117.契約の代償とセルキーの誘い
「やっといなくなりましたか。しかし、あのウンディーネまで出てくるとは、リチャードさんは本当に規格外ですね。」
「レオナルド、ディックが規格外なのは元からだろう。今更だ。」
「そうです、レオナルドさん。俺にそれを自覚させないでください。それとリックさん、ディックはやめてください。俺はリチャードです。」
ウンディーネと俺が話をしている間、ずっと上空にいたレオナルドさんとリックさんはやっと降りてきた。どうやら邪魔しないように気を遣ってくれていたみたいだ。
「水属性最上級精霊ウンディーネ様をこの目で見ることができるなんて……」
一方リリーはずっと呆けていた。黙ったままだったのは、ウンディーネに見惚れていたらしい。
「ご主人様、お体に不調はありませんか?」
ティリは俺の身体をペタペタと触っている。
「何だ、ティリ。俺が心配なのか?」
「はい。ウンディーネは何も言っていませんでしたが、四大精霊と契約を交わす場合、何かしら代償が必要なんです。ご主人様のお力を見せつけた後ですから、それほど大きな代償ではないと思いますが、それでも何かあったらと思いまして……」
「んー……特に不調はないが一応見てみるか。鑑定。」
俺は自分を鑑定。すると、一つの欄に目が留まった。それは、ステータスの魔力値欄だ。
魔力:999999999
……大幅アップしている。ダウンではない、アップだ。しかも、カンスト値っぽくなっているのに上限到達と表示されない。明らかに嫌がらせだろう。
「ご、ご主人様、何だかお顔が怖いです……それに凍える程の怒気が……」
「ティリ……1つ頼みがある。」
「な、何でしょうか……?」
彼女は若干引きつった顔で答える。
「爆弾を持って来てくれ。国1つ焦土にできるような奴を。」
「えっ……それは……」
「ウンディーネを即刻処刑する。海のどこに逃げようが無意味なように、海が干上がるぐらい強力な奴で頼むぞ。」
そう淡々と告げる俺の目からは一切の感情が消え失せていることだろう。その証拠に、ティリの顔が明らかに怯えている。いつもなら俺の指示に嬉々として従う彼女が怯える程なのだから、相当だな。
「ご主人様、流石にそれは冗談ですよね……」
「俺がティリに嘘を吐いたことがあるか?」
「それはありませんが……冗談なら何度か仰ったことが……」
「そうか。だが、今回は冗談じゃない。奴は殺す。何があろうともな。最優先事項だ。」
「そ、それはおやめになった方が……」
「ほう。ティリ、お前はご主人様の行動に意見しようというのか?」
「い、いえ! 滅相もございません! 申し訳ありませんでした! すぐに爆弾を準備します!」
真っ青な顔をするティリ。その顔を見ていると、心が痛んだ。やはりティリには笑っていて欲しいな。俺のせいで彼女が苦しい思いをするのは見たくない。
「ティリ。」
「な、何ですか……?」
「やっぱり爆弾はいいよ。先程までの命令は全て撤回する。だから、笑顔になってくれ。」
「え? そ、それは……」
「俺の苛立ちを解消することなんかより、ティリが笑顔であることの方がずっと大事だ。俺の身勝手な命令のせいで、俺の最愛のティリが苦しむなんて、耐えられない。ごめんな、自分勝手なご主人様で。」
俺はティリをそっと抱きしめる。
「わ、私は!」
「うん?」
「私は、ご主人様と出会って数多くの幸せを享受してきました! ご主人様のご命令は絶対です! ご主人様の為に働かせて頂くことが私の幸せですから、これからもいっぱい命令してください!」
ティリは真剣な目で俺に言ってくる。俺を安心させようとしてくれているんだな。やっぱりティリは良い子だ。近くにいてくれて本当に嬉しい。
「分かった。じゃあ、さしあたり命令。笑顔になってくれ。」
「かしこまりました、ご主人様!」
彼女はニコッと可憐な微笑みを浮かべた。可愛い。つっつきたい。
「ティリウレスさんは流石ですね。忠誠心を言葉にするだけで暴走直前のリチャードさんを止めてしまうとは……」
「ディックは妖精を溺愛しているからな。妖精が凄いというより、ディックの溺愛が凄まじいのではないか?」
「俺は別に凄くないですよ。凄いのはティリです。それとリックさん、ディックはやめてください。俺はリチャードです。」
俺はティリを愛でながらリックさんのディック呼びに注意を入れる。と、その時。
「えっ?」
リリーの声が響いた。
「す、スイリュウ様、なんで今……あ、はい……はい……お気付きでしたか……はい、同盟を……えっ? 少々お待ちくださっ……そんなご無体な……ああああああああああああ!」
リリーが明らかにおかしいことを口走っている。ってか、今スイリュウって言ってたな。主からのテレパシーか?
「うう……頭痛いです……」
リリーは頭を押さえて呻いているので、俺は取り敢えず【ハイヒール】で頭痛を取り除いた。
「リリー、どうかしたのか?」
「…………」
「おい、リリー?」
「…………」
俺が声をかけるが、リリーは心ここに在らずといった感じで返事をしない。
「ご主人様を無視するとは、万死に値する愚行です。今すぐペーストになって貰います!」
「ティリ、今回ばかりは絶対にダメだ。同盟の相手だぞ。それに多分リリーは放心状態で返事ができないだけだ。」
「でも……」
「無視できない状態にすればいいんだ。アレでな。」
「ああ、アレですか。もう定番ですね。」
「アレが一番手っ取り早いからな。じゃあ、いくぞ。」
「はい、ご主人様!」
俺とティリは声を合わせ、
「「【アクアトピア】!」」
と詠唱した。大量の水がリリーに降り注ぐ。
「あびゅあびゅあびゅあべべびゃびゃべびゃ!」
リリーは奇声を上げ、キョロキョロと首を回す。どうやら正気に戻ったようだ。
「リリー、何かあったのか? 放心状態だったようだが。」
俺がもう一度問うと、リリーは今度はキッチリ答えた。
「は、はい。モータント大陸に行っていらっしゃったスイリュウ様が、今からご帰還召される、と……」
「それがどうかしたのか?」
「スイリュウ様がお帰りになられるということは、私がキッチリとダンジョンを守っていたかチェックされるということです。でも、私は今ここに居ます。この瞬間、私はダンジョンを守れていません。文字通り、スイリュウ様の逆鱗に触れてしまう可能性があります。最悪、私は命を失いますが、まだ死にたくありません。ですので……」
リリーは一度言葉をここで切り、
「アトランティス最深部、コントロールルームまで来て頂けないでしょうか?」
と、突拍子もないことを言ってきた。
「……はい?」
著者コメント
2か月以上もお待たせして、本当に申し訳ありません。スランプと言いたい所ですが、スランプというのはきちんと仕事できる者にのみ使用が許される言葉。私に許されるものではありません。ただただ自分の不甲斐なさを恥じるばかりです。本当に申し訳ありませんでした。




