閑話:前の主人、今の主人
「あ、そういえばムラマサ。」
ある日、俺はダンジョン整備の手を止め、ムラマサに声をかけた。
『何でしょうか、貴公?』
「お前、前の主人に会いたいとかって思わないか?」
『愚問ですな。今の拙者は貴公と戦い、敗れ、忠誠を誓った身。貴公に従い、貴公を守護する。それが現在の拙者の存在意義でございます。』
ムラマサはそう言い切る。
「じゃあ、前の主人はどうでもいいのか?」
『どうでもいい訳ではありません。ですが、彼は既に命を落とし、三途の川を渡ってしまっています。会いたいと思っても会える相手ではありません。』
「いや、そうでもないぞ。会いたいなら会わせてやる。」
俺がこう言うと、ムラマサが食いついてきた。
『貴公、それは本当でございますか?』
「本当だよ。嘘を吐くメリットも無いし。名前さえ教えてくれれば、今すぐにでも。」
俺のこの言葉に、ムラマサの眼窩が輝く。しかし、その輝きは一瞬だけで、すぐにムラマサは、
『……やはり結構でございます。』
と言った。
「何でだ? お前にデメリットはないだろ? 会いたくないのか?」
『会いたくないのでも、会いづらいのでもありません。本音を言えば今すぐ会いたい。しかし、今の拙者は貴公に仕える為にのみ存在しております。それ以外のことをするなど言語道断。ましてや我が儘など……』
「……ローディアスといいお前といい、俺の周りには面倒臭い奴しかいないのかよ、全く。」
俺はそう呟くと、
「ムラマサ、お前の前の主人だった獣人の戦士の名前を教えろ。」
と、ちょっと語勢を強めて言った。
『しかし……』
「これは命令だ。口答えは許さない。」
俺がこうトドメの言葉を放つと、ムラマサは観念したように、
『ジェームズ・ディア・サミュエルです。』
と言った。
「そうか。種族は?」
『獣人族、大型トラ種でございます。』
「分かった。じゃあ喚ぶぞ。」
俺はそう言うと、ムラマサ捕獲時に入手した【降霊】のスキルを発動させる。すると、俺の目の前にトラが出現した。まさかこれがジェームズなのか? そう思い、鑑定してみると……
ジェームズ・ディア・サミュエル
種族:幽霊(大型トラ種獣人)
職業:無職
レベル:101
スキル:鑑定眼(Lv6)
剣術(Lv21)
体術(Lv18)
盾術(Lv35)
調理(Lv7)
部分硬化(Lv8)
地属性魔法(上級)
嵐属性魔法(上級)
空間属性魔法(上級)
全属性魔法(中級)
獣化
憑依
技能:風圧拳(拳)
暗黒防御(盾)
称号:剛柔の覇者(体術威力大上昇)
生命の寵愛者(攻撃時相手の昏倒率上昇、殺害率減少)
絶対なる信頼者(仲間の攻撃力大上昇)
状態:獣化
体力:6000
魔力:12000
筋力:3700
耐久:800
俊敏:1000
抵抗:2000
どうやら獣化しているだけで、ちゃんとムラマサの前の主人であるジェームズの降霊には成功したらしい。しかし……
『グルル! グアルルル!』
怒っているのか、ジェームズは吼えまくっている。
「おい、落ち着いてくれ。俺はお前の敵じゃない。」
『グオオ! グアル! グルルル! グアルルルルル!』
何とか落ち着かせようと試みたが、ジェームズは吼えるのをやめない。仕方がないので俺はスキルの実で増えたスキル、【全言語理解】を発動させ、改めて落ち着けとトラ語で呼びかける。すると、ジェームズは目を見開いた。
『あなたは、トラの言語を操れるのか? 確か人がトラの言語を理解するには数百年かかるはずなのだが……』
「そのことに関しては触れないでくれ。それより、あんたがジェームズ・ディア・サミュエルか?」
『ああ、俺は大型トラ種獣人のジェームズだ。そしてここは……下界だな。ということは、あなたが俺を召喚した降霊師か?』
「……まあ、間違ってはいない。俺は降霊師じゃないけどな。」
『降霊師では無いだと? ならば死霊使いか! クッ、まさかそのような外道に使役される身に堕ちるとは……』
「いや、俺は死霊使いでもない。」
『ならば何なんだ!』
「ただのしがないダンジョンマスターだよ。」
俺がこう言うと、ジェームズは驚きに満ちた声をあげた。
『だ、ダンジョンマスターだと?』
「ああ、俺はゴーンドワナ大陸に存在する【友好獣のダンジョン】のダンジョンマスター、リチャード・ルドルフ・イクスティンクだ。」
