閑話:神速の赤龍とマスター(side ???)
「たああああっ!」
『甘い。その程度では我に勝てぬぞ、主!』
ドラゴンの巣窟の中の訓練場で、リーンとレッディルは模擬戦を行っていた。リーンは愛刀で斬りかかるのだが、レッディルの体を捕らえることができていない。逆にレッディルはその巨体とは裏腹なドラゴン族最速の移動能力でリーンの後ろを取り、爪や翼でダメージを与える。
『これで終わりだ!』
レッディルの前足の一撃がリーンの体を薙ぎ払った。リーンは吹き飛んで壁に激突、ゴホゴホと咳込む。
「クッ……強くなりましたね、レッディル。」
『自己鍛錬の成果が出たのかもしれぬな。だが主、今日はいつもより動きが鈍い気がするぞ。』
「そうですか? 私はいつも通りに戦闘しているつもりですが。」
『いや、明らかに遅くなっている。斬りかかる前の予備動作も大きくなっているしな。やはりセントグリフ殿が関わっているのか?』
「兄上が関わっているかは知りませんが、この前から調子が上がっていないのは事実ですね。下がったという自覚はありませんが。」
『セントグリフ殿の祥月命日に何かあったのか?』
少し心配するような顔でリーンを見るレッディル。A+ランクながらリーンの腹心となっているのは、戦闘狂が多いドラゴン族の中では珍しく理知的であるという彼の特性故である。
「ダンジョンマスターの存在意義について、色々と考えてしまうのです。」
『ダンジョンマスターの存在意義?』
「ええ。兄上が昔言っていたんです。『戦いに心を呑まれてはいけない。何かを守る為にするのが戦いであって、戦うことは目的ではない。』と。ですが、私は戦うことが目的で行動しているように思えてしまって……」
『確かに、主の『人間族を殺す』という執念は凄まじい。そして、それは守る為ではなく、明らかに戦いが目的だな。』
的確にレッディルは指摘する。この聡明さもまた、彼をリーンの腹心たらしめている一因だ。
「あなたからもそう見えますか。」
『うむ。だが、そのようなことなど考えるだけ無駄であろう。ダンジョンコアを獲られた時点で主は命を失う。ならば、今までの戦いは全て、主の命を守る為の戦いだ。十分、何かを守ろうとしているではないか。』
「それはそうなのですが、ではなぜダンジョンマスターなどというものが必要なのでしょうか? この世界には自然発生型ダンジョンもあります。なぜわざわざ危険の中に身を置き、常に戦いの指揮を執り続けるダンジョンマスターがいるのでしょうか?」
『この世界のシステムにいちいち首を突っ込んでもしょうがないだろう。考えたところで答えが出るものでもないのだから、そんなことは考えるだけ無駄だ。別にそれで悩みたいなら止めはしないが、答えのない問いに頭を悩ますほど無駄なことは無いだろう。』
「そうですね……」
あっさりとレッディルの意見を肯定したリーン。これにレッディルは驚いた。このようにレッディルがリーンに対して不利益になりそうな話をした場合、普段なら彼女は『死にたいのですか?』と言ってくるのが常であり、肯定することなど滅多にないからだ。
『本格的におかしいぞ、主よ。今日は墓場には行くな。』
「どうしても、ですか?」
『行きたいなら止めはせぬが、今日行けば発狂する可能性がある。主に発狂されたら困るのは我だ。それに、セントグリフ殿が……』
「帰ってくるのではない、でしょう? あなたも懲りませんね。何回それを言おうとするんですか?」
『何度でもだ。主を心配して言っているということを、主は理解せんのか?』
「分かっていますよ。あなたが私を心配してくれていることも、兄上が戻ってこないことも。でも、死者を弔うことが悪い事なのですか?」
『悪いとは言っておらぬだろう。ただ、死者にいつまでも執着していては主はいつまでたっても依存したままだ。そんなことになっては……』
レッディルはそこで口をつぐんだ。リーンが殺気を放ったりした訳ではなく、その先に続く言葉をリーン自身の口から紡がせようとしているのだ。荒療治だが、この位しないとリーンは自らの未熟さに気付けない。レッディルはそう思い、敢えて口をつぐんでじっとリーンが喋るのを待っている。
「配下の統制が取れない。ことによると、間接的に兄上を傷つけることにもなりかねない、とそう言いたいんですね?」
『まあ、語弊はあるがその通りだ。真にセントグリフ殿の事を思うならば、それこそ依存せぬ方が良いと思うが?』
「いつにもましてしつこいですね、レッディル。そんなに私が兄上に依存するのをやめさせたいのですか?」
『別に依存をやめろなどとは言っておらぬだろう。だが、我としては死者に依存しても意味がないのだからその労力を他のことに使用した方が良いと思うのだが。』
「私は兄上に依存することが生き甲斐なのですが。」
『そんな生き甲斐は捨てろ!』
「ヒッ!」
突然大声を上げたレッディルにリーンは竦む。
『分かっているのか、主よ! 目の前の出来事から逃げようとするな! セントグリフ殿はもういないのだぞ!』
「そ、そんなことは分かっています……」
『ならば依存するな! 主はセントグリフ殿にいつまでも甘えていていい訳ではない! もう多数の命を背負う身なのだからな!』
レッディルはそう言うと、苛立ちを隠そうともせずに炎を吐き出す。
「……分かりました。依存をやめることはできそうにありませんが、依存度を下げられるように頑張ることにします。」
『うむ、それでこそ我が主だ。』
レッディルは満足そうに頷く。
「しかしレッディル、まさか墓を守ることに関して文句は言わないでしょうね?」
『それは無論だ。墓守をするなとは言わん。』
「ならば、尚のこと不届き者を深部に潜らせる訳には行きません。レッディル、まずは訓練の続き、それが終わったらスターライトとドランに浅い階層の防衛力強化を伝えてください。」
『了解した。』
そう返事をすると、レッディルはリーンと訓練を続ける為に翼を広げて初期位置に戻るのだった。




