side ケイン エリクサーとポーション
「ケーイーンー!」
僕がいつものように郵便物の山と格闘していると、ユリアがこう叫びながら郵便局に飛び込んできた。何かこの展開お馴染みっぽくなってきたな、と思いながら、僕はユリアをたしなめる。
「ユリア、毎回毎回僕の名前を叫びながら飛び込んでくるのはやめた方が良いよ。何か誤解されるかもしれないし。」
「私の未来の旦那様候補第2位なんだから、私は誤解されても別に構わないんだけど。」
「第1位はリチャードさんってところは揺らがないんだね。」
「そうに決まってるじゃない。」
まるで『当然でしょ?』と言っているような顔をするユリア。
「僕はティリちゃんに恨まれるのだけは御免だから、たとえそのことでユリアがティリちゃんに殺されかけても薬は売らないよ。それと、誤解されたらユリアが困らなくても僕が困る。可愛い冒険者さんにあんなことさせてあの郵便局長は……とか噂が立ったら大変なことになるんだよ。ただでさえ交通事故を起こし過ぎて警吏に危険人物扱いされてるんだから。」
「えっ、今可愛いって言った? 言ったわよね?」
「サラッと出したワンフレーズに食いつかないでくれ。それは兎も角、噂が立ったら困るんだ。もし僕に被害が及んだ場合、僕は約束を反故にするよ。ユリアの『ケーイーンー!』っていう叫びによって郵便局の経営に打撃が出たら、僕はユリアと意地でも結婚しないからね。」
「じゃあこれからはラッシュって叫びながら飛び込むことにするわ。ラッシュなら苗字だから別に構わないわよね?」
「まず叫ぶのと飛び込むのをやめた方が良いけど……まあいいや。今日は何の用?」
僕が聞くと、ユリアはハッとした顔になった。
「ウェーバーギルド、【グリフォンの光翼】で交流戦があったのは知ってる?」
「うん。リチャードさんが優勝したんだよね?」
「ケインも見てたの?」
「いや、観戦はしていないよ。あの日は新聞の号外を配るのを手伝わされたから知ってるんだ。報酬は5万ゴルドだった。」
「兎に角知ってるのね? じゃあ、決勝が終わった後にフリーズライオンとかフィジックスイーターとかが闘技場の壁を壊して乱入してきたのも知ってるでしょ?」
「うん。」
「モンスター自体はリチャードさんと陰陽師の安倍清鈴さんっていう優勝準優勝コンビ以外にも色んな冒険者が活躍して倒したんだけど、あの事件のせいで怪我人がいっぱい出たの。その時の怪我人は治癒術師とかが治せたんだけど……」
「それで?」
「ケインなら死者蘇生薬とか作れるでしょ?」
「無理。いくらなんでも死者蘇生薬の調合にはスキルレベルが足りないよ。僕が作れるのは最高でも全バッドステータス解除とHPとMPを全回復させる程度の効果しかないエリクサーまで。」
「エリクサーでもいいから、今あるだけ売って。初級も中級も上級もエリクサーも、HP回復できるポーションを全部!」
「売るのは構わないけど、怪我人は全員治癒できたんだろう? 何で必要なの?」
「ギルドにポーションのストックがもうほとんどないらしいの。」
「こっちにも今そんなにストックないんだけど。それに、払えるの? お金の話はあんまりしたくないけど、正直エリクサーはかなり高いよ。材料の時点でもかなりの値段だからね。ユニコーンの角とかかなり希少だし。」
「普通の値段の5割増しでヴェトルマスターが払ってくれるわ。証書もここにあるの。だから、現物だけ先に渡して。」
「断る。」
僕は即答。それ以外に選択肢はなかった。
「なんで? ポーションが無かったら、怪我人がいっぱい出た時助けられないかもしれないのよ! それを聞いて何も思わないの? それでも超級薬剤師な訳?」
「薬剤師は副業だから。それと、僕は売らないとは言ってないだろ。ユリアに渡すのが嫌なんだ。」
「私のことがそんなに嫌いなの?」
「嫌いな訳ないじゃないか。運ぶのは大変でしょ? マジックポーチにだって入りきらないかもしれないし。だから、僕が運ぶ。」
「えっ? いいの?」
「勿論。ユリアの頼みは断れないよ。但し、貸し1つだからね。」
「分かったわ。じゃあ、お願いするわね。」
「うん。でもその前に、ユリアはこれを持って行って。」
僕はユリアにポーションの調合道具を渡した。
