109.釣りへ行こうよ
『ディック……聞こえるか?』
ある朝、俺がいつものようにウィンドウに向かってダンジョン整備をしていると、ローブのポケットからアサンドルの領主であるリックさんの声が聞こえてきた。マジックオニキスを使って通信してきているのだろう。
「リックさんですか?」
『ああ。そうだ。』
「見覚えのないモンスターに襲われたなら、それはうちのモンスターじゃないですよ。」
『いや、そういうことで連絡したのではない。ディック、今は暇か?』
このリックさんの言葉に俺は一瞬硬直。そして、
「リックさん、頭でも打ったんですか?」
と聞いた。
『……それはどういう意味だ?』
「言葉通りです。ダンジョンマスターが暇な時なんて、そうそうある訳がないじゃないですか。そのくらい分かるでしょう?」
『むう……そう言われると返す言葉が無いな。』
「なにか急用でもあるんですか? また融資とか……」
『いや、あのレッドワイヴァーンの鱗のおかげでアサンドルの経済は持ち直したから、今はその必要はない。」
「じゃあ何ですか?」
『実は、釣りに行くのでディックも一緒にどうかと思ってな。』
「釣りですか?」
『ああ、釣りだ。』
「お断りします。」
俺は即答した。
『即答は無いだろう。少しくらい考えても……』
「疲れてるから外出したくないんですよ。それに、リックさんはいつもレオナルドさんと行っているんでしょう? 今回もレオナルドさんを誘えばいいじゃないですか。」
『レオナルドなら、もうここにいる。』
『お久しぶりですね、リチャードさん。』
「レオナルドさん、いたんですか? なら何で俺に?」
『本日の釣りにはウェーバーの冒険者ギルド、【グリフォンの光翼】のマスターであるヴェトル氏も来る予定だったのですが、急に予定が入ったらしく、いけなくなったと昨夜連絡があったんです。それで、『自分の代わりにリチャードでも連れて行ったらどうだ? どうせ暇を持て余しているだろうからな。』と言われたのでリック氏が連絡をした、とこういう訳なんです。』
「ヴェトルさんが全ての元凶ですか……」
『元凶とは……酷い言い草ですね。』
「本心からの叫びです。あの人は俺の正体を知らないから、俺を強い冒険者として見て便宜を図ってくれている。でも、それはダンジョンマスターの視点から見たら、小さな親切大きなお世話なんですよ。」
『随分辛辣なコメントを……虫の居所が悪いんですか?』
「そりゃあそうでしょう。ダンジョンマスターなのにダンジョン攻略に行かされて、攻略して帰ってきたら交流戦させられて、交流戦終わったら宴会に出席させられて、挙句の果てには宴会の席でティリがナンパされて……だから外出したくないんです。分かって頂けますか?」
俺は疲弊しきった顔をする。実質めっちゃ疲れているし、娯楽でも外出などしたくない。いっそ3日ほどダンジョンの仕事もしないでティリとイチャイチャしながらのんびりしていたいくらいだ。
『しかし、今日釣る予定の相手は3人でないと釣れない可能性がありまして、できれば参加して頂きたいのですが……』
「何を釣る気なんですか?」
『ブラックシャークやソードフィッシュなどですが、本命はオルカです。』
「オルカ? オルカってどんなのですか?」
『サカマタ、シャチなどという別名もある大型の獰猛な水棲モンスターです。自らより大きなものも襲う海のギャングで、是非1度対戦してみたいと思っていたんですよ。そうしたら、出現情報が相次ぐ海域が見つかりまして、そこへ。』
「そういうことだったら早く言ってくださいよ。」
『では……』
「微力ながら協力させて頂きます。条件次第ですが。」
『どんな条件でしょうか?』
「ティリを連れて行くのを許可して頂けるなら。」
『ティリウレスさんですか? もちろん連れてきて頂いて結構ですよ。』
「分かりました。じゃあ、今からリックさんの館に向かいます。それとリックさん、ディックはやめてください。」
俺はそう言うと、通信を切る。そして、
「おーい、ティリ!」
とティリを呼んだ。すると、ドールハウスの窓が開き、
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! お呼びですか、ご主人様?」
とハイテンションに叫びながらティリが飛び出してきた。
「今日はご機嫌か?」
「はい! ご機嫌です! スプラッシュしてます!」
「スプラッシュか。なら丁度いいな。」
「何が丁度いいんですか?」
「リックさんから釣りに誘われたんだ。オルカを釣りたいから力を貸してくれって。」
「オルカって、あの黒と白の斑模様のある海のギャングのことですか?」
「うん、多分それ。で、それに行くことにしたから、ティリも付いて来てくれ。」
「かしこまりました、ご主人様。」
ティリは了承してくれたので、俺はキャトルを呼び、釣りに行ってくると伝えて転移陣でリックさんの館前へと転移した。
「すみません、領主のリック・トルディ・フェイン様にお会いしたいのですが。」
館前にいるハルバードを持った警備兵に伝えると、その警備兵は、
「ん? どこかで見たことがあるような……」
と言って俺の顔をまじまじと見、少ししてから手を打った。
「ああ、リチャード大使か。何かリック様に用事が?」
「ええ。釣りに誘われました。」
そう言うと、警備兵は目を丸くした。
「あのリック様が釣りにお誘いになる、だと……? 余程信用されているのだな。分かった。面会を許可する。それと、申し遅れたが私はこの館の警備兵長、クイレル・デュア・サルトルという。リック様に面会したいときは私の名を出せばすぐに面会できるから、以後そうするといい。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「礼には及ばぬ。」
そう言うと、警備兵……クイレルさんは、
「ノア! ノア!」
とノアさんを呼んだ。ノアさんは出てくると、腰を直角に折り、
「リチャード様、ティリウレス様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」
と言って俺たちを先導して歩き出す。俺たちはその後を追い、館へと入るのだった。




