13.初めての魔法
「あー、暇だ。まあ、平和なのが一番なんだけど。」
俺はコントロールルームで伸びをした。初の防衛戦を終えてから2週間が経過したのだが、ルキナスさんたちの後、1人も侵入者がいない。因みに、この2週間の間にこのダンジョンは拡張され、階層数は10、深さも100になった。ルキナスさんによると、発生直後のダンジョンでも10階層ぐらいあるのは普通らしい。また、冒険者を惑わすものが少ないとも言われたので、ソイルウルフに命令して各階層の分かれ目ごとに厚い土の壁を作らせた。これで一応はいいかな、と思って侵入者を待っていたのだが……
「誰も来ない……」
別に来ないなら来ないでそれだけ命の危険が減るからいいのだが、張り切って色々と内装を弄った後なので、流石に気が滅入る。ティリもやる気が出ないらしく、いつもなら肩を揉むだのなんだのと鬱陶しいぐらい話しかけてくるのに、今日はドールハウスから出てきていない。日課の魔力量調査にすら行こうとしないのだ。まあ、既に外界と繋がっているので、ダンジョン内のマナ量やマナ濃度は余程のことが無い限り一定に保たれているのだが。
「リチャード殿、暇なのは良い事ですぞ。あくせく働いてばかりではストレスで寿命が縮んでしまいますからな。たまにはリラックスも必要ですぞ。」
「いや、そうは言っても……ルキナスさんは暇で嫌じゃないんですか? 俺だって別に嫌いって訳じゃないですけど。」
「私はのんびりできますし、暇は好きですぞ。こうしてゆっくり紅茶を飲んでいられますしな。このようにリラックスした気分で紅茶を飲めるのは久しぶりですし、リチャード殿には感謝しております。」
そう言ってルキナスさんはカップを傾けた。ダンジョンに住んでいる以上、飲食は必要ないのだが、少しは嗜好品もあった方が良い、とこの間ルキナスさんが熱弁。食べたり飲んだりすることは脳の発達にも関わるとか何とか。という訳で、今このダンジョンにはルキナスさん用にダージリン、アッサム、キームン、アールグレイ、ディンブラ、キャンディ、ニルギリ、ヌワラエリア等々、各種紅茶の茶葉が常備されている。俺用の炭酸水やティリ用のハチミツもあるが。
「暇はぼやいていても無くなるものではありませぬぞ。暇つぶしをするのが一番でしょう。魔法の訓練などがうってつけですが。」
「ああ、そういえば、まだ教えて貰ってませんでしたね。じゃあ、今すぐ教えて貰えますか?」
「ええ。しかしそれにはそれなりに広い空間が必要。フェリアイルステップに出るしかないですな。少々危険が伴いますが……」
「ああ、それなら大丈夫です。」
俺はそう言いながら、ウィンドウを操作し、充実機能の中から【訓練場】を選択して設置。すると、コントロールルームの壁に新しいドアが現れた。
「今、訓練場を設置したので、これで外に行かなくても魔法の訓練ができます。ティリ、俺ちょっと魔法の訓練してくる。ウィンドウは開きっぱなしにしとくから、何かあったら報告してくれ。」
そう言うと、ドールハウスの中から、
「かしこまりました、ご主人様。ごゆっくりどうぞ。」
とティリが返事をした。
「じゃ、ルキナスさん。行きましょう。」
俺はそう言ってドアを開けた。
「ではまず、リチャード殿の得意属性調べからですな。この水晶玉に触れることによって、得意属性が分かりますぞ。」
そう言いながらルキナスさんは手をサッと振って拳大の水晶玉を取り出した。白と焦茶色の2色に光っている。
「この光の色で属性を見分けるのです。私の得意属性は前に説明しましたが、光と地。白は光を、焦茶色は地を表しているのです。さあ、ではリチャード殿も。」
「あ、はい。」
俺は言われるがまま、水晶玉に触れる。すると……
「うわっ!」
水晶玉は激しく七色に輝き出した。
「る、ルキナスさん、これって、俺は何属性が得意ってことになるんですか?」
「…………」
ルキナスさんは目を見開いて固まっている。
「ルキナスさん?」
「……ハッ! リチャード殿、何ですかな?」
「俺の得意属性は何なんですか?」
