98.闖入せし凍結獣
「あれは……フリーズライオン?」
闘技場の壁を突き破った白いライオンを見て、清鈴はそう言った。
「フリーズライオン? あいつを知ってるんですか?」
「いえ。スキル【陰陽師の目】で名前を調べただけです。名前以外は分かりません。」
「なら、そっちは俺が調べます!」
俺は鑑定を発動させた。その結果は……
フリーズライオン ランクB+
名前:------
保有魔力:3896524/5000000
称号:氷の支配者(氷属性の攻撃力大上昇)
氷神の加護(水、氷属性の威力大上昇)
スキル:氷結(自らの周囲に氷を生み出すスキル)
冷気噴出(自らの身体から冷気を噴出させるスキル)
氷像化(自らの身体を一時的に氷に変えられるスキル)
氷魔法(氷属性魔法を使用可能にするスキル)
水属性無効(水属性の悪影響を無効化するスキル)
氷属性無効(氷属性の悪影響を無効化するスキル)
状態:空腹
体力:118000
魔力:80000
筋力:110000
耐久:93000
俊敏:30000
抵抗:10000
という、馬鹿げたものだった。
「スキル多すぎるだろ……しかも全部氷系でまとまってるし……」
俺が思わずこう呟くと、うちのダンジョン住人の中で緊張感が最も欠落している奴が俺の横に飛んで来た。
『へえー、氷系ね。』
「お前は出てくるな、セントグリフ。危ないから。」
『危なくないって。忘れてないか? 俺は幽霊だが、その前に龍だ。』
セントグリフのこの言葉が終わると同時に、彼の身体がゆっくりと変化し始めた。2本の角が長く伸び、手の爪が鉤爪に変わる。そして、その後は一瞬。セントグリフは、体長10mを超えるであろう1体の白龍に変化した。
『これが俺の龍形態だ。こうなれば、俺だって戦える。』
「綺麗だな、セントグリフ。」
『褒めても何も出ねえぞ。』
「褒めてねえよ。社交辞令だ。」
俺はセントグリフから視線を外し、フリーズライオンを睨みつける。すると、フリーズライオンはその視線に気づいたのか、血走った眼をこちらに向け、飛びかかってきた。セントグリフが攻撃をガードするように俺の前に出てくれる。しかし、セントグリフにフリーズライオンの爪が届くことはなかった。
「ピュイイイイイイ!」
突如として何かの囀りのような声が空から聞こえ、それにフリーズライオンも含め、俺たちが気を取られた隙に、
「ガシャガシャ!」
「シュシュシュッ!」
どこから来たのか、メイルガーダーとメイルソルジャーがフリーズライオンの前に立ちはだかったのだ。まさかと思い、周囲を見回すと、観客席から1人の男がドラゴンフライに乗って下りてきた。
「防御は俺と俺のモンスターが引き受ける! あんたたちは攻撃してくれ!」
下りてきたのは俺の1回戦の対戦相手だった召喚術師、ポリュート・ダグラス・ガレルノだった。彼は頭を掻くと、俺に向かって軽く頭を下げる。
「対戦の時は暴言吐いて悪かった。対戦前だとつい冷静さを失っちまって……」
「いえ、戦いの時はあのくらい昂ぶっていた方が良いですよ。別に俺は気にしてませんから。」
「ならありがてえ。俺が防御と攪乱用モンスターを出すから、あんたらは隙を付く感じで頼む!」
ポリュートはそう言うと、ドラゴンフライを器用に操って上空へと上がっていく。それと同時に、ファイアサーペントやクロウキャット、リビングメイルなどが次々と降ってきた。ポリュートは飛んでいる紫色の人面鳥に何か話しかけている。
「成程、さっきの囀りはハーピィーか。」
「空に攪乱用モンスターがいるなら、空からの広範囲攻撃は難しそうですね。」
「そうですね……って、ギルバートさん?」
いつの間にか、俺の横に2回戦で戦った魔法剣士のギルバート・クイレル・アレイントが立っていた。彼の追尾の六連剣は虹色の輝きを帯びている。そして、その隣にも見覚えのある小柄の少女がいた。
「リチャードさんと清鈴さん、それに白龍さんは遠距離の方が得意でしょう。俺たちは近接戦闘を担当します。ほら、行くぞ、シェル。」
「引っ張らないでよ、ギルバート! 服が伸びるじゃない!」
「五月蝿いぞ、シェル。俺たちはサポートが相応だ。嫌ならそこで駄々を捏ねてろ。そして土に還れ。」
「それ、遠回しに死ねって言ってるわよね?」
「じゃあ死ね。」
「そんな直接的に言わなくたって……」
「黙れ。」
ギルバートの隣にいたのは俺の3回戦の相手、シェル・エイダ・フローラ。彼女は俺が気付いた数瞬後、ギルバートに引きずられてフリーズライオンの前に引き出されていった。他にも冒険者たちがフリーズライオンに得物で攻撃を加え始める。
「頼もしいですね、清鈴さん。」
「そうですね、リチャードさん。近接は彼らに任せて、俺たちは遠距離攻撃に備えましょう。出て来い、ケル!」
清鈴は煙管に息を吹き込んだ。毛があちこち焦げているキツネが飛び出してくる。