「さっきも言ったけど、今はポーションのストックがあんまりない。特にエリクサーはね。ギルドマスターに材料を用意しておくように言っておいて。どうせだから、欲しい数渡すよ。」
「了解。じゃあ、急いでね!」
ユリアはそれだけ言うと、郵便局から駆け出していった。
「久々に薬剤師のお仕事か……」
僕はそう呟くと、魔法のバッグにありったけのポーションとエリクサーを詰め、ドーイバイクに乗ってウェーバーへと向かった。薬剤師モードなので当然、安全運転で。
「超級薬剤師、ケイン・アッド・ラッシュです。」
「……君は郵便局長なのでは?」
「薬剤師の方は副業ですので。でも、超級薬剤師である証拠はあります。」
ウェーバーギルド。疑いの目を遠慮なく向けてくるギルドマスターに対し、僕はバッグから王国認定超級薬剤師バッジを取り出す。
「偽造ではないな?」
「ヴェトルマスター、ケインは本当に超級薬剤師ですよ。」
「しかし、バッジだけでは……」
「じゃあ、これでいいですか?」
僕はうんうん悩み始めたギルドマスターの前にエリクサーが入った瓶を置いた。エリクサーは超級薬剤師以上じゃないと作成できないから、これは立派な証拠になる。
「それ、いくつ持っているんだ?」
「50くらいですかね。」
「本物のエリクサーだという証拠は?」
「疑り深いですね……」
僕はそう悪態をつきながら、ナイフを取り出してそれを自分の左胸に突き刺す。そして、すぐさまエリクサーを飲み干した。無論効果が発揮され、僕のHPは一瞬で全回復。傷はあっという間に塞がり、異物であるナイフは僕の胸から抜けて地面に転がった。
「はい、ということでこれはエリクサーです。それでも信じないっていうんだったら僕は今後、【グリフォンの光翼】関係者はユリア・エステル・ローレライとリチャード・ルドルフ・イクスティンク以外全ての郵便物を受け付けません。」
「職務放棄をする気か?」
「僕の視界から【グリフォンの光翼】関係者の出した手紙を意図的に除外し、気付かなかったふりをするだけです。職務放棄じゃありません。しかし残念です。人格者と有名なヴェトル・カリス・ティグルさんともあろうお方が【グリフォンの光翼】関係者全員の……」
「あー、分かった分かった。信じればいいのだろう? なんにせよ作ってもらいたいしな。」
ギルドマスターは渋々といった感じながらも僕を超級薬剤師だと認めた。
「では、そういうことで。いくつ必要なんですか?」
「初級は5000、中級は2500、上級は1000、エリクサーは500。できるか?」
「材料があれば2時間くらいで。」
僕はそう言うと部屋を借り、ギルマスが準備した材料を砕いたり混ぜ合わせたりしてポーションの作成に取り掛かった。
「はい、できました。料金は出張費と合わせて……」
「これでいいか?」
2時間後、僕が作成したポーションの料金を請求しようとすると、その前にギルマスはオリハルコン貨を5枚出してきた。
「はい、結構です。お釣りは……」
「要らん、疑った分の慰謝料も含んでいるしな。これからも頼んだら来てくれるか?」
「はい、喜んで。」
僕はそう了解の返事をする。
「では、僕は郵便配達の仕事があるので失礼します。さ、ユリア、行くよ。」
「なんで私も?」
「僕の仕事を邪魔したのはユリアだからね。君が入って来た時、僕は郵便物の山と格闘してただろ?」
「そ、それはそうだけど! でも、それはマスターが……」
「問答無用。さあ、ついてきて!」
「私はこれからリチャードさんに会いに行こうと思ってたのに! 離して! マスターも何か言ってください!」
「手伝ってくれたら報酬は出すよ。そうだな……ユリアが欲しい物、1つ何でも買ってあげる。」
「ほんと? じゃあ、ダイヤの指輪とかでも?」
「別に構わないよ。そのくらいの蓄えはあるし。」
「もし、家が欲しいって言ったら?」
「買ってあげる。中流階級の家で良ければ、だけど。そのくらい、今日のポーションの売上で買えるし。」
僕がこう言うと、ユリアは目を輝かせた。
「じゃあ、リチャードさんが喜びそうな物を買って貰うわ! 約束は約束よ!」
「やっぱりトップはリチャードさんなんだね……」
僕は呆れ気味に呟きながら、ユリアとドーイバイクに乗りこむのだった。




