11.初めての名前
「運搬ご苦労、キングモール。」
俺はコントロールルームに魔術師を運んできてくれたキングモールを労い、魔術師を降ろさせると顎の下を撫でてやり、ダンジョン内へ戻らせた。
「貴殿が、このダンジョンのダンジョンマスターか?」
魔術師は、少し渋めの柔らかい声でそう聞いてきた。
「その通り。俺がこのダンジョンのダンジョンマスターだ。俺もあなたの事を聞きたいんだが。」
俺の問いに魔術師は、
「私は魔術師のルキナス・クロムウェル・モンテリュー。歳は23。得意な魔術は地属性と光属性で、苦手な魔術は風属性、闇属性だ。」
と自己紹介。そして、
「貴殿の配下、イートシャドウを葬ってしまったこと、詫びさせてくだされ。これで許せとは言わぬが、詫びねば死んでも死にきれぬ。本当に、申し訳ない。」
と土下座した。あまりに突然の事で俺もティリも唖然。慌てて土下座を止めさせようとしたが、魔術師……ルキナスさんは額を地面に擦り付けるようにますます頭を低くする。結局、頭を上げさせられたのは2分以上経ってからだった。
「あれは自己防衛の為、やむを得ずにやったことだろう? それを罪とするならば、俺たちも同罪だ。ダンジョン防衛の為に、あなたの仲間を2人殺してしまったしな……」
「私の仲間? ああ、クリスとケビンの事か。奴らの事ならよろしい。私は奴らに対して仲間意識など微塵も持っていなかった故。奴らは冒険者ギルド登録冒険者の中でも特に素行が悪かった。ギルドも手を焼いていたから、寧ろ死んで喜ぶ者の方が多いかもしれん。」
「酷い言われようだ……」
「ところで、奴らはミスリル製やオリハルコン製の武器を入口付近の宝箱で入手していたはずだが、どうやって倒したのだ?」
そう聞かれたので、俺は正直に生き埋めにして窒息させた、と答えた。するとルキナスさんが驚いた顔をした。
「何とお優しい! 埋めることによって死ぬ前に感じる苦しさを軽減し、その上そこでの埋葬も兼ねるとは! 通常は冒険者を倒した場合、スケルトンやグールやゾンビなどの死者兵士に改造し、アンデッドとして使うというのに!」
俺は別に埋葬したつもりはないのだが……ってか、普通は冒険者殺して死者兵士にするのか。ダンジョンマスターってたち悪いのもいるんだな……と思っているとルキナスさんは、
「貴殿のような心優しいダンジョンマスターに最期に会えただけで、私は満足。もう悔いはない。さあ、殺してくだされ。」
とねじれた杖をイートシャドウを斬ったときのように剣に変えると俺に差し出し、頭を下げた。
「え? は? いや、あの……」
「何を躊躇っておられる。私を運んだのは、貴殿自らの手で私を殺すためであろう? さあ、一思いに!」
……この人真面目すぎる。俺は別に命で償って貰おうとは思っていないんだが……
「さあ、早く! 私に生への執着が生まれぬうちに!」
ルキナスさんは急かす。この人に冷静になって貰わないと話が進まないと思った俺は、
「ティリ、あれやって。」
とティリに頼んだ。
「畏まりました、ご主人様。アクアトピア!」
ティリの声とともに大量の水が……
「あぶあぶあぶあべべばばべば!」
俺に降り注ぐ。
「ティリ、俺じゃない! ルキナスさんが対象だ!」
「あ、も、申し訳ありません! ついいつもの癖で……アクアトピア!」
ティリはやり直す。しかしまた水をかぶったのは俺。
「俺じゃないっての! ルキナスさんにやれ!」
「そうしようとしてるんですけど……アクアトピア!」
ティリの声。降る水。濡れる俺。
「ティリ! 俺に恨みでもあるのか? 俺は何かお前を怒らせるようなことをしたか?」
「そんなことありません! ご主人様には感謝しかしていませんし……アクアトピア! アクアトピア! アクアトピア!」
3連続の降水でますますびしょびしょに濡れる俺。
「ティリ……いい加減にしないといくら俺でも怒るぞ?」
「ふざけてるんじゃないんですよ! 制御がきかないんです! アクアトピア! アクアトピア! アクアトピア! アクアトピア! アクアトピア! アクアトピア!」
「おい、ティリ……」
「アクアトピア!」
13回目。やっとルキナスさんに水が降り注いだ。ルキナスさんは首を斬りやすいように下げていた頭を上げ、俺を見て驚く。
