104.ナンパ、ダメ、ゼッタイ。
「ところでティリ。」
「はい、何ですか?」
「大きくなってくれないか?」
「大きく、ですか?」
仮パーティの謎もヴェトルさんの真意もわかりスッキリしたところで、俺はティリにこうお願いした。ティリはキョトンとした顔をしている。
「ご主人様が仰るならその通りにしますが……何でですか?」
「どうせだからティリの可愛さを知らしめたいんだよ。こんなに可愛い子が俺の彼女なんだぞ、って。」
「私はご主人様の彼女じゃないです。もう結婚しているんだから、彼女じゃなくて嫁ですよ。」
「……まあ、そうなんだけど、俺はティリのことを彼女として見たい。意味不明だと思うけど、俺の我が儘を聞いてくれないか?」
「ご主人様がそう仰るなら、私は構いませんよ。ご主人様に一番可愛がって貰えるポジションの彼女、って最高ですし!」
ティリは嬉しそうな顔でそう言うと、ビッグを使って身長140cmの美少女になった。小さいティリも可愛いが、大きくなったティリも可愛い。まあ、どっちにしろティリが世界で一番可愛くてその場にいるだけで尊崇されるべき最高級の存在なのは揺るぎない事実なんだが。
「ティリ、とっても可愛いよ。ティリの前じゃ太陽でさえ霞んでしまうな。」
「ご主人様もとってもカッコイイですよ。ご主人様は太陽以上に輝いています!」
俺がティリを褒めると、ティリも俺を褒める。ティリの笑顔はやっぱり可愛い。
「ご主人様、大きい私と小さい私はどっちが好きですか?」
「順位なんてつけられないよ。大きくたって小さくたってティリはティリだろう? いつでも俺の最高のパートナー、それがティリなんだから。」
「ご主人様……」
ティリはキラキラした目を俺に向けると、左腕に抱き付いてきた。ティリから抱き付いて貰えるとは、役得だ。
「あの、少々よろしいですか?」
俺を幸せな気分から一気に現実に引き戻したのは、少し派手めな服を着た女性だった。
「私、エルミュード子爵家のリンカ・フィウェル・エルミュードと申します。リチャード・ルドルフ・イクスティンク様ですよね?」
「はい、そうですけど?」
「試合を見てファンになりました! よろしければ、握手して頂けませんか?」
そう言って右手を差し出してくるリンカさん。別にそのくらいは構わないので、俺は握手に応じる。
「ありがとうございます! 私は普段王都にいますので、王都を訪れる際はぜひエルミュード子爵家にお立ち寄りください! 我が家ができる最大限のおもてなしをさせて頂きます!」
リンカさんは俺の手を握ってそう言うと、うっとりとした顔で自分の右手を見ながら俺から離れていった。
「ご主人様、ファンが増えましたね! しかも貴族のご令嬢だなんて、やっぱりご主人様は凄いです!」
ティリは満面の笑みだ。俺が持ち上げられるだけで喜ぶなんて、本当にティリは俺至上だな。
「あの、少々よろしいですか?」
また声をかけられた。今度は銀髪で背の低い女の子だ。
「何だい?」
「私、飲食店で働いているイオ・テイル・ファミーといいます。リチャード・ルドルフ・イクスティンクさんですよね?」
「そうだけど。」
「1試合目を見て、すっごく格好いいなって思って、それからずっと応援していました! 握手して貰えませんか?」
今回も拒む理由はないので俺は握手に応じる。
「応援ありがとう、イオちゃん。」
「い、いえ! 私は【ガルーダの都】というお店で働いているので、よろしければ今度食べに来てください! サービスしますので!」
イオちゃんは頬を真っ赤に染めながら早口で言うと、夢見心地という表現がぴったりのようなフワフワした足取りで人ごみに紛れていった。
「ご主人様、平民にも人気なんてやっぱり凄いです!」
ティリがまた嬉しそうに声をあげる。
「あの、もし……」
また声をかけられた。今度は背中から黒い翼が生えた長身の女性だ。
「私は夜闇魔族のティフィア・ルード・クーダと申します。リチャード・ルドルフ・イクスティンク様ですよね?」
「ええ、そうですが。」
「交流戦を見て、戦いぶりに惚れ惚れしました! よろしければ、握手して頂けませんか?」
「構いませんよ。」
俺はまた握手に応じる。
「ありがとうございます! もしルロリーマ大陸を訪れることがありましたら、ぜひ夜闇魔族の住む地にお越しください! 精一杯おもてなしさせて頂きます!」
ティフィアさんはそう言うと、黒い翼を広げて飛び、離れていった。
「ご主人様、人に心を許すことが少ない夜闇魔族までファンにするなんて、凄すぎです!」
