10.初めての防衛戦
「さて、そろそろあの2人は第3階層に入るし、いい頃合かな。」
俺はウィンドウを見た。そこには順調に階層を踏破し、深さ21の第3階層に足を踏み入れようとしている剣闘士と重戦士の姿が映っている。因みに深さ4のところに配備していた10体のウルフは逃がしておいた。巡回しているモンスターたちにも深さ31より上には行かないように命令しておいたので、奴らはまだモンスターには出くわしていない。まあ、出会っていないだけで既に付き纏われてはいるのだが……
「よし、やってやるか。イートシャドウ、影を喰え!」
俺が命令を下すと、2人の影からどこか禍々しさを感じさせる、真っ黒い死霊系モンスターが5体飛び出した。これが1体1000DPのモンスター、イートシャドウだ。スキルは【影潜】と【影喰】。影の中に潜り込んで姿を現さずに移動したり、影を喰って動きを完全に封じたりすることができる。イートシャドウの動きは素早く、剣闘士と重戦士の影は5秒とかからずに喰らい尽くされた。そして、イートシャドウは自らの身体が作っている影に埋没して次々とその場から消えていく。影を喰われたため動けなくなった剣闘士と重戦士は狼狽えていた。
『な、何が起きたんだ? クソッ、動けねえ! おい、ケビン! ぼさっとしてねえで助けろ!』
『む、無理っす先輩! 俺も動けねえっす!』
俺はその姿を見て、ティリに話しかける。
「無様だなー。」
「そうですねー。」
俺とティリはのんびりした声で会話する。
「付き纏われていたのに気付かないのは兎も角、モンスターに襲われたことすら気付かないとか、バカなのか?」
「バカなんでしょう。金の事しか考えていないみたいでしたし。」
「そうだな。んじゃ、始末するか。キングモール!」
俺がダンジョンコアに触れながら名前を呼ぶと、奴らの真下の地中にキングモールが現れ、高速で穴を掘り始めた。段々と穴は大きくなり、それに伴って2人の足元の土は薄くなっていく。そしてついに……
――ドサッ!
音とともに2人はキングモールの掘った穴の中に落ちた。だが、【影喰】の効果はまだ続いている為、奴らは穴の中でも動くことはできない。
「最後だ。俺の……いや、俺とティリのダンジョンを侮辱したこと、冥界で後悔しろ。」
俺はソイルウルフに命令を下し、土魔法で穴を埋めさせる。作業は迅速に行われ、1分とかからず2人は土の中に完全に埋まった。そして、程なくして生体反応が完全に消え、ダンジョン内に静寂が戻ってくる。
「殺しちまったか……こうなると少し罪悪感があるな……まあ、でもあっち侵入者だし。」
「これはダンジョン防衛の一環ですよ。殺っちゃうのは仕方ないです。それに、まだあの魔術師さんが残ってますから、油断はできません。」
「あ、そうだったな。さっきの奴らと違ってあの人は理性的だったから、今の戦いよりずっと苦戦するだろうし。えーっと、今……あの人は深さ19のところか。周囲に罠が無いか警戒しながら進んでるっぽいな。」
俺はそう言いながら、ウィンドウに第2階層の深さ19のエリアを映し出す。魔術師はねじれた杖を構え、時折後ろを振り返るなどしながらゆっくりと進んでいた。
「取りあえず様子見でレッドイーグルに行かせるか。よし、レッドイーグル、スキル【斬鉄翼】を使って魔術師にアタック! 但し、命は奪うなよ!」
命令を下すと、レッドイーグルたちは物凄い勢いで魔術師の元へ向かい、翼を硬化させるとそのまま一直線に体当たり。しかし、魔術師の方が一瞬早く呪文を唱えていた。
『マジックシールド!』
すると、魔術師の前に光の壁が出現し、レッドイーグルたちはその壁に弾かれてしまった。
「チッ、当然のように魔術で防御するか。遠距離攻撃は効きそうにないな。」
俺は舌打ちし、少し考えた結果、先程と同じようにイートシャドウを使うことにした。しかし、1体のイートシャドウが影から飛び出した瞬間、信じられないことが起こった。魔術師の持っていたねじれた杖が一瞬のうちに剣に変化したのだ。そして魔術師は振り向きざま、イートシャドウを斬りつける。イートシャドウは袈裟斬りされ、地面に倒れた。
「くっ、強い……イートシャドウが一撃で……」
「ご主人様、この人だって結局は冒険者です! 始末しちゃいましょう!」
ティリは激昂してそう叫ぶように言う。俺もイートシャドウの弔いの為、ファイアウルフたちにそこへ向かうように命令を下そうとした。しかし、その前にウィンドウから、
『おおおおおおお!』
という魔術師の絶叫が聞こえてきた。
『き、斬ってしまった……私は、襲われたとはいえ、斬ってしまった……な、何とか治癒しなければ……いや、こうなっていてはもう私にはどうにもできん……仕方ない。せめて安らかに成仏してくだされ。罪深き私にもどうか恩赦を……【ゴウ・ア・ヘブン】!』
魔術師がそう呪文を唱えると、ダンジョンの中であるにもかかわらず光が差し込み、倒れているイートシャドウの身体が光の粒子に変化した。そして、その粒子はキラキラと輝きながら消えていく。
『せめてもの償い……ごゆっくりお休みくだされ……』
魔術師は涙を零しながらそう呟いた。
「ティリ、この人さ……」
「殺したことを後悔してましたね……私たちも襲ってきたからあの2人を殺しちゃったんだ、と考えればその点では同じかも……」
「そうだな。なんか俺、この人を仲間にしたくなってきた。」
「え? ダンジョンの仲間にするってことですか?」
「ああ。冒険者なんだから他の冒険者にも詳しいだろうし、あの魔術防御力の高さからして、効率のいい防衛の仕方とかも考えられそうだし。」
「成程。でも、仲間にするには捕まえて懐柔しませんと。」
「うん。今回はジャイアントワームに頼むよ。あいつは再生能力も高いから真っ二つにされなければ大丈夫だし。」
俺はジャイアントワームに魔術師を動けないようにしろ、と命令を下す。ジャイアントワームは沼から飛び出すと、巨体に似合わぬ俊敏な動きで階層を這いあがって魔術師の進路を塞ぎ、口から粘液を発射した。あまりに突然だった為か、魔術師は対応できず、もろに粘液を食らう。すると、スキル【粘液拘束】の効果で粘液が固まり、魔術師は動けなくなった。
「ああ、やはりこのダンジョンにはダンジョンマスターがいたか……仲間を殺した私をさぞ怨んでおられるのだろうな……命を奪った者は、命を奪われることでしか対価を支払うことはできない……」
そう呟く魔術師。どこまで真面目なんだろうと思いながら、俺はキングモールに命令を下し、魔術師をコントロールルームまで運ばせたのだった。
ダンジョン名:‐‐‐‐‐‐
深さ:71
階層数:8
DP:4万800P
所持金:0ゴルド
モンスター数:204
内訳:ジャイアントモール 10体
キングモール 30体
ウルフ 40体
ソイルウルフ 20体
ファイアウルフ 20体
ウォーターウルフ 20体
ビッグワーム 25体
ジャイアントワーム 30体
レッドイーグル 5体
イートシャドウ 4体
侵入者数:3
撃退侵入者数:2
住人
ダンジョンマスター(人間)
ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト(妖精)