105.樹海 帰る仲間と探索する仲間
「うう……頭が痛いです……助けてくださいリチャード様……このままじゃ死んじゃいます……」
「2日酔いで死ぬほど柔な吸血鬼はいない。日雇いのバイトで食いつないでいた頃のことを思い出して我慢しろ。」
宴会の翌日。俺は山道を歩きながら肩に担ぎあげているキャトルにそう言った。キャトルは若さとその美貌が相まって男性冒険者たちに酒を勧めまくられたらしい。そこで断ればいいのに、気の弱さとお人好し精神のせいで勧められるままに飲み、結果このザマとなった。
「お前って確か17歳だろ? 肝臓のアルコール分解機能がまだ未成熟なんだから清鈴みたく断っときゃよかったんじゃないか?」
そう、清鈴も準優勝者兼名誉市民という権威ある称号とこの地方では珍しい黒髪黒目の精悍な美青年ということで、かなり女性冒険者や町娘たちに酒や食事を勧められていた。しかし彼は『母国の法律を遵守する』の一点張りで、食事はしていたが酒は1滴たりとも飲まず、飲んでいたのはオレンジジュースばかり。2日酔いになりたくてもなれないだろう。
『そう言うリチャードだって、記憶喪失のせいで年齢分からないんだろう? 良い気になって飲んでるとそのうち痛い目見るんじゃないか?』
「良い気になってない。そもそも俺は飲まされたんだよ、それも強制的にな!」
俺は浮遊しているセントグリフを睨みつける。清鈴が酒を飲まないので、女性冒険者や町娘たちは優勝者兼名誉市民である俺の所へ来たのだ。そのせいで、ティリと一緒の幸せな時間は強制的に終了となり、俺の機嫌はもの凄く悪くなった。勿論表面上は笑顔だったのだが、ティリによると隠しきれない怒気が滲んでいたらしい。今は感情を隠す必要がないからなのか、周囲に濃い闇のオーラが漂っている。
「リチャード殿とて、飲みたくないのならば断ればよかったのでは? 【ライトニングアロー】!」
「お兄ちゃんの言う通りです。アルコールに強い体質なのは知ってますけど……【スラッシャー】!」
ルキナスさんとルーアちゃんが山にいる雑魚モンスターを追い払いつつ、セントグリフの援護射撃をしてくる。正論なので言い返しにくい。特にうちのダンジョンに対する貢献度が高い2人だしな。
「……まあ、そうなんですけど、なんか体裁が悪いじゃないですか。逆恨みされて後ろから刺されたりしたら最悪ですし。」
「リチャード殿を後ろから刺すなど、アサシンシャドウ1000体がかりでも難しいでしょう。人間には不可能かと思いますが? 【セイントライフルショット】!」
「お兄ちゃんの言う通りです。マスターの能力は人外レベルですから、気配消してもすぐにバレると思いますし、後ろから刺すなんて……【ソードブーメラン】!」
酷い言い草だ。
「俺は人間を辞めている訳じゃないんですけど。」
「別に人間を辞めている、などとは申しておりませんが。」
「お兄ちゃんの言う通りです。私は『人外レベル』って言っただけで、『人間辞めた』なんて言ってません。」
やっぱり正論は反論し辛い。もう諦めよう。話の内容も変わってきているしな。
「……話変えますね。ここどこですか?」
俺が強引に話を切り替えると、ルキナスさんとルーアちゃんは途端に黙り込んだ。これは呆れているとかそういう訳ではなく、分からないからだ。
「もはや道でもないですし、本当にこっちの方角で合ってるんですか?」
「それは間違いありませぬ。エンペラーモールの生体反応は周囲100kmのうちに1、そして方角はこちらですから。まあ、ここは樹海なので抜け出すにはかなり苦労するでしょうがな。」
サラッとした感じで言うルキナスさん。精度の高い魔法を使い続けながらモンスターを追い払っているとか、やはりこの人は侮れない。
「でも、樹海に入ってるんですよね? 樹海って抜け出せないんじゃ?」
「リチャード殿ならば抜け出せますぞ。【ファイアランス】あたりの魔法で視界を邪魔する木々を燃やして灰の道を作れば、ですが。それが嫌なら【データサーチ】ですな。」
「【データサーチ】ですか?」
「ええ。樹海とて世界のアカシックレコードにアクセスすれば道が分からないことはないでしょうからな。まあ、この周辺に新種のモンスターがいる可能性は否めませんので、私としてはもう少し彷徨いたいですがな。」
「お兄ちゃん、発言が凄くアブナイ人になってるんだけど……」
「ルーア、お兄ちゃんはやめろ。リチャード殿。いかがですかな?」
「別に俺は構わないんですけど、キャトルがそろそろヤバいので送ってからの再探索でもいいですか?」
「送ってからこの辺りに戻れる自信がおありですか? 失礼ながら、アサンドルからヤスパースへのほぼ一本道でも道に迷うようなリチャード殿が、樹海の中のある地点に向かって歩くことなど不可能だと思うのですが。」
……正論だ。至極全うだ。反論の余地が1ナノメートルもない。
「ルキナスさん、今日はご主人様へのあたりが強くないですか?」
「私はいつも通りですぞ。ただ、リチャード殿に反論の余地など与えようものならたちまち舌先三寸で丸め込まれてしまうに決まっていますので、その懸念を実現させない為に反論できないようにしているのです。」
「ご主人様を理解しているからこそできることですね……」
ティリが嘆息する。そしてセントグリフが、
『俺がキャトルちゃんとルーアちゃんとティリちゃんを送るから、ルキナスとリチャードはゆっくりしてればいいんじゃないか?』
とルキナスさんの援護射撃。
「どうやって送るんだ?」
『空から。空なら道が関係ないだろ。方向音痴のリチャードならどうなるか分からないけど。』
「はあ……この俺が舌戦で勝てないなんて……まあいいや。じゃあ頼むぞ、セントグリフ。ただ……」
『ただ?』
「俺がいないからって、もしティリに手を出したりしようものなら煉獄の炎に身を焼かれるよりもつらい凄惨な攻撃を加えてやるから、覚悟しておけよ?」
『そんな危険な賭けはお断りだね。そもそも俺はリーン以外を愛する気はない。』
「相変わらずシスコンだな。まあいいけど。じゃあ送ってくれ。」
『了解。』
セントグリフは龍化すると、自らの背にルーアちゃんとキャトル、ティリを乗せて飛び去って行った。
「さて、では探索をはじめましょうか。」
「そうですね。この辺にはどんなモンスターがいるか、新種に会えるのが楽しみです。」
「新種がいれば名付け親になれますな。飼いならせばダンジョンの戦力増強にも繋がりますし、良いことずくめですぞ。」
ルキナスさんは嬉しそうに言う。俺も実はかなり楽しみだ。
「じゃあ、早速行きましょう。」
「東にモンスターの気配がしますな。東に向かいましょう。」
「了解です。」
俺はルキナスさんと共に、東に向かって歩き出すのだった。
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