107.囚われの魔獣と謎の穴
「グゥゥ……」
「ヒョロオオ……」
洞窟の中に入って少し進んだところで、奥の方からこんな感じの音が聞こえてきた。確実にモンスターの唸り声と何かの囀りのようなものなのだが、威嚇というよりは苦しんでいるような声だ。
「なんか苦しそうですね。」
「ゴブリンはなかなかに狡猾で嗜虐心も併せ持つ魔物ですので、もしかしたら野生の弱いモンスターを捉え、嬲るつもりだったのかもしれませんな。」
「まあ、兎に角奥まで行きましょう。ここで考えていたって答えは出ませんし。」
「そうですな。見ないことには分かりませぬ。」
俺たちはそう言い合うと、洞窟の奥へ歩を進めるのだった。
「グゥゥゥ……」
「ヒョロオオオ……」
「お前らか、謎の声の正体は。」
洞窟の最奥に到着した俺は、そこで蹲っているウルフの倍ほどのイヌのようなモンスターとフレイムイーグルほどの大きさの鳥系モンスターにそう声をかけた。毛は紫色で、少し毒々しい。
「これはヘルハウンドとヘルウィングですな。それぞれフレイムウルフ、フレイムイーグルと同程度の戦闘力を持つ闇属性モンスターです。」
「どんなモンスターなんですか?」
「ヘルハウンドの方は【地獄の飼い犬】、ヘルウィングは【地獄の怪鳥】の異名を持ち、闇及び毒の効果がある攻撃を得意としています。その攻撃を受けた場合、100%の確率で暗闇や毒状態に陥り、解除する方法がないわけではありませんが普通の治癒魔法や毒消し薬は無効で、エリクサーや【レジェンドヒール】あたりでようやくといったところ。命を狩るのに特化した、地獄の使者として恐れられている凶暴なモンスターですな。」
「そんな凶暴種がなんでゴブリンなんていう雑魚の塒で蹲ってるんですかね?」
「彼らに聞いてみてはいかがですか? リチャード殿の【全言語理解】のスキルがあれば彼らと意思の疎通が可能でしょう。」
「ああ、そういえばそんなスキルありましたね。使わないんで忘れてました。でも、ルキナスさん暇になっちゃいません?」
「私はこの周辺の生命反応でも探知しておきますので、お気になさらず。」
「そうですか。じゃあ遠慮なく。」
俺は【全言語理解】を発動させ、ヘルハウンドに話しかける。
『おい、ヘルハウンド。』
『我らに近寄るな! 噛んで殺すぞ!』
一歩近付いただけでこの怒りよう。尋常じゃないな。
『戦意旺盛だな。だが、俺はお前たちの敵じゃない。』
俺は地面に七星の宝石杖やドラゴンスレイヤー、神秘の破砕銃などを置きながらそう話し、続ける。
『地獄の使者と恐れられているお前たちがなぜこんなところで蹲っているのか、それを話してくれ。』
『なっ……貴様、生者であるというのに地獄語を操れるのか……?』
地獄語って凄い言語名だな、と思いつつ、俺は首肯する。
『ああ。俺は地獄語を扱える。それはそうと、お前たちは何でこんな所にいるんだ?』
『……実はだな、我らは群れから追い出されたのだ。』
ヘルハウンドはぽつぽつと語り始めた。
『我々は元々、魔境山という、こことは違う山に住んでいたのだが、あまり獲物がいるような山ではなくてな。狩りが上手くない者はごくつぶしとして追い出されるのだ。そして、我は古傷が悪化し、もう狩りができる状況ではないと判断され、山から追い出された。このヘルウィングも翼を怪我した為狩りができず、追い出されたらしい。』
『成程。それで?』
『我らは数日歩き、ようやくこの山に着いたのだが、心身ともに疲弊しきっていてな。それでもゴブリン程度ならばなんとかなるだろうと思ってこの塒へと侵入した。だが……』
ヘルハウンドはそこで一度言葉を切り、
『ここには運悪くゴブリンロードがいた。怪我を負った上に疲弊しきっている我らでは勝ち目がない。何とかこの奥へと逃げ込んだのだが、行き止まり。無論抵抗はしたが、古傷を棍棒で打ちすえられ、我らは逃げることすらできなくなった。そして、絶望しきっていた所へ汝らが来た、という訳だ。』
と苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てるように言った。
『そういうことか。少し同情するな。』
『同情するなら肉をくれ。』
『別に構わないぞ。』
俺は異次元倉庫に保管してあったハリケーンバッファローのローストビーフを取り出し、ヘルハウンドとヘルウィングの前に置く。そして、自分で1切れ食べ、毒などでないことを示した。因みにこれは俺の誕生日にルーカスさんがくれたもので、まだ異次元倉庫の中に大量に余っている。
『これで良ければ食え。人間用に味がついているからお前たちにとってはあまり美味くないかもしれないが、腹の足しにはなるだろ。』
俺がこう言うと、ヘルハウンドは目を見開いた。
『これは暴れ牛の肉、か?』
『ああ。ハリケーンバッファローの肉だ。』
『これを我らに寄越す、と?』
『同情するなら肉をくれと言われたから出したまでだ。』
『食っていいのか? 毒などではないよな?』
『お前らを殺すメリットがどこにある。そもそも俺が1切れ食って見せただろ。』
『では、本当に……』
俺が頷くと、ヘルハウンドとヘルウィングは先を争うようにローストビーフを貪り始めた。俺は無言で横にローストビーフを並べる。無論、1枚ずつ俺が食べることによる無毒アピールは忘れない。
『汝はなぜそこまでしてくれるのだ? 我らはモンスターであるというのに……』
『別に何も考えてないさ。やりたいからやっている。それだけだ。』
『やりたいからやっている、だと……? 一体何が汝をそこまで突き動かす?』
『だから別に何にも突き動かされてないっての。それよりお前ら、回復魔法は受け付けるか?』
『回復魔法? 受け付けないことはないが……まさか我らの怪我を回復させようとしているのか?』
『そうだ。ちょっと動くなよ。』
俺がそう言いながら七星の宝石杖を拾い上げると、突然ルキナスさんの声が響いた。
「リチャード殿! 避けなされ!」
考えるより先に体が動き、俺はその場から慌てて飛び退く。
「ルキナスさん、どうかしましたか?」
「そろそろわかるでしょう。先程いた場所を見てみなされ。」
そう言われて素直に俺がいた所を見ると、すぐにボコッとそこが陥没した。直径は50cm程で、深さはかなりある。
「地中に生体反応があり、それが高速でリチャード殿の付近に迫ったので、何か起きる前にと思って声をかけたのです。間に合ってよかったですが……」
「助かりました。でも何者なんでしょうね?」
俺は謎の穴を覗き込む。底が見えないほど深いその穴に俺は何か言いようのない不気味さを覚えるのだった。
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