「この虹色の輝きは、全てを表すもの。即ち、リチャード殿は火、水、風、土、光、闇、炎、氷、嵐、地、聖、邪……全ての属性に適性があるということになりますな。」
「ぜ、全部ですか?」
「いかにも。試しに、この杖を持ってティリウレス殿の使用されていた降水の魔法を唱えてみなされ。」
「ああ、あれですか。分かりました。」
俺はそう言うと、ルキナスさんから渡されたねじれた杖を掲げ、
「アクアトピア!」
と叫んだ。すると、目の前に大量の水が降って来た。まるで滝だ。
「おお、できた! なんか感動するな……」
そう言って横を見ると、ルキナスさんが人外の何かを見るような目で俺を見ていた。
「あの、ルキナスさん? なんでそんな目で俺を見るんですか?」
「……失礼ながら言わせて頂こう。私には、リチャード殿が人間とは思えなくなってきた。」
「は? いや、俺人間ですよ。」
「しかし、あのような規格外の魔力を放出してまだ立っていられるなど、普通の人間に成せることでは……」
「え? あの程度で規格外なんですか?」
俺は驚いた。確かにさっきの降水は滝のように見えたが、俺がよくティリにぶちかまされているアクアトピアと同じぐらいの水量だ。
「リチャード殿は、常にティリウレス殿が近くにいるから分からぬのかもしれんが、通常、アクアトピアはあれほど大量の水を降らせることはできませぬ。せいぜいこの程度でしょう。アクアトピア!」
ルキナスさんがそう言って呪文を唱えると、小雨程度の水がチョロッと振ったが、すぐに止まってしまった。
「アクアトピアは水属性の初級魔法で、攻撃魔法ではなく生活魔法に分類されるもの。それ故、あのように大量の水を降らせることなど、妖精のように規格外量の魔力を保持していなければ不可能なのです。ダンジョン内には高濃度のマナが常に漂っていますが、マナ吸収により力を得られるのはモンスターのみのはず。リチャード殿の規格外魔力は一体どこから……」
「あー、それきっとアレだ。」
俺には心当たりがあった。というより、それ以外に考えつかない。
「アレ? アレとは一体なんですかな?」
「まだダンジョンが開通する前に設置した【天然の湧水(小)】です。それもここと同じようにコントロールルーム充実機能で召喚したんですけど、その湧水、保有魔力が無限大だったんです。でも俺は、それを知らずに飲んじゃいまして。それが分かった後も美味しいっていう理由で度々飲んでいたので、それで魔力量が増えてるんだと思います。」
俺がそう言うと、ルキナスさんはポンッと手を打った。
「成程。あのコントロールルームの扉の向こうから漂ってくる濃い魔力はそれが原因だったのですな。謎が解けましたぞ。」
「ヘー、魔力あそこから漂ってきてたんですか。知らなかったな……」
俺がそう呟いた時、ティリがドアを開けて入って来た。
「お、どうした? ティリ。侵入者か?」
「いえ、侵入者ではありません。ウィンドウに新しい表示が出たので、お知らせに来ました。見にいらっしゃってください。」
「あ、ああ。分かった。すみません、ルキナスさん。また今度教えてください。他の魔法も。」
「了解、リチャード殿。」
ルキナスさんの返事を聞き、コントロールルームに戻ると、ティリの言った通りウィンドウには新たな表示がされていた。
【魔法を使用しました。サブマスター権限を解放します。】
ダンジョン名:‐‐‐‐‐‐
深さ:100
階層数:10
DP:500万P
所持金:1億ゴルド
モンスター数:204
内訳:ジャイアントモール 10体
キングモール 30体
ウルフ 40体
ソイルウルフ 20体
ファイアウルフ 20体
ウォーターウルフ 20体
ビッグワーム 25体
ジャイアントワーム 30体
レッドイーグル 5体
イートシャドウ 4体
侵入者数:3
撃退侵入者数:2
住人
リチャード・ルドルフ・イクスティンク(人間、ダンジョンマスター)
ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト(妖精)
ルキナス・クロムウェル・モンテリュー(人間、魔術師)