ティリは飛び跳ねて喜んでいる。やっぱりティリが一番可愛いな。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
ここで今度は男の声が聞こえた。ふと横を見ると、銀髪で長身痩躯の男性がいる。長剣を2本腰に佩き、プレートメイルを着けている騎士タイプだ。
「そちらの美しいお嬢さん。」
「え? わ、私ですか?」
どうやらこの男は俺ではなくティリに声をかけたらしい。
「あなた以外に誰がいるのですか。私はティノワール公爵に仕える騎士、フィヴォル・ノルバート・カリスマンと申します。あなたは?」
男は爽やかなイケメンスマイルを浮かべて自己紹介し、質問を重ねてきた。
「……ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルトです。」
「ティリウレスさんですか。先程、あなたをお見掛けして惹きつけられました。あなたほど美しい方は見たことが無い!」
「はあ。」
ティリは気の無い返事だ。このフィヴォルとかいう奴、ティリのナンパが目的なんだな。
「俺の彼女に手を出さないで貰えますかね?」
なんかイラついたので俺はフィヴォルに怒気を孕んだ声で話しかける。
「ん? あ、ティリウレスさんの彼氏の方ですか?」
「そうですけど。」
俺に対してもフィヴォルは敬語のままだった。普通、貴族に仕える騎士は冒険者を見下していることが多いからちょっと意外だ。ボブさんは冒険者の中の【騎士】のジョブだからそういう態度はないが、フィヴォルは爵位が一番高い公爵に仕えている。普通なら高慢で不遜な態度をとりそうなものだが。
「まさか彼氏の方がいらっしゃったとは、大変失礼致しました。お邪魔して申し訳ありません。」
フィヴォルは俺たちに向けて、腰を直角に折り謝罪してきた。
「ティリをナンパしようととしていたんじゃないんですか?」
「それはそうですが、仲睦まじそうなカップルの仲を引き裂いて横恋慕しよう、などと考える程私は下種ではありません。本来ならば声をおかけするべきではなかったのでしょうが、ティリウレスさんの美しさにばかり目が行ってしまいまして。本当に申し訳ありませんでした。お2人の仲をお邪魔するつもりはありません。」
そう言うと、フィヴォルは少し肩を落として去っていった。取り敢えず【リードハート】を使ってみるが、
【申し訳ないことをしてしまった……】
としか聞こえない。騎士なのに偉そうな態度じゃないし、顔も良いし背も高い。あのスペックなら自分から声かけなくても問題ないだろう。まあ、ティリはこの世で最高の存在だから惹きつけられるのも分からなくはないが。
「そこのお嬢さん。」
また男がティリに声をかけてきた。今度の奴も騎士っぽい風貌だ。
「私はケルト侯爵に仕える騎士のエドワード・レイ・ゴールドマンと申します。あなたのお名前は?」
「……ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルトです。」
ティリは不機嫌そうに答える。せっかく俺のお願いで大きくなったのに、それからリンカさん、イオちゃん、ティフィアさん、フィヴォルの4人に邪魔されてるからだな。
「あなたのような方にお会いできるとは、今日はとてもいい日だ。」
「……何のお話ですか?」
ティリの声が怒気を孕んだ。視線にも殺気が籠もっている。しかしエドワードは鈍感なのか、それとも何も考えていないのか、ティリに声をかけ続ける。
「あなたのような美しい方と出会えた、素晴らしい日、ということですよ。」
「…………」
ティリは何も答えない。視線がどんどん鋭くなり、少しずつ彼女の周囲の気温が下がっていく。と、その時。
『ご主人様! 何で何も言ってくれないんですか!』
と脳内にダイレクトに声が聞こえた。ティリが【テレパシー】を使ったようだ。
『どういう対応するのか、と思ってちょっと見ていただけだよ。まあ、もう割り込むから心配は要らない。』
俺はそう送ると、
「俺の彼女に手を出さないで貰えますかね?」
とフィヴォルに言ったのと同じセリフを言う。
「あ? 誰だ、お前は。」
「聞こえなかったんですか? この子の彼氏です。」
「ふーん。」
エドワードは明らかに俺を見下した目でジロジロ眺める。
「お前、冒険者だな?」
「そうですが。」
「お前みたいな冒険者にこの女性は勿体ないな。俺に寄越せ。もしそうするんだったら侯爵閣下にお前のこと、口利いてやってもいいぜ。」
……呆れた。こういう権力を笠に着ているような奴は嫌いだし、ティリを物のように言う奴はもっと大嫌いだ。ウルフの糞と比べたらウルフの糞に失礼な程、存在意義がない。そう思った瞬間、俺の中で何かが弾けた。理性が殺意に塗りつぶされていく。
