96.決勝 vs陰陽師 召喚と憑依
「では、これより魔術師リチャード・ルドルフ・イクスティンクと陰陽師、安倍清鈴の交流戦を行います。魔術等の使用に制限はありません。また、召喚獣の使用は10体まで。どちらかが気絶するか、戦闘不能になるまで続きます。ギブアップは認めません。では両者とも、相手を奮い立たせる言葉を!」
いよいよ決勝戦が始まる。腹ごしらえはしっかりしたし、ティリの可愛がりでリフレッシュもした。かなりテンションが上がってきている。今回の相手は狩衣を纏った東洋人風の男性だ。黒髪で俺より若く見える。せいぜい16~18歳くらいだろう。
「お兄ちゃん! 頑張ってください!」
「ああ、頑張るよ。」
観客席から声が飛んでくる。妹でも観戦しに来ているのだろう。その声援に対し陰陽師、清鈴はそう言い、
「よろしくお願いします、リチャードさん。」
と頭を下げた。お辞儀をするのは東国の風習なので、やはり陰陽師という職業や顔立ちの通り東国の人間なんだろう。礼儀正しく、清潔感もあるので好感が持てるな。
「こちらこそよろしくお願いします、清鈴さん。」
「先攻後攻は自由です。では始め!」
バミックさんがコールし、試合開始。まず動いたのは、清鈴の方だった。
「来い! ケル!」
彼は袂から煙管を取り出すと、そう叫んで息を吹き込んだ。すると、煙管の先端からキツネが飛び出してきた。召喚術とは明らかに違うが、恐らく召喚獣のような存在だろう。
「ならこっちも……【サモン・クレバーゴースト】!」
俺はソウル・ウォーサイズを掲げてローディアスを召喚。そして、命令を下した。
「ローディアス、透明化して上空にいけ。」
『は? それは一体……』
「これは命令だ。二度は言わないぞ。」
俺がエリートゴーストの魔石を取り出してから睨むと、ローディアスはビクッと体を震わせ、
『釈然としませんが、飛行は某の領分です。お任せください、主君。』
と言い、上空へと飛んでいった。
「……何のつもりですか? 召喚獣をわざわざ喚び出しておいて、戦闘とは関係のない上空へ退避させるなんて。」
「教える義理はありませんよ。戦っていればそのうち分かります。【アクアトピア】!」
俺は清鈴の問いに返答しながらソウル・ウォーサイズをしまい、代わりに七星の宝石杖とドラゴンスレイヤーを取り出すと一番得意且つ多用している水属性魔法、アクアトピアを放った。大量の水が清鈴に降り注ぎ、彼をビショビショに濡らす。
「……不意打ちですか。」
「戦ってる最中ですからね。卑怯だと思うんですか?」
「いえ、勝つ為には不意打ちだって必要ですからね。戦いの最中に油断する方が悪いんですよ。」
清鈴はそう言いながら袂を探り、五芒星が書いてある呪符を取り出すと、
「陰陽術攻撃の儀・壱! 【火炎の術】!」
と叫んだ。俺は咄嗟に【マジックシールド】を張る。しかし、その必要はなかった。
「ふう……これで乾かせる。」
何と清鈴は、自らの狩衣を出現した炎で乾かしだしたのだ。
「主様、何やってんすか!」
彼が最初に召喚したキツネが声をあげる。すると彼は、
「鍋の具材にされたくなかったら黙っていろ、ケル。」
と冷めきった目で言い、キツネを黙らせた。そして、炎を消す。
「失礼。狩衣が濡れるとうまく動けないので。ところで、不意打ちはどうしたんですか?」
「俺はあなたが何をするのかに興味を持っただけですよ。不意打ちばかりじゃ楽しくないでしょう?」
俺はそう言いながら、彼の足元で震えているキツネを鑑定。
ケル
種族:管狐
職業:使い魔
レベル:79
スキル:妖術(Lv75)
憑依
称号:憑依修行者(憑依時全能力中上昇)
主に盾つく者(自らの命令遵守率中減少)
状態:恐怖
体力:54
魔力:???
