閑話:遊びに来ました(side ユリア)
「えっと……来たはいいけどどうすればいいんだろう……」
私、ユリア・エステル・ローレライはフェリアイルステップにあるダンジョン、【友好獣のダンジョン】の入り口の前で溜息を吐いた。ついこの間、リチャードさんとダンジョンを攻略した時に貰った報奨金のおかげで、しばらくはクエストをしなくても暮らすことができる。別に労働意欲が低下している訳じゃないけど、たまには遊びたいな、ということでいつも無意識のうちにやってしまう丁寧口調を抑えた上でリチャードさんのダンジョンに遊びに来たんだけど……
「どうすればリチャードさんに会えるんだろう……この間の誕生会の時は教会から転移させて貰ったけど、あの時ティリさんが、『緊急事態以外は使用禁止です!』って言ってたし……うーん……」
私が悩んでいると、突然私の5m程右の地面が爆ぜた。
「キャアッ!」
私はびっくりして尻もちをつく。すると、そこからもの凄く大きい銀色の何かが出てきた。観察してみると、その謎の物体は丸かった。そして、目と鼻と口と足と短い尻尾が付いている。
「モグラでしょうか? 大きいです……」
思わず丁寧口調が復活したけど、それは置いておいて私は再びその銀色のモグラ的生物を観察する。すると、その体格の割に小さくつぶらな瞳と私の目が合った。その途端、
「クウー!」
とその銀色モグラは鳴いて、自分が出てきた穴の中に戻っていった。
「何だったんでしょう……ただのモンスターでしょうか?」
私がこう呟くと、今度は友好獣のダンジョンの入り口から赤い何かが高速でいくつも飛び出してきた。それは真っ赤な猛禽類。バッサバッサと羽ばたきながら私の上を旋回し始めた。数は3羽。それらは暫く飛ぶと、また友好獣のダンジョンの中に戻っていった。
「さっきからモンスターばかり……しかし襲ってくるわけでもない……何なんでしょう、一体……」
私はまた丁寧口調でこう呟く。すると今度は私の5m程左の地面が爆ぜ、またさっきの銀色モグラと、それより少し小振りな金色モグラが出てきた。そして、銀色モグラの背中に乗っている人影が私に声をかける。
「こんにちは、ユリア。」
それはリチャードさんだった。
「あ、こんにちは、リチャードさん。あの、その銀色の大きいモグラは……?」
私が疑問を口にすると、リチャードさんはスラスラと答えた。
「こいつはうちのダンジョン最古参のモンスターであるジェネラルメタルモールのシルヴァ。うちのモンスターの中で攻撃力2番目、防御力1番目のモンスターです。最初はジャイアントモールだったんですが、キングモールに進化して、その後レア進化を起こしてジェネラルメタルモールになりました。それと、こっちはキングモール、さっき飛んでた猛禽類はうちの偵察モンスターでレッドスワローの進化系であるレッドイーグルとその進化系、フレイムイーグルです。」
そう言うと、リチャードさんは一度息継ぎし、更に続ける。
「本当はシルヴァに乗って来て貰おうと思ったんですけど、出ていったら怯えられた、ってシルヴァが言ったので、レッドイーグルとフレイムイーグルでユリアであることを確認して、今度は俺が迎えに来たんです。ただ、シルヴァでも2人乗りはちょっときついので、キングモールの方に乗ってください。」
私は言われるがまま、金色のモグラ、キングモールに乗る。毛がゴワゴワしていそうだったが、触ってみるとモフモフでほんのり暖かかった。布団みたい。
「こいつらは見た目の割に結構速いので、振り落されないように気を付けてください。まあ、万一落ちたとしてもモンスターには襲わないように言っておいたから大丈夫だと思います。血さえ出なければ、ですけど。」
「血が出たら……?」
「プレデターラビットとキラーバットがユリアのもとに集いてくるでしょうから、まず確実に命を落としますね。それが怖いなら護衛をつけますけど。」