「主様、管狐使いが荒いです。俺は大火傷してるんですよ。」
「あの火炎の技を躱さなかったお前が悪い。そもそも分離許可も出してないのにビビッて勝手に分離したのはお前だろ。完全に自業自得だ。それより、まずは封印を試す。封印威力上昇の為にお前は俺に憑け。」
「はいはい、分かりましたよ。」
管狐、ケルはかなり面倒くさそうに言いながらも清鈴に再び憑依した。
「ふう。じゃあ、取り敢えず封印をしてみますね。上級陰陽術、封印の儀・奥義! 【高速詠唱封印】!」
清鈴は袂から呪符を取り出すと、
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
と高速で詠唱した。彼の構えた呪符が青白い雷光を纏う。彼はその呪符で空中に見たことのない魔法陣を描いた。そして呪符をフリーズライオンに向けて投げつける。呪符はポリュートの召喚した近接戦闘型召喚獣やギルバートたちを飛び越して、フリーズライオンにペタリとくっついた。途端、奴の足元に清鈴が空中に描いた魔法陣と同じ魔法陣が浮かび上がる。2つの魔法陣の間には強力な魔力の繋がりがあり、その魔力の流れはフィールド上に突風を巻き起こした。
「よし! 陰陽師の祖、安倍の名の下に魂を浄化するっ!」
彼は突風などものともせずに堂々と立ち、呪文を唱える。すると、2つの魔法陣の魔力の繋がりがより一層強くなった。そして、清鈴が空中に書いた魔法陣がフリーズライオンの上に移動。魔力流でフリーズライオンの動きを封じる。
「このまま抑え込む!」
彼は手を大きく広げ、何かを押さえるような仕草をする。すると、少しずつ奴の上に移動した魔法陣が下がり始めた。予想だが降下しきって地面の魔法陣と一体化したらフリーズライオンが封印されるんだろう。
「ぐっ……くうっ……」
清鈴は眉を寄せ、苦悶の表情を作る。フリーズライオンが激しく抵抗している為、抑え込むのは並大抵のことでは無いようだ。
「清鈴さん、手伝いましょうか?」
『膂力なら俺だってあるぞ。』
「いえ……陰陽術は陰陽師以外が……干渉すると……霧散してしまうんです……くうっ……ですから……今はあなた方でも……邪魔になってしまうだけです……」
彼はより苦しげな表情だ。答えるだけでもいっぱいいっぱいのようなので、俺はセントグリフと共にフリーズライオンへの攻撃を開始する。
「貫け! 【フレイムランス】!」
『衝撃のブレスっ!』
俺は奴と反対属性である炎の槍を放ち、セントグリフが後ろから凄まじい衝撃を放つ。その衝撃波は炎の槍の勢いを上げ……
「グオオオオオ!」
見事に奴に突き刺さった。痛みからか大きく咆哮を上げるフリーズライオン。
「一気に抑える! 荒ぶる魂よ、鎮まれっ!」
清鈴が大きく叫び、一気に力を込める。彼の身体からは魔力が目に見えるほど立ち昇っていた。魔法陣がどんどん下がっていく。この調子なら……と希望を抱いたその時。
「グオオオオオオオ!」
フリーズライオンがまた大きく吼えた。そして、魔法陣の端にヒビが入る。
「ま、まずい! 鎮まりたまえ、魂よ!」
清鈴は必死に力を込める。しかし、奴はますます激しく抵抗。魔力流の中で暴れ狂う。そして……
――キィィィィィン!
魔法陣が粉々に砕け散った。奴の抵抗に耐えられなかったらしい。
「グオオオオオ!」
「うわっ!」
「くうっ!」
「がはっ……」
魔法陣と魔力流から解放されたフリーズライオンは続いて近くにいた冒険者たちを睨むと、鋭い爪のある前足をまるで邪魔なハエでも払うかのように振るった。攻撃などとは呼べないような無造作な動作だったが、それだけで屈強な冒険者を何人も吹き飛ばして戦闘不能にしてしまう。
「何だ、あの攻撃力……」
「半端ない……」
『ドラゴンレベルの攻撃力だぞ、あれ……』
俺たちは絶句する。しかしその時、
「そちらには行かせん!」
という声が響き、同時にフリーズライオンの2本足の生物でいえば肩に当たる部分に斬線が走った。血が噴き出し、痛みにフリーズライオンが呻く。
「忍者の手裏剣、甘く見るでないぞ、獣。」
奴の肩を斬りつけたのは忍者のマサナリ・ハンゾウ・ハットリだった。影から上半身のみを出した状態で、手裏剣を逆手に構えている。
「ふん。不意打ちに対する耐久など所詮はこんなものか。」
マサナリは影に埋没し、一瞬のうちに姿を消した。自分で暗躍せし影の者と称するだけのことはある。影の扱いは一流だな。
「り、リチャードさん。すみません。魔力を使い果たしてしまいました。少しすれば回復しますが、それまで……」
「ええ。言われるまでもありません。被害が広まるのは避けないといけませんからね。」
俺は立派なタテガミを逆立てているフリーズライオンをより眼光鋭く睨みつけるのだった。
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