120.戦う甲殻類
「うう……気持ち悪いです……」
深さ21。リリーは酔っていた。
「何でこのダンジョンに一番慣れているお前が酔ってるんだ?」
「私は普段あんまり転移陣を使わないんですよ……海中ではほぼ100%シードッグ形態で、ダンジョン内を泳いで移動してますから……」
「ならシードッグ形態になればいいじゃないか。毛皮なら持って来てるだろ?」
「あの形態じゃシードッグの言葉しか話せないんですよ……各深さの最奥にある緊急移動用転移陣以外は人語じゃないと反応しないので……うぷっ……」
リリーの顔は青ざめている。気分が悪いのだろう。まあ、心配はしないが。
「で、この階層には何がいるんだ?」
「うう……この階層にいるのは……ファイタークラブです……大きいのだと50cmくらいで……うぷっ……殴り攻撃を……ううっ……」
リリーは何とか説明しようとしているが、呻き声が多い上につっかえまくるのでよく分からない。
「はあ……仕方ない。【ハイパーヒール】!」
俺は治癒属性魔法でリリーを回復。転移酔いにも効果はあるようで、彼女の顔色はスッキリと良くなった。
「これでスムーズに説明できるだろう。さっさと説明してくれ。」
「あ、はい。ここにいるファイタークラブたちは気性が荒く、動くものと見れば自らと同じファイタークラブと私とスイリュウ様を除いて何にでも襲いかかります。ハサミを閉じて繰り出す殴り攻撃は直径50cmの岩を粉々に打ち砕くほどの威力があり、まともに食らえば大腿骨でも骨折必至ですね。今は私がいるので襲ってくることはありませんが、本来なら既にタコ殴りにされているはずです。」
「カニにタコ殴りにされるのか……知能は?」
「そんなに高くないですけど、命令を理解することと、敵仲間の見分けくらいはできます。因みに、攻撃力はこのくらいです。えっと、これでいいかな。」
リリーは近くにあった小さめの岩を持ち上げ、ぽいっと放り投げる。すると、岩陰から真っ赤な体のカニが出てきて、ボクシンググローブのような形状になっているハサミを突き出した。
――ドゴッ!
刹那、鈍い音が響き、岩が粉々になった。これがパンチの威力か。確かに、これを喰らったら大腿骨でも折れるだろうな。
「こんな風に攻撃力は高いんです。でも、何でも動いていれば見境なく殴りかかるので、返り討ちに遭うことの方が多いです。それと、【スケルトン】とかで隠れられちゃうとどうにも……」
「つまり、雑魚ってことだな。」
「……まあ、ぶっちゃければそうですね。ここの子たちは、近接戦闘用ではありますけど、あくまで気休めです。少しでも侵入者にダメージ与えられればいいな、程度だと考えて頂ければ。」
「そうか。了解した。で、この階層に他に特徴は?」
「ありません。転移陣はそこです。」
リリーは俺の言いたかったことを理解したらしく、転移陣を指し示す。
「転移発動。目標、深さ31。識別番号、B3F1-RBFB-07。」
リリーが呪文を唱え、俺たちは次の階層へと転移した。
「こちらが第4階層となっています。」
「…………」
俺はリリーの説明をほとんど聞いていなかった。理由は簡単。赤いエビと青いエビが互いにぶつかり合ってバトルしており、黄色いエビと赤いカードのようなハサミを持ったエビが近くでその光景をじっと見ているという異様な光景が延々と広がっていたからだ。
「なぜダンジョンモンスター同士が戦闘しているんだ?」
「それは、この階層が侵入者を戸惑わせるためのものだからです。ぶつかり合っているのは赤い方がシュリンプαで、青い方がシュリンプβです。この2種は敵対していて、顔を合わせると即バトルに発展する性質を持っています。それと、近くにいる黄色いのはアンパイアシュリンプ、ハサミが特殊な形状になっているのはRCシュリンプといいます。この2種は、常に連携して行動しており、縄張り争いなどの戦いがあった際にはその審判をしようとする性質を持っています。」
「成程、それは分かった。で、なぜダンジョンモンスター同士を戦闘させる必要があるんだ?」
バトルしているのが敵対しているエビ同士で、侵入者を惑わす為だと分かっても尚、俺にはこの光景の意味がさっぱり理解できなかったのだ。
「普通、ダンジョンモンスターは共生しているので、あんまり喧嘩とかしないじゃないですか。モールとワームみたいに捕食者と被食者の関係でも、マナさえあれば。」
「まあ、それはそうだな。」
「でも、シュリンプαとシュリンプβにはそういう常識が一切通用しないんです。マナ量とか一切関係なく、この2種は顔を合わせた瞬間に戦闘が開始され、勝敗が決するまでやめようとしません。命令しても無理なので、そこを逆手に取ることにしたんです。戦闘するはずのないダンジョンモンスター同士が戦闘している状況を侵入者に見せつけて、このダンジョンが異質だと思わせる。そうすれば、戦意喪失して撤退するかも、って。」
「そういうことか。本能は命令より優先されるところを利用したんだな。だが、もし激闘から死闘へと発展して、どちらかが死んでしまう、あるいは相討ちになってしまうということは懸念しないのか?」
「それがないようにこの子たちがいるんですよ!」
俺の疑問に対し、リリーはアンパイアシュリンプとRCシュリンプを指差して胸を張った。
「この子たちは先程言ったように、審判をする性質です。ホイッスルには絶対服従、って聞いたことありませんか? この子たちはαとβの上位種なので、彼らに言うことを聞かせることができるんです。反則行為をすれば、アンパイアシュリンプがホイッスルのような鳴き声を上げて戦闘を中断させ、RCシュリンプが腕を上げて反則を宣言し、反則をした方が負けとなります。最高の一撃を決めれば、アンパイアシュリンプがそこまでの宣言をして、勝負が決します。正確に審判させているので、死んじゃったりすることはないんですよ。」
「随分と厳格なモンスターなんだな。まあ、それは兎も角、この階層では襲われたりしないのか?」
「この子たちは自分のことで精一杯ですから、侵入者を襲ってる暇なんてありません。面白いものも、取り立てて言うこともこの階層にはありません。転移陣はそこです。」
リリーが指さす先には、銀色の魔法陣。
「転移発動。目標、深さ41。識別番号、B4F1-RBFB-04。」
リリーの呪文により、魔法陣から光の柱が立ち上る。俺たちはその光に呑み込まれ、第5階層へと転移するのだった。




