9.初めての侵入者
「おいおい、マジかよ……」
俺は戦慄していた。レッドイーグルの【視界共有】スキルで確認した冒険者たちはどうやら草原のモンスターを討伐しに来たようだったので、引き続きレッドイーグルに上空から見張らせていたのだが……
「強すぎるだろ、こいつら。どんだけイレギュラーなんだよ。」
この冒険者たちははっきり言ってメチャクチャ強かった。草原には頭が5つあるアナコンダのような大蛇や口からレーザー光線を連続して発射する6本足の馬など、うちのダンジョンの現時点最高戦力であるレッドイーグルやファイアウルフに引けを取らないほどの実力を持つモンスターがいるのだが、冒険者たちはそのようなモンスターなど屁でもないといった感じで、歯牙にもかけずにやすやすと討伐していた。異常すぎる。
「うーん、この冒険者たち、中々の手練れのようですね……」
「ティリ、何か作戦考えつかないか?」
そう聞くと、ティリは少し考えるような仕草をしてから、
「申し訳ありません、ご主人様。何も考えつきません。」
と答え、
「ご主人様はどうですか?」
と質問もしてきた。
「ティリ、俺が考えついてたら考えろなんてティリに言う訳ないだろ? 俺が今思いついてるのは、どうにかして冒険者を1人1人バラバラにして、それぞれをケース・バイ・ケースで倒すしかないってことぐらいだ。」
「ご主人様の天才的頭脳でも考えつかないとなると……厳しいですね……」
ティリは心配顔で涙目になっている。そんな顔のティリは見たくないので、俺はちょっと口角を上げ、無理やり笑い顔を作るとこう言った。
「そんな顔するなよ、ティリ。勝算は一応あるから。7:3くらいだけど。」
「それって、私たちはどっちですか?」
ティリはどうか7であってくれと祈っているような顔だ。要望に応えて7と言ってやりたいが、現実はそんなに甘くない。
「勿論3の方だよ。」
「やっぱり……ご主人様の顔がアルカイックスマイルになっているということから予想はしていましたが……」
ティリは絶望的な表情を浮かべた。しかし、実を言うと、もっと現状は厳しい。1つだけ作戦はあるのだが、それが当たる確率は限りなく低く、勝率3割というのもかなり盛っている。実際は9:1くらいなのだ。
「まあ、そう簡単に崩壊させたりはしないよ。人の命を奪うのは気が引けるけど……」
「何甘っちょろいこと言ってるんですか! 入って来た場合、あっちは不法侵入者ですよ! 首の根かっ切ってやるつもりで食らい付いて行かないと!」
「んー……まあ、俺だってこっちを殺すつもりで襲ってきた奴の命を心配してやるほどお人好しじゃないから、あっちがこっちのモンスターを殺したら、その時は容赦しないけど、何もしてこないようなら穏便にお帰り願うよ。別にいいよな?」
「……ご主人様がそれでよろしいと仰るのならば異論はありませんが……ご主人様は何に対してもお優しすぎると思います。もう少し非情にならないと……」
「でもさ、俺痛いのとか怖いのとか遺体とか血とか苦手なんだよね。穏便に解決できるならそれが一番だよ。」
俺がこう言った時、ダンジョンコアが黒く光った。ウィンドウを見ると、
【ダンジョン内に3名の侵入者を確認しました。】
という表示。慌てて内部ウィンドウを開くと、あの3人組が入ってくるのが映っていた。奴らは宝箱を開けて喜んでいる。
『おい、見ろよ! ミスリルソードにミスリルバックラーだぜ、これ!』
『こっちも凄いっすよ! オリハルコンブレードっす!』
『これは……炎魔法の威力が飛躍的に上がるルビーの杖ですな。まさかこのようなものがあるとは……』
『これだけの装備が手に入ったんだ! こんなダンジョン楽勝だぜ!』
『っすね! フェリアイルステップには最近までダンジョンなかったっすし、低ランクダンジョンに違いないっす! サクッと攻略して、帰って一杯やる資金にでもしようっす!』
この言葉を聞いた瞬間、俺の脳内で何かがプチッと音を立てて切れた。
「こんなダンジョン? サクッと攻略だと?」
「あ、あの、ご主人様? 何だかお顔が怖いです……それに恐ろしいほどの怒気が……どうかなさいましたか?」
「気が変わった。俺の事を侮辱するのは別に構わないが、俺とティリで作ったこのダンジョンを貶す奴は許さねえ。絶対に殺る。さっきまで考えていた作戦はお帰りいただく為のものだったが、変更だ。このダンジョンから永久に帰れなくしてやる。舐めてかかったことを死ぬほど後悔させてやるぜ。」
俺はそう言うと、レッドイーグルをダンジョンの入口へ向かわせようとした。しかし、そこでウィンドウから魔術師の声が聞こえてきた。
『失礼ながら、お2人とも、ダンジョンの事を軽く考えすぎでは?』
『あ? 何だよルキナス。文句でもあんのか?』
『然り。ダンジョンは魔物の巣窟でございます。低ランクだと思われても、油断は禁物かと。』
『カタブツだな、ルキナスは。モンスターに襲われたら、斬りゃいいんだよ。』
『その考えがまず間違いなのです! 命はどのような者であろうと大切にすべき! それに、武器とて本来は防衛に使う物であり、他者を傷つける為に使う物ではござらぬ!』
こう言った魔術師に、剣闘士は逆ギレした。
『五月蝿い! もういい、分かった! パーティ解散だ! 全く、お前みたいな分からず屋とパーティ組むんじゃなかったぜ! 行くぞ、ケビン!』
『あ、ま、待ってくださいよ! クリス先輩!』
剣闘士と重戦士は、魔術師を置いてダンジョンの奥へと進んでいった。残された魔術師は、
『全く、あんな考えが浅いバカな奴らとパーティを組んだのが間違いだった。このダンジョン、そんなに簡単に攻略できる代物ではない。魔力探知で分かるが、獣系、蟲系、鳥系、死霊系とバランスの取れたモンスターの編成、入り組んだ構造、人工的な罠などから察するに、とても優秀なダンジョンマスターがいるダンジョンに違いない。それに、たとえどんな者であろうと、命は大切にすべきなのだ。』
と呟くと、ダンジョンの奥へと歩き始めた。
「ご主人様……」
「ああ。この人は前の2人よりは良い人そうだな。ダンジョンマスターの存在にも気づいてるし、頭もきれるんだろう。この人はできれば殺さずにとらえて話して、敵意が無ければお帰り願ってもいいかもしれない。もっとも、前の2人はそうはいかないがな。あの5体でいたぶってやることにしよう。出動だ、イートシャドウ。」
俺はこう言って、黒い嗤いを零すのだった。
ダンジョン名:‐‐‐‐‐‐
深さ:71
階層数:8
DP:4万800P
所持金:0ゴルド
モンスター数:205
内訳:ジャイアントモール 10体
キングモール 30体
ウルフ 40体
ソイルウルフ 20体
ファイアウルフ 20体
ウォーターウルフ 20体
ビッグワーム 25体
ジャイアントワーム 30体
レッドイーグル 5体
イートシャドウ 5体
侵入者数:3
撃退侵入者数:0
住人
ダンジョンマスター(人間)
ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト(妖精)