126.擬態する樹木と濃塩水
大変お待たせいたしまして誠に申し訳ありません。
「こちらが、深さ76になります。ここにいるのはシーツリーとエアプランターとボムプランターです。」
リリーが自信ありげに言う。
「それぞれどんなモンスターなんだ?」
「シーツリーは樹木族植物系のモンスターで、枝から塩水を撒き散らして攻撃してきます。そして、それが命中した対象が怯んだ隙に蔓を伸ばして巻き付け、養分を洗いざらい奪い取って倒します。エアプランターは草族植物系のモンスターで、マナから酸素を作り出すモンスターです。このダンジョンの陸上系エリアだけでなく水中エリアでも普通に呼吸ができるのは、エアプランターの努力の賜物ですね。そしてボムプランターですが、こっちはマナから可燃性ガスを作り出すモンスターです。」
「成程、うまく考えたな。」
俺がこのエリアの仕組みに感心していると、リリーが驚いたような声をあげた。
「り、リチャード様、もう仕組みが分かっちゃったんですか?」
「いや、これだけ聞けば誰でも分かると思うぞ? 要するに、ここで炎を使えないようにする措置だろう? 酸素を作り出すモンスターと可燃性ガスを作り出すモンスター。そいつらが作った大量の可燃性ガスと高濃度の酸素が充満した密閉空間で火の気のひとつでも起きようものなら途端に大爆発だ。この深さのモンスターは全滅するだろうが、冒険者も全滅する。肺の中の酸素まで焼き尽くされ、全身の血が沸騰して体内器官が損傷を受けるからな。」
「では、なぜシーツリーがいるのかはお分かりになりますか?」
「単純に慌てさせるためだろう。それと、シーツリーは植物系のモンスターだから炎には弱い。冒険者に撃退の為の炎を起こさせて、ドカンと大爆発。そんな感じだろ?」
「さ、流石です、リチャード様……完璧です……」
「ふふん、ご主人様の明晰な頭脳にかかればこの程度の仕組みなんて一瞬で看破できます!」
なぜかティリがドヤ顔をしている。まあ、可愛いから別に構わないのだが。
「他にモンスターはいないって考えでいいんだな?」
「えっと、一応動けるモンスターとして、おっきい紫色のピョンピョン跳ねる両生類が20匹いますが……」
「その話はしないでください。アレは嫌いです。食べられかけるのはもう御免です。」
「てか、それ以前にこのダンジョン、トードー多くないか? 陸上型のエリア全部にいるじゃないか。」
「スイリュウ様が配置なさったんです。ずっとトードーばかりなら次もトードーだろうと高を括ったところで強力なモンスターを出してズドン、って感じにするって言ってました。」
「まあ、確かにそういうやり方もアリだな。ここまで潜って来ていたらそう簡単には脱出もできないし。ってことは、次の階層にはトードーはいないのか?」
「はい。ここで陸上系エリアが終わって、第9階層はまた水中エリアなので。」
「もう陸上は終わりなのか?」
てっきり、第10階層くらいまでは陸上系だと思っていた俺は疑問を呈する。
「あ、第11階層からも陸上です。第9、第10を水中にすることでエリアの規則性をなくし、次がどんなステージなのか分からなくして精神力を削ごうというスイリュウ様のお考えのもと、このような並びになりました。」
「ふむ……水中にあるダンジョンならではの考え方だな。」
「はい!」
「ゲコッ!」
リリーの返事の後に謎の音が聞こえた。まさかと思い足元を見ると、そこにはポイズントードー。
「っ……!」
ティリは人語を喋る生物としてはかなり出しにくいであろう声をあげると、泡を吹いてひっくり返ってしまった。気絶してしまったようで、俺の肩の上で伸びている。
「あ、大変! あなた、ちょっとあっち行って! それとシーツリー! 水かけて起こして!」
リリーの焦ったような声が聞こえた刹那、横から大量の水が飛んできた。避ける暇はなく、俺はびしょ濡れ。肩の上にいるティリもびしょ濡れ。余波を受けたリリーもびしょ濡れ。
「……はっ! 私は何を? ……って、しょっぱい! ぺっぺっ!」
ティリは水の衝撃で目を覚ましたらしい。顔をしかめて水を吐き出している。
「……これがシーツリーの攻撃か。おい、迷惑アザラシ。」
「な、何でしょうか……?」
「ティリをすぐさま起こしてくれたことに関しては感謝しておこう。だが、起こす方法なんていくらでもあるだろう。こんな荒業を使う必要はなかったんじゃないか? 俺もろとも塩水に巻き込みやがって……この落とし前はどうつけてくれるんだ? ああ?」
完全に恫喝になってしまったが、このアザラシに迷惑をかけられ続けているのは紛れもない事実なのだから、このくらいしても罰は当たらないだろう。
「ど、どうか怒りをお鎮めください、リチャード様……」
「今の回答で決めた。少しばかり痛い目に遭ってもらう。ティリ。」
「はい、ご主人様! 地の弾丸よ、すべてを穿て! 【ロックブラスト】!」
ティリが呪文を唱えると、地面から直径40cm程の岩が次々と生み出され、それが一斉にリリーに襲いかかった。リリーは咄嗟に水魔法で障壁を張って防御しようとするが、地魔法に水魔法が勝てるわけがない。ティリの攻撃は障壁を容易くぶち抜き、そのままリリーの身体に着弾した。土煙がもうもうと上がる。そして、それが晴れた時、リリーはボロボロになって倒れ伏していた。
「ふふん、妖精族の本気を受けて自らの愚かさを思い知るがいいでしょう!」
「……ティリ、あの程度で本気なのか? 正直、ティリが本気を出したらあの迷惑アザラシの身体を貫いていると思うんだが……」
「確かに私の適性属性である水魔法や風魔法ならそのくらいの威力はあったと思いますが、ご主人様の『痛い目に遭ってもらう』というお言葉からそれはお望みではないかと思いまして……」
「まあ、確かにそこまでは望んでいない。」
「ですので、ルキナスさんに教えて貰った、威力が出にくいが当たると痛い地魔法を撃ちました!」
ティリは褒めて褒めてといったような表情で俺の顔の周りをくるくる飛び回る。可愛い。別に自重する必要もなさそうなので、俺はティリの頭をナデナデしてあげる。ティリはいつも通りホワホワになった。それが可愛いので更に撫でる。するとさらにホワホワになる。それも可愛いのでもっと撫でる。するともっとホワホワになる。そうしてティリを蕩けさせていると、リリーが復活してきた。
「反省したか、迷惑アザラシ。」
「は、はい……申し訳ありませんでした……」
「すぐに謝ればこうはならなかったというのに、余計な魔力をティリに使わせやがって……」
「そ、それは私のせいでは……」
「直接的にはお前のせいではないが、間接的にはお前のせいだ。そのくらいはお前でも分かるだろう。」
「……つ、次の階層に行きましょう! ここにいるとまたトードーが来るかもしれませんし!」
あからさまに話を逸らしたな。まあ、ここで不毛な話をいつまでもしているよりかは次の階層に行った方が有益だから別に構わない。
「……転移陣はどこだ?」
「そ、そこのボムプランターの横です!」
リリーが近くにいたボムプランターを指差す。すると、その横の地面が緑色に光り始めた。
「転移発動! 目標、深さ81! 識別番号、B8F1-RBFB-09!」
俺たちが転移陣に乗ると同時にリリーが早口で呪文を唱えた。そんな早口で大丈夫なのか、と思ったが転移陣は正確に作動。光に包まれ、俺たちは第9階層へと転移するのだった。