そう言うと、リチャードさんは死霊のダンジョンで使っていた黒い死神の鎌みたいな武器を取り出した。確か名前はソウル・ウォーサイズ。
「護衛って、どんなのですか? 出来ればつけて頂きたいんですけど、見た目が怖いのはちょっと……」
「大丈夫ですよ。そんな怖いのとか気持ち悪いのとかはいませんから。【サモン・アシュラベアー】! 【サモン・エリートゴースト】! 【サモン・ムクロノハオウ】!」
リチャードさんがそう叫ぶと、3つの顔と6本の腕があるクマとローディアス、ムラマサが現れた。
「ベアゴロー、ローディアス、ムラマサ。プレデターラビット、キラーバット、ビッグワーム、ジャイアントワームが近寄ってきたら即刻追い払ってくれ。」
「グオオオオオ!」
『お任せください、主君!』
『貴公の望むままに。』
リチャードさんの命令に三者三様の返事を返すモンスターたち。
「ローディアスとムラマサに関しては怖くないですよね?」
「はい。」
「ベアゴロー……アシュラベアーはどうですか?」
「さ、触ってみてもいいですか?」
「いいですよ。ベアゴロー、ユリアがモフモフをお望みだ。近寄って確認させてやれ。」
リチャードさんがそう言うと、ベアゴローというらしい三面六臂のクマがノシノシと歩いて私の近くに来た。一番下の腕に触ってみると、今乗っているキングモールみたいにモフモフした感触が。小さい頃によく一緒に寝ていた大きなウサギの抱き枕を思い出した。
「怖くないです。」
「なら良かったです。じゃあお前ら、ちゃんと見張っていてくれよ。」
リチャードさんはそう言うと、
「シルヴァ、入り口から入ってコントロールルームまで穴を掘らずに進め。」
と自分が乗っている銀色モグラ、シルヴァに命令した。
「クウー!」
シルヴァはそう鳴くと進み始めた。それを追いかけるように私の乗っているキングモールも進む。そして、その後ろからベアゴロー、ローディアス、ムラマサがついてきた。
「到着です。ご苦労、シルヴァ、キングモール。」
「ククウー!」
「クウ。」
「お前らもな。」
「グオオ!」
『礼には及びません、主君。』
『貴公の役に立つことこそ我が喜びでございます。』
ダンジョンの奥へ奥へとひたすら進んで20分。人の足で進んだら1週間以上かかりそうな通路をもの凄い勢いで進むモグラたちと3体のモンスターのおかげで、私は怖がることも無く無事にコントロールルームに着いた。
「んじゃ、お前たち。今日は残り自由にしてていいぞ。侵入者がいた場合は除くが。」
リチャードさんはそう言うと、前にある木製の扉を開けて、
「俺の居住区へようこそ、ユリア。」
と微笑んだ。その時、扉の奥から緑色の魔力弾が突如として飛来。
「はあ……嫉妬が過ぎるぞ、ティリ。」
そう言いながらリチャードさんは私と魔力弾の間に割り込んだ。その行動によって緑色の魔力弾はリチャードさんに命中し、激しく嵐の魔力を撒き散らしながらリチャードさんを包み込むが、嵐が消えた時リチャードさんには傷一つなかった。
「あー、庇っちゃダメですよ、ご主人様。ユリアさんの抜き打ち魔力耐性チェックでしたのに。」
「ユリアは嵐耐性も風耐性も持ってない。テンペストボムはやりすぎだろ。」
「本気の30%しか魔力を込めてないです。あの程度なら命中したって死にはしませんよ。最悪でも植物状態で済みます。」
「ユリアがそうなったら俺が迷惑するんだが。」
「冒険者としての面で、ですか?」
「魔術師としての面で、だ。植物状態の人間を治癒して正常に戻すのは大変なんだぞ。」
「治せるならいいじゃないですか、別になったって。」
「だから、治すのが大変なんだよ! 術を48時間かけ続けなきゃならないんだからな。しかも、その間術者は患者以外と接触禁止、部屋から出ることすらできない。それでティリは嬉しいのか?」
「うう……」