『なぜダンジョンマスターが俺を召喚する! 俺はモンスターではないぞ!』
「んな事は分かってるよ。別に防衛に協力して貰おうとかも思ってないし、用事が済んだらお帰り願うから。」
『生者が死者に用事だと? 何の用だ!』
「会わせたい奴がいるんだよ。ほら、ムラマサ。」
俺はそう言ってムラマサを呼ぶ。ムラマサは鎧をガシャガシャと鳴らしながらこちらに来ると、ジェームズの前にひざまずいた。
『殿、再び御目通り叶い恐悦至極に存じます。』
『ムラマサ……本当にムラマサなのか?』
『はい。今からおよそ700年前、殿と21年間共に旅をさせて頂きましたムクロノハオウ、ムラマサにございます。』
『ああ、そんなに長く旅をしていたか……懐かしいな。』
『拙者も懐かしく思います。拙者に介錯をお命じくださったときは……』
『厳密に言えば、アレは介錯じゃないぞ。切腹したときに首を刎ねるのが介錯だからな。本音を言えば介錯して欲しかったが、あの時はもう、切腹できる程体力が残っていなかった。お前には辛い役目をさせたな。』
そうジェームズはしみじみと言うと、今度は一転、視線を鋭くして、
『それよりもムラマサ、なぜおまえはダンジョンの中にいる?』
とムラマサに聞いた。
『拙者は仕えるべき新たな主君を見つけたのでございます。それこそこのダンジョンのダンジョンマスター、リチャード・ルドルフ・イクスティンクにございます。』
『こいつがか?』
『然様でございます。我が新たな主君は、邪に囚われ人間を討つことしか考えられなかった拙者の心の闇を祓ってくださったのです。』
「おい、ちょっと待て、ムラマサ。俺はお前に憑いていた闇を祓った覚えはないんだが。」
『いえ、貴公は拙者の心を救ってくださったのです。殿の希望で殿を討ったというのに、それを咎められたことに怒り狂ってしまうような弱い心であった拙者に、貴公は誠心誠意向き合い、拙者の心を取り戻させてくれたのです。』
ムラマサのこのセリフ、なんか違和感がある。全くのでたらめではないのだが、全くのでたらめと言っていいほど違うだろう。そもそも俺はムラマサを倒して魂を捕獲しただけで、闇を祓ってはいない。ムラマサの眼窩を見ると、『話を合わせてくれ』と言っているように見える。
「別に話を合わせてもいいんだが、ジェームズに人間を殺しまくってたことを隠していいのか? 前の主人なんだろ?」
俺はムラマサにひそひそ声でそう話しかける。
『拙者の心が邪に囚われていたのは事実。そしてそれを祓い、拙者の心を取り戻させてくれたのは貴公でございます。それに、拙者は18人しか人間を殺しておりません。』
「結構殺ってるじゃないか。」
『600年以上で18人でございますよ? それほど多くはないでしょう?』
「さっさと2人殺した俺が言えることじゃないが、人を殺すのは良くないと思うぞ。そもそもお前は不死族なんだからダンジョンコアとられたところでステータスが軒並み下がるだけで死にゃしないだろ?」
『ですから、拙者は邪に囚われていたのです。あのダンジョンの邪素濃度はご存知でしょう? グリフォンすら邪汚染する程ですよ?』
「あー、もういいや、面倒臭い。」
俺はそう言うと、ジェームズに向き直る。そして、
「まあ、俺はそういうことをしたらしい。」
と言った。すると、ジェームズは頭を下げた。
『ありがとう、ダンジョンマスター。俺の友であり仲間であるムラマサの暴走を止めてくれて……』
「いや、礼を言われる程のことじゃない。俺は俺の目的を果たすために動いただけだから。」
『それでも俺は助けられたと思ってる。ありがとう。』
ジェームズがそう言いもう一度頭を下げると、急にその体が薄れ始めた。降霊の効果時間が過ぎたらしい。
『ダンジョンマスター、最後に一つ。もう一度、貴殿の名を聞かせて頂けるだろうか?』
「ああ。俺の名はリチャード・ルドルフ・イクスティンクだ。」
『リチャード、か。また喚んで貰えるか?』
「勿論だ。ムラマサが望めばいつだって。」
『そうか、重ねて礼を言わせて貰う、リチャード。』
そう言うと、ジェームズは完全に消え去った。
『貴公、殿を喚んでくださり、ありがとうございます。』
「気にするな。俺がやりたいからやったんだしな。」
俺はそう言うと、少し赤くなっている顔をウィンドウに向け、ダンジョン整備を再開したのだった。




