閑話:最高のお客様(side ルーク)
「ふう、仕込み完了。」
私、ルーク・ファイン・チェスターが今日のスペシャルコースの仕込みを終えてそう呟いた時、カランコロンとドアベルの音が響きました。お客様が来たようです。案内する為に急いで入り口に向かうと、そこには一度だけお会いしたことがある大魔術師の方がいらっしゃいました。
「リチャード様!」
私が思わずそう叫ぶと、
「久しぶりだね、ルークちゃん。」
と、リチャード様は爽やかな笑みを浮かべながらそう仰いました。
「今日はティリさんはいないんですか?」
「ティリはお腹が空いてないみたいだったからね。無理に付き合わせるのも悪いから、1人で来たんだよ。」
「そうですか。ではVIPルームへご案内します。本日もスペシャルコースでよろしいですか?」
「うん。」
「かしこまりました。1名様ご来店です!」
私はお店の奥に向かってそう言うと、リチャード様をVIPルームにご案内しました。
「本日のコースはアヴァンアミューズ、アミューズブーシュ、前菜、スープ、サラダ、魚料理、肉料理、デザート、小菓子、カフェとなっています。肉料理と魚料理、どちらかおやめになりますか?」
「いや、大丈夫だよ。」
「かしこまりました。では、今日は肉料理をステージでお作りするのと目の前でお作りするの、どちらがよろしいですか?」
「ルークちゃんはどっちの方が楽?」
「私ですか? 楽なのはショーステージでフレイマーたちに作らせる方ですけど、私はメインを作ってみたいって思っています。」
「じゃあ、ここで調理して貰う方で。」
「かしこまりました。あ、それと……」
「ん? 何?」
「今日は一品料理追加無料の日で、追加ができるんです。」
「ふーん。それがどうかしたの?」
「一品料理の中にオムライスがあって、それにはデミグラスソースがかかっているんです。それで、デミグラスソースは……」
「『私が昨日からじっくりコトコト煮込んで作った自信作だから、ぜひ食べて貰いたいなって思ってるんです。だから、注文して頂けませんか?』ってことだね?」
「え? な、な、何で分かったんですか?」
私は顔を真っ赤にしながらそう聞きました。
「女の子の思考を読むのは得意なんだよね。今回は話の流れから分かったけど。」
「じゃあ……」
「それもお願い。」
「かしこまりました! では、少々お待ちください。」
私は、リチャード様が私の作った料理を食べてくださるという喜びに満たされながらVIPルームを出て、厨房へと向かいました。
「お待たせいたしました! こちら、アヴァンアミューズの【モンスターレストラン風バーニャカウダ】です♪」
私がそう言ってVIPルームに入ると、リチャード様はくすっと微笑み、
「今日は随分楽しそうだね、ルークちゃん。」
と仰いました。
「分かりますか?」
「声が弾んでるし、心からニコニコしているように見えるから。……っと、ちょっとごめん。」
リチャード様はそう仰ると、ローブのポケットから黒い機械を取り出しました。そして、それを耳に当てると、
「もしもし、ティリか?」
と仰いました。すると、その機械から、
『ご主人様! ナンパは禁止です!』
とティリさんの声が。
「気にしすぎだ、ティリ。別にルークちゃんをナンパしている訳じゃない。世間話の類だよ。」
『ルークさんが誤解したらナンパになります!』
「誤解されるようなことは言ってないよ。それに、万が一誤解していたとしても、俺はティリ以外に靡くつもりは毛頭ないから。」
『そんなこと言って、もしルークさんが料理に惚れ薬でも仕込んでいたら……』
「ユリアならやりかねないけど、ルークちゃんはそんなことしないと思うよ。それに、惚れ薬は抵抗力1万越えの人間には効果を及ぼさないから大丈夫。」
『ふふ、そこまで仰るなら大丈夫ですね。実は最初から心配はしていません。外食楽しんできてくださいね。』
「ああ。お土産買って帰るから、楽しみにしておいてくれ。」
リチャード様はそう仰ると、黒い機械をローブのポケットにしまいました。
「リチャード様はティリさんのことを本当に大切にされてますね。」
「まあね。あの子は命の恩人だから。」
「そうなんですか?」
「うん。色々あったからね。ティリは俺に生き方を示して、生きがいを与えてくれたんだ。ルークちゃんも、俺がつれないからって絶望しないで、生きがいを見つけてみたら?」
「え? な、何で私がリチャード様に好意を抱いているって……」
「言ったでしょ。女の子の思考を読むのは得意なんだよ。生きがいを見つけられそう?」
リチャード様はそう仰ると、私の顔をじっと見つめました。その優しいお顔を見て、私は生きがいを見出しました。
「今、生きがいを見つけました。」
「何?」
「私の生きがいは、リチャード様に私が作った最高の料理を提供して、笑顔になって頂くことです!」
「なんで俺限定なの?」
「リチャード様が私の初恋の相手だからです!」
「……俺みたいな素性の分からない奴に生きがいを見出したりすると、人生損するよ。」
「リチャード様が私を選んでくださらないことは分かっています。リチャード様にはティリさんがいますから。でも、私の生きがいはリチャード様に私の作った料理を食べて頂いて、笑顔になって頂くことです。」
「会話が噛み合ってないような気がするけど、まあいいや。ルークちゃんなら信用できるしね。」
そう仰ると、リチャード様はバーニャカウダをお召し上がりになり、
「次をお願い。」
と空のお皿を私に渡しながら仰いました。
「はい、かしこまりました。」
私はそう言うと、お皿を持って厨房に戻り、リチャード様に提供する私の料理が乗ったワゴンを押して、VIPルームへと向かうのでした。
「本日のお会計は、0ゴルドです。」
2時間ほどかけてスペシャルコースとオムライスを食べ終えたリチャード様は、私のこの言葉に目を丸くされました。
「なんでタダなの?」
「リチャード様のお食事代は、ギルドが支払ってくださいますので。リチャード様だけではなく、A-ランク越えの方は皆さんそうです。」
「あー、そういえばそんなこと言ってたね、初めての時。じゃあ……」
そう言うと、リチャード様は私に銀貨を握らせました。
「これ、チップだから。」
「り、リチャード様、銀貨は多すぎます! これ、私の1週間分のお給料より……」
「いいから取っておいて。これからも最高の料理を提供して貰う身として、この位は格好をつけさせて欲しいからね。」
そう仰ってお店から出て行かれるリチャード様に私は満面の笑みでこう声をかけました。
「ありがとうございました! またのお越しを心よりお待ちしております!」
閑話集だというのに毎度お待たせして本当に申し訳ありません……