「なぜそんなに濡れていらっしゃる?」
「「気付いてなかった?」」
俺とティリの声が見事にハモる。
「いや、気付くも何も、私はただ死を待っていたので……」
真面目すぎるルキナスさんに、俺は自らの考えを伝える。
「はっきり言おう。俺はあなたの命を奪うつもりはない。」
「は? いや、しかし私は貴殿の仲間の命を……」
「命の対価は命。そう言いたいんだろうが、あなたの命を奪っても俺は嬉しくないから。ただ、命で対価は支払ってもらうけど。」
「それは……どういう意味ですかな?」
「イートシャドウの命の分、ここで働く。それがあなたが俺たちに対して支払う対価だ。そもそも俺はチキンだから、俺自身の手であなたを殺すことが出来ないんだよ。」
「私の命を奪わぬばかりか、生あるものを殺めずに済む仕事を与えてくださると?」
「あー、冒険者はたまに殺ることになるかもしれないけど、基本は殺さないで済むと思う。俺は平和主義だからな。やられたからやり返す、なんてやってるんじゃ負のスパイラルに入るだけだし。あなたにやって欲しい仕事は、このダンジョン運営のサポート。防衛の方法を考えたり、俺とティリに冒険者の事を教えたり。あと、俺に魔法を教えてほしい。」
「おお、ありがたい仰せ! 了解した、ダンジョンマスター殿。ところで……」
ルキナスさんが姿勢を正した。
「ん? どうしました?」
「なぜ敬語に? ……いや、そのことでは無い。ずっとダンジョンマスター殿と呼んでいる訳にもいかぬであろう? 貴殿と妖精殿の名を教えてほしいのだが。」
「あー、名前か……そういえば適当な名前付けようと思ってて忘れてた。妖精の名前はティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト。俺は、名前が無いから好きに呼んでください。」
「なんと! 名前が無い?」
ルキナスさんが異常なほどの反応を示した。
「え、ええ……」
「ならば、私に命名権を頂けないだろうか?」
ルキナスさんが詰め寄ってくる。鼻息が直接かかるほどの至近距離だ。その剣幕に思わず頷きかけたその時、
「ダメです! 私が許しません!」
と、ティリの声が響いた。
「ご主人様をずっとサポートしてきたのは私です! よって、ご主人様に名前を付けるのも私です!」
「いや、しかし考えるのはダンジョンマスター殿の名。ずっと仕えてきたとはいえ、ティリウレス殿が否定出来ることではなかろう?」
「じゃあ、ご主人様にどちらが相応しいか決めて貰いましょう!」
ティリは俺の顔をじっと見た。ルキナスさんも一瞬遅れて俺の顔を見る。二人とも目がマジだ。本気と書いてマジと読むってやつだ。なんか怖いが、俺の答えはとっくに決まっている。
「2人で相談して決めて。」
俺のこの言葉を聞いた瞬間、2人は目を輝かせた。
「了解した、ダンジョンマスター殿。」
「かしこまりました、ご主人様!」
そして、2人は顔を近づけてしばらく話し合い、俺の方を向くと、
「ダンジョンマスター殿の名前は……」
「ご主人様の名前は……」
「「リチャード・ルドルフ・イクスティンク!」」
と俺の名を発表した。
「リチャード・ルドルフ・イクスティンクか。なんかかっこいいな。気に入ったよ。ありがとう、2人とも。」
俺はルキナスさんの方に向き直ると、
「じゃあ、これからよろしく。ルキナスさん。」
「うむ。リチャード殿。」
がっしりと握手をしたのだった。
ダンジョン名:‐‐‐‐‐‐
深さ:71
階層数:8
DP:4万800P
所持金:0ゴルド
モンスター数:204
内訳:ジャイアントモール 10体
キングモール 30体
ウルフ 40体
ソイルウルフ 20体
ファイアウルフ 20体
ウォーターウルフ 20体
ビッグワーム 25体
ジャイアントワーム 30体
レッドイーグル 5体
イートシャドウ 4体
侵入者数:3
撃退侵入者数:2
住人
リチャード・ルドルフ・イクスティンク(人間、ダンジョンマスター)
ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト(妖精)
ルキナス・クロムウェル・モンテリュー(人間、魔術師)