「呆れたな、クソ野郎が。」
「あ?」
「呆れたっつったんだよ。お前のような奴が騎士だ? 笑わせる。お前ごときが騎士になれるんじゃ、世の中の奴らは全員騎士になってるっての。」
「んだと!」
エドワードが激昂して叫ぶ。その声を聞いて、俺は自分が言ったことを思い返す。そして気付いた。俺は怒っていたんだ、と。傲慢な態度と自分が世界の中心であるかのような言動。そして、ティリをまるで物のように扱う言葉。それに対して、俺は怒った。
「はあ……面倒な奴だな。この人間族の恥晒しが。なあ、ティリ。殺しちゃっていいと思うか?」
「私はこんな汚らわしい輩など生きている価値が無いので一刻も早く殺って欲しいですが、恐らくご主人様の理性が回復したときご主人様が罪悪感を感じてしまいますので、お勧めはしません。」
「そうか、じゃあ手加減しよう。」
「貴様ら、黙って聞いていれば……」
エドワードは声に怨嗟の念を込めて呟くように言う。さっきからこいつが叫んだりしているものだから、周囲の人もこっちに注目し始めていた。
「重ね重ねの侮辱、もう許せん! 殺す!」
エドワードは綺麗な騎士剣を抜いた。それを見て周囲の人が慌てて距離を取る。
「この宝剣に浄化されろ!」
そう叫びながらこちらに向けて剣を振り上げるエドワード。隙だらけだ。
「【ソードスクラップ】!」
俺は空間属性魔法でエドワードが振り上げた剣をその周辺の空間ごと捻り潰した。剣が銀色の砂と化して地面にサラサラと落ちる。
「なっ?」
エドワードが目を見開く。俺はその間に腹にフックを叩き込み、相手の体勢を崩す。
「がはっ!」
痛いのか声をあげるエドワード。五月蝿いので俺は【マウスバインド】で声を封じ、【クラッシュ】で四肢を折ってやった。エドワードは泡を吹き、気絶する。俺はそこで続けざまに、
「【バインドミスト!】」
と唱えて意識が戻っても動けないようにする。すると、そこへヴェトルさんが戻って来た。
「何の騒ぎだ?」
「あ、マスター、実はこんなことが……」
野次馬の1人がヴェトルさんに事情を話す。ヴェトルさんは話を最後まで聞き終えると、
「リチャード、お前がこの騎士を倒したというのは本当か?」
と聞いてきた。
「そうですよ。ティリを物扱いするような発言をしたので、ついカッとなってしまって。」
「本当か?」
「はい。」
ヴェトルさんは俺の返事を聞くと、懐から何か宝石のような物を取り出し、それにブツブツと何か呟いた。すると、警吏が10人ほど宴会場に入ってきて、似顔絵を取り出し、エドワードの顔と似顔絵の顔を見比べる。そして、
「間違いありません。国際指名手配中の結婚詐欺師、エドワード・レイ・ゴールドマンです。」
と言った。その言葉に周囲が騒然とする。
「身分詐称を繰り返し、200人以上の女性と結婚すると称して金を巻き上げた悪徳詐欺師です。被害総額は1億ゴルドを超えますが、足取りが掴めず困っていたのです。これで終止符が打たれました。捕縛、ありがとうございます!」
警吏はそう言うと、金一封をヴェトルさんに渡し、エドワードを引きずるようにして出ていった。因みに、【マウスバインド】は奴が気絶したときに既に解除済み。
「ティリ、まさかあんな悪徳野郎だとは思わなかった。怖い思いさせちゃってごめんな。」
「いえ、私はご主人様が私を守ってくださったので満足です!」
「いや、お詫びさせてくれ。そもそも俺が大きくなってくれ、なんて言わなければこんなことにはならなかったんだから。」
俺はそう言うと、お詫びと称したハグをする。ティリの顔が蕩けた。と、そこへ、
「取り込み中済まんが、少しいいか、リチャード。」
とヴェトルさんが来た。
「何ですか?」
「奴を捕縛したのはお前だ。これを受け取ってくれ。」
ヴェトルさんは金一封を差し出した。
「あ、はい。じゃあ遠慮なくいただきます。」
俺は金一封を受け取る。
「妖精……ティリウレスだったか? 彼女も無事なようで何よりだ。」
「……どうもです。」
ティリはハグを邪魔されたのが不満なのか、ちょっと不機嫌だ。怒った顔も可愛いけど。
「まあ、何があったかはよく分からんが、兎に角国際指名手配中の極悪人が捕まったのは事実だ。これはめでたい。これも我らが【グリフォンの光翼】の功績になるしな。」
ヴェトルさんはそう言うと、壇上に登り、
「何があったか知りたい者は後日個人的に来るがいい。宴会の場で話すものではない。料理も酒もまだまだあるから、大いに騒いでくれ!」
と言った。それを聞いてまた人たちは食事や雑談を始める。そして、夜はどんどん更けていくのだった。




