ん? 何だ?」
「貴殿のダンジョンに伝説の土竜族モンスター最上位種、エンペラーモールが存在するというのは本当なのか?」
「ああ、シルヴァのことか。あいつはうちのボスだぞ。」
「やはり実際にいるのだな? 差し支えなければ、見せて貰えないだろうか?」
スイリュウは鼻息荒く迫ってきた。よく考えたら、いつもせっせと土を掘っているかティリの昼寝用のベッドになっているかなので感覚が麻痺しているだけで、シルヴァはめちゃくちゃ強い。進化前のそのまた進化前であるキングモールだった段階でもファイヴヘッド・アナコンダを風圧だけで吹っ飛ばして頭部を3つ欠損させるとか平気でしていたし。
「シルヴァが許可するなら通信繋ぐから、ちょっと待っててくれ。」
俺は目を閉じると、シルヴァに念話を飛ばす。すぐに返事があった。
『主殿! いかがなさいましたか?』
『仕事の邪魔をしてすまないな、シルヴァ。今、大丈夫か?』
『勿論ですとも! して、何の御用でしょうか?』
『他のダンジョンのダンジョンマスターと同盟を結んだんだが、そのマスターがお前を見たいって言っているんだ。ということで、通信を繋ぎたいんだが、構わないか?』
『問題ありませんが……繋いだところで会話は不可能ですよ? 人語は理解しておりますが、私の発声器官は主殿やティリ様より単純な構成ですので、モグラ語以外の発声は不可能なのです。』
『ティリがいるし、モグラ語の通訳は可能だ。それに、要望は「見たい」だから会話はできなくても構わないんだ。』
『でしたらば問題はないですね。どうぞお繋ぎください。』
シルヴァには了承を得られたので、俺は念話を切ると通信属性魔法の【ディスプレイ】を使用。空中に半透明のディスプレイが形成され、そこに金色でモフモフの巨体につぶらな瞳を持つエンペラーモール、シルヴァの姿が映し出される。
『クウー! クウ、クウ、ククウクウ?』
「この青い長髪が同盟相手でしょうか? って言ってます。」
「ああ、この方が同盟相手【アトランティス】のダンジョンマスター、龍族のスイリュウ・ウェット・ウォーターだ。」
『クウ! ククウ、クウクウククー!』
「おお! 龍族と同盟を結ばれるとは流石主殿! って言ってます。」
「俺のことはいいから、挨拶してくれ。」
『クウ。クウ、クククウクウ。クウウクク、クウウ。』
「スイリュウ殿、よろしくお願い申し上げます。って言ってます。」
ティリが淀みなく通訳したが、スイリュウは無言。どうしたのかと思って視線を向けると、スイリュウはリリーと共にキラキラした目でシルヴァを見つめていた。
「おお、これが伝説のモンスター、エンペラーモールか……素晴らしい、素晴らしいぞ! リリーよ、我々は今伝説のモンスターを目にしているのだ……」
「はい、スイリュウ様……ここまで神々しいモンスター、見たことがありません……とても立派で輝いていて……」
『クウ、クウ。』
「お褒めに預かり恐悦至極。だそうです。」
「何気に俺より敬語を使いこなしているような気がするが……まあいいや。スイリュウ、シルヴァと何か話したいことはないか?」
「話していいのか?」
「ああ。別に減るもんじゃないし。」
「ならば、是非!」
スイリュウはディスプレイに近寄ると、シルヴァを質問攻めにし始めた。シルヴァも1つ1つ律儀に答えるもんだから、通訳しているティリは大変そうだが、俺の【全言語理解】よりも素でモグラ語を理解できるティリの方が通訳に適しているので、ここは任せる。
『クククウ。クウー?』
「申し訳ないが、部下に呼ばれている。失礼しても良いだろうか? とのことです。」
「おお、それは申し訳ない。長々と話してしまい、申し訳なかったな。」
『クックウ、クウ。ククウー!』
「気にする必要はない。では失礼する。だそうです。」
「よし、通信終了。」
会話は終わったようなので、俺はディスプレイを閉じる。すると、スイリュウが興奮気味に近寄ってきた。
「まさか伝説のモンスター、エンペラーモールと対話する機会を設けてもらえるとは思わなかったぞ、リチャード! 感謝する!」
「そこまで感謝されることじゃない。そもそもシルヴァに対話の意思がなければ成立しなかったんだしな。」
「しかし、ここまで貴重な体験をさせてもらったからにはこちらも何か返さなければ……」
スイリュウは暫し首をかしげると、
「そうだ、よく考えたら我が【アトランティス】のボスを紹介していなかったな。礼はこちらのボスとの対話でどうだ?」
と提案してきた。
「ああ、そういえばここのボスはまだ知らなかったな。リリーにも聞いていないし。」
「ここのボスはそちらのボスのように伝説ではなくただのレア進化種モンスターだが、戦闘力は高い。基本的にボス部屋待機で暇を持て余しているだろうし、呼んでこさせよう。リリー、頼めるか?」
「かしこまりました、スイリュウ様。」
ずっとスイリュウに抱き付いていたリリーはここでようやく離れると、先程までの蕩けた声とは打って変わってしゃっきりとした声になり、敬礼するとアザラシに変身してダンジョン内に繋がるドアから出て行った。
「切り替え早いな。」
「仕事と私事をリリーは区別しているからな。まあ、これでも飲みながら待っていてくれ。」
スイリュウはジュースを出してくれた。
「わあ、ありがとうございます。」
ティリは通訳し続けで喉が渇いていたのか、嬉々としてジュースを飲み始めた。ストローの直径はティリの口より大きいのだが、どうやって飲んでいるのかは未だに不明だ。
「ご主人様、これは美味しいです!」
「そうか、よかったな。スイリュウ、感謝する。」
俺は笑顔のティリを一撫ですると、ジュースを頂きながらボスが来るのを待つのだった。