「確かに俺はユリアの待遇を良くしすぎてるかもしれないから、それで嫉妬するのは構わないけど、そのイライラの捌け口に俺が面倒を見ている相手を使うのはやめてくれ。俺に対してならいくらでもぶつけていいから。」
……リチャードさんとティリさんの話には隙がなく、入って行けない。別に無視されてる訳じゃないっていうのは分かるけど、なんか寂しい。
「おや、客人とは珍しいですな。」
私がちょっといじけていると、奥の扉からねじれた杖を持った魔術師が出てきた。
「あ、ルキナスさん。お邪魔しています。」
「ああ、ユリア殿ですか。リチャード殿、ユリア殿が呆れておられますぞ。」
ルキナスさんがそう言ってくれたけど、リチャードさんとティリさんの言い争いは止まらなかった。
「……この調子では今日リチャード殿と話すのは無理そうですな。本日は紅茶でも飲んで、また後日出直してはどうですかな?」
「あ……じゃあ、そうさせて貰います。」
「では、紅茶を淹れましょう。こちらへどうぞ。」
ルキナスさんはそう言うと、さっき出てきた扉を開け、私を中へ招き入れた。
「……という訳で、私はこのダンジョンの同居人になったのです。ルーアとの結婚式も執り行ってくださいましたし、リチャード殿には感謝してもしきれませんな。」
私はルキナスさんの部屋でディンブラという紅茶を飲みながらルキナスさんがこのダンジョンの同居人になった経緯を聞いていた。
「それで急に行方不明になったんですね。」
「ええ。」
「ここって、他に同居人はいるんですか? 誕生会の日はいっぱいいましたけど。」
「私以外に2人と1体ですな。まず、私の結婚相手である小型イヌ種獣人のルーア・シェル・アリネ。それから、リチャード殿が街で雇った従業員である吸血鬼のキャトル・エレイン・フィラー殿。そして、居候している龍族の幽霊、セントグリフ・クレイティブ・カール殿です。」
ルキナスさんがこう言うと、急にドアがバンッと音を立てて開き、そこから青白く透けた人が浮遊しながら入ってきた。
『ルキナス! もうちょっと言い方ってもんがあるんじゃないか?』
「セントグリフ殿が居候なのは事実でしょう。」
『ルキナスだって居候みたいなもんじゃないか!』
「私はリチャード殿に家賃に相当する程度の魔法を教えております。ルーアも剣術を教えておりますし、キャトル殿は住み込みの従業員という立ち位置。つまり、現時点で居候なのはセントグリフ殿だけでしょう。」
『あー、クソッ! リチャードの屁理屈も苦手だけど、ルキナスの正論も苦手だ……』
そう言うと、青白い人……セントグリフさんは部屋から出て行った。
「言いたいことだけ言って出ていくとは……彼らしいといえばらしいですが、ユリア殿にも気付いておりませんでしたな。」
「そうですね。何か寂しいです。そういえば、ルーアさんとキャトルさんはいないんですか?」
「ああ、ルーアならウィキュシャリアのご両親の所へ行っております。キャトル殿はまだ眠っていますな。昨夜、リチャード殿と訓練をして8回ほど気絶したそうですから。」
「容赦ないですね、リチャードさんは。」
「彼の場合、敵に容赦したら死にますからな。」
そう言うと、ルキナスさんは紅茶を飲み干し、扉を薄く開けた。そして、
「とうとう攻撃魔法が飛び交い始めました。出たら死にますな。」
と淡々とした口調で恐ろしいことを言った。
「それじゃ帰れないですね……」
「いえ、帰れます。ちょっとこの杖に触れてもらえますかな?」
「あ、はい。」
私は首を傾げながらもねじれた杖に触れる。そしてルキナスさんが、
「イースト、ノース、座標指定。【ワープ】!」
と唱えると、私とルキナスさんの体が光の粒子に包まれ、一瞬の後に私たちはダンジョン入り口の近くに転移していた。
「では、また。お気をつけてお帰り下さい、ユリア殿。」
「はい、また遊びに来ます。紅茶ごちそうさまでした。」
私はそう言うと、フェリアイルステップを後にする。本当はリチャードさんともっとお話したかったんだけどな、と思いながら。