筋力:967
耐久:1871
俊敏:9999
抵抗:318
「管狐っていうのか。ただのキツネじゃないんだな。ステータス表示から察するに、そもそもモンスターでもないみたいだ。」
「気付きましたか。そう、こいつはただのキツネじゃありません。俺の大事なパートナーです。」
「その大事なパートナーを鍋の具材にしようとしたんですか?」
「ええ。こいつを黙らせるにはそれが最も手っ取り早いんで。」
清鈴は油断なく呪符を構えたまま答える。会話で注意を逸らすのは難しいようだ。
「さっきの炎はどうやって放ったんですか?」
「俺の体内の『氣』を炎に変えただけですよ。こんなことだってできます。陰陽術拘束の儀・弐! 【縄の術】!」
清鈴がそう叫ぶと、呪符に描かれた五芒星から縄が飛び出した。咄嗟に避けたが、縄は俺を追尾してあっという間も無く俺の腕を縛り上げる。俺は思わず七星の宝石杖を取り落とした。
「まあ、こんな感じです。」
「へえ、なかなか面白い術ですね。興味が湧きました。【バインド・オフ】!」
俺は解除魔法で縄をほどく。清鈴が使っているのは魔術ではなく陰陽術なので効果があるか少し不安だったが、無事解除できたのでホッとする。すると、清鈴が怪訝な顔をした。
「まさか、杖を使わなくても魔法が使えるんですか?」
「そうですけど。」
「俺は呪符を使わないと使えないというのに……リチャードさんの方が熟練度が高いんですね。これは気を抜けません。」
清鈴はそう言うと、
「ケル! 憑け!」
と叫んだ。
「了解、主様!」
ケルは叫び返すと、主である清鈴の首筋に噛み付く。すると、彼の身体はみるみる透けていき、代わりに清鈴からキツネの耳と尾が生えた。
「妖狐化成功。憑依術の一種なので、あまり長くは使えませんが、これなら魔力と俊敏を上げられます。そして、こんなことも。妖術、狐火百連!」
清鈴がそう叫ぶと、彼から生えているキツネの尾の先から火球が次々と連射されてきた。
「うおっ、危なっ!」
俺はドラゴンスレイヤーに水属性を付与し、火球を斬ると同時に消火して対抗する。
「まさか狐と合体するとは驚きです。」
「憑依を見るのは初めてなんですか?」
「ええ、まあ。」
俺は素直に驚きながら、対抗策を考える。憑依には憑依で対抗したいところだが、ローディアスは憑依ができない。ムラマサも同様だ。セントグリフは憑依スキルを持っているので憑依できないことはないだろうが、あいつは召喚獣ではないので憑依させられない。その前に憑依させる気もないが。
「どうしたんですか? そちらから来ないならこちらからいかせて頂きますよ? 妖術、分身の術!」
清鈴がそう叫ぶと、彼の周囲の空間が揺らぎ、彼と全く同じ姿の分身が75体現れた。余程精度が高いらしく、全ての足元に影が落ちている。これでは影で本物を判別するのは不可能だ。
「これじゃあいくらあなたでも本物の俺を見抜くのは難しいんじゃないですか?」
「ええ、確かに見抜くのは難しいですよ。見抜くのは。」
「……何か、他に策でも?」
「なければあんな言い方しませんよ。俺は魔法で幻影と本体を見分けることくらいできます。ですけど、あなたの幻影は精度が高い。だから難しいんですよね。」
「そうですか。陰陽術、攻撃の儀・弐! 【激流の術】!」
清鈴は話の途中で大量の水を放って来た。全部で76の水流が迫ってくる。
「水には土ですね。【アースブロック】!」
俺は土の壁で水流の攻撃をガードし、話の続きをする。
「続きです。あなたの妖術からは魔力をほとんど感じない。消費魔力量が非常に低いか、若しくは『氣』を変化させることで発動しているんでしょうね。『氣』は無限に溢れ出てきそうですし、それが切れるのを待つのは無駄。広範囲攻撃で幻を消すことも考えましたが、あなたが作った精度の高い幻影のことだ。上手く躱したりして、数を削れない可能性がある。それに、術後硬直中に一斉に攻撃されたら俺は防戦一方ですし、そのうち魔力が尽きて俺の負けですね。」
「……冷静ですね。やはり策があるんですか。」
「ええ。あなたは相棒の管狐が憑依するまで妖術は使えなかった。ということは、分離したらもう妖術は使えない。そして、最初に管狐を召喚したときに魔力の流れを感じました。ということは、あなたは相棒と魔力供給の関係で繋がっている。以上を総合すれば、自ずと答えは出てきます。」
「……どういう意味ですか?」
「あなたは相棒と協力して戦うのが基本のスタイルってことですよ。そして相棒はキツネ。ネコ目イヌ科で食肉目に属するとはいえ、多くの肉食獣に追われる、どちらかと言えば被食対象です。ということは、食物連鎖の中で上位に位置する大型肉食獣が現れたら、本能的に逃げざるを得ない。」
「……それはその通りですが……まさか?」
「気付いたみたいですね。もう俺は準備万端です。」
俺はそう言い放つと、異次元倉庫からソウル・ウォーサイズを取り出し、
「【サモン・センジュベアー】!」
と唱えてベアゴローを召喚。そして、命令を下した。
「ベアゴロー、キツネを狙え。」
「グオオオオオ!」
ベアゴローは命令を忠実に実行した。即ち、清鈴のキツネ部分に向けて攻撃を開始したのだ。
「グオオオオオ!」
ベアゴローは40本の腕を縦横無尽に振るいながら清鈴の耳や尻尾を執拗に攻撃。すると、
「ひいいいい!」
と叫びながら、管狐が清鈴から飛び出すようにして実体化。それと同時に、幻影が全て消え去った。
「よし、やっと出たな。【ラングドシャ】!」
俺は管狐に向けて泥を発射し行動を阻害すると、無詠唱でファイアボールを放つ。清鈴が防御しようと呪符を構えるも間に合わず、無数の火球は管狐を直撃した。
「ぐわあああああっ!」
管狐が激しく燃え上がる。すると、清鈴は慌てたように煙管を取り出し、
「戻れ、ケル!」
と叫んで息を吸い込んだ。すると、火達磨になっていたキツネの姿が搔き消え、小さな何かが煙管に吸い込まれた。
「まさか憑依を力技で解除してくるとは予想外でしたよ、リチャードさん……」
清鈴は口元を少し歪めてこう言う。
「まあ、あのくらいはできますよ。それより、さっさと勝負を続けましょう。」
俺はそう言って、ソウル・ウォーサイズを再び異次元倉庫にしまい、七星の宝石杖を構えると、ニヤリと笑うのだった。
この作品が【ダンジョンマスター with 妖精 ~ひたすら型破り~】2017年最後の投稿となります。
本年はこの作品を呼んでくださり誠にありがとうございます。読者の皆様には心から感謝しております。
不定期更新で申し訳ありません。色々と至らない作者ではございますが、来年も本作を、『紅蓮グレン』をよろしくお願い致します。




