閑話:パーティーと飲み会
「ご主人様、ハッピーバースデー!」
「うわっ?」
急にティリに声をかけられ、俺はベッドから転がり落ちた。ドガッという鈍い音が上がり、一瞬遅れて腰と後頭部に痛みが走る。
「ご、ご主人様? 申し訳ありません! 驚かせてしまいましたか? 悪気は無かったんです! 許してください! 嫌いにならないでください! 捨てないでください!」
「大丈夫だよ、嫌いにならないし捨てないから。この程度ならすぐ治るし。」
俺はそう言うと、治癒魔法で痛みを引かせて立ち上がった。
「では改めましてご主人様、ハッピーバースデーです。」
「今日は誰かの誕生日なのか?」
俺が聞くと、ティリは首を傾げた。
「どうでしょう? とりあえず今日はご主人様の誕生日のはずですが。」
「俺の誕生日って今日なのか?」
俺のこの問いに、ティリは再び首を傾げた。
「どうでしょう? ご主人様は記憶を失っていらっしゃいますから、取り敢えずダンジョン開通1年記念! イエーイ! パンパカパーン! な今日をご主人様の誕生日にしようかと。ご主人様が私のご主人様になった日ですし。」
「じゃあ、2年前の今日が俺とティリが出会った日だってことか。」
「はい! ということで、今日はご主人様のバースデーパーティーです! ダンジョンの入り口はサブマスター権限で空間を捻じ曲げたので、今日は誰も入ってきません!」
「そうか、気遣いありがとう。じゃあ、今日は1日ゆっくりさせて貰うよ。」
俺はそう言ってティリに微笑みかける。すると、ティリの頬が真っ赤に染まった。やっぱり可愛い。
「ところで、俺は何かすることがあるのか?」
「いえ! 今日の準備は皆さんに任せてありますので!」
「皆さんって……ルキナスさんとルーアちゃんとキャトルとセントグリフか?」
「まあ、その4人は勿論ですが、他にもいらっしゃいますよ。ですが、それは会ってのお楽しみです!」
そう言って、ティリは俺の手を引く。
「ちょっと待て。どこに連れて行く気だ?」
「教会の部屋です! そこに準備して貰ってますから! 早く行きましょう!」
ティリはそう言うと、更に強く手を引っ張る。
「分かった分かった。そんなに急かすなって。」
俺はそう言うと、教会の部屋へと向かったのだった。
「ハッピーバースデー!」
教会の部屋に入ると、ルキナスさん、ルーアちゃん、キャトル、セントグリフ、リックさん、レオナルドさん、ユリアがそう言ってクラッカーの紐を引いた。パーンと小気味良い音が鳴って紙吹雪やらリボンやらが飛び出す。
「さあ、皆さん、今日の主役のご主人様です! プレゼントの用意は良いですか?」
ティリがそう言うと、全員が綺麗にラッピングされた袋を取り出した。そして1人1人説明を開始する。
「世界で最も稀有なダージリンと評されるシルバーニードルズです。100gあたり1万5000ゴルド以上の価値がありますな。」
これはルキナスさん。
「世界で一番高価な緑茶である大紅袍です! 値段は覚えていません!」
これはルーアちゃん。
「ルロリーマ大陸で作られたコピ・ルアクのコーヒーです! 1杯5000ゴルドくらいで、かつては映画の題材にもなりました!」
これはキャトル。
『最高級のシャンパン、ルイ・ロデレール・クリスタル。もの凄い高価で、王族でも滅多に飲めないはずだよ。』
これはセントグリフ。
「アサンドルでとれた麦から作ったエールビールだ。」
これはリックさん。
「ヤスパースの街に届く中で一番高価なワインです。この国で一番有名なワイン専門店でソムリエが選び抜いた極上の逸品です。」
これはレオナルドさん。
「私が魔境山の麓で汲んできた天然炭酸水です!」
これはユリア。みんなプレゼントをくれるのは素直に嬉しいのだが、1つ非常に気になることがあった。
「何で全部プレゼントが飲み物なんですか?」
俺のこの誰にともない問い。すると、ルキナスさんが答えた。
「プレゼントという物は自分が貰って嬉しい物を送るべきと聞きました。故に、私は私が貰って一番嬉しい最高級の紅茶、シルバーニードルズを選んだのです。恐らくユリア殿を除く他の方々もそうでしょう。飲み物になったのは偶然の一致だと思われますが。」
「偶然ですか……あ、そういえばティリはプレゼント用意してくれてるのか?」
俺が聞くと、ティリは、
「勿論です!」
と言って、自分の身長の5倍ほどある瓶を取り出した。
「これは最高級のハチミツで私が作った蜂蜜酒です!」
「ティリも飲み物なのか……」
俺は少し目眩を感じた。勿論、自分の大好きなもので俺の為にプレゼントを作ってくれたのだから、嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しい。だが、流石にここまで飲み物フィーバーだと……
「もしかして、蜂蜜酒はお嫌いでしたか?」
ティリが不安そうな顔で聞いてきたので、俺は慌てて、
「いや、凄く嬉しいよ。」
と、本心を述べた。しかしティリは不安そうな顔のまま、
「無理してそんなことを仰らないでください。お顔がアルカイックスマイルですよ。」
と言った。どうやら慌てていて、笑顔がぎこちなかったようだ。
「無理なんかしてないよ。俺がティリのくれたものを嫌いな訳がないだろ。」
俺はそう言うと、ティリがくれた蜂蜜酒をコップに注いで1口飲む。
「うん、美味しいな。蜂蜜酒は初めて飲んだけど。」
「ほ、本当ですか?」
「俺がティリに嘘を吐く訳がないだろ。本当だよ。」
こう言うと、ティリは幸せそうな顔になった。何度見ても可愛い。
『なあ、リチャード、他のプレゼントは受け取らないのか?』
「いや、受け取らないんじゃなくて受け取れないんだ。多すぎて持てないから。」
俺はそう言うと、指を鳴らしてルキナスさんとルーアちゃんの結婚式の時に使ったテーブルを召喚。その上にプレゼントを置いて貰った。と、その時、教会の扉が開き、
「リチャード殿、遅れまして申し訳ありませぬ。」
と言いながらルーカスさんが出てきた。
「こちらが、私からのプレゼントです。」
そう言うと、ルーカスさんは白い皿を差し出す。
「このお皿ですか?」
「いえ、この皿の上の料理です。」
そう言いながらルーカスさんが指を鳴らすと、皿の上にローストビーフが出現した。
「鮮度を落とさぬよう、次元のはざまに格納しておりました。私の故郷に良く出現する闘牛族獣系モンスター、ハリケーンバッファローのローストビーフです。これ以外にあと20頭分ありますので、なくなってもすぐに出せます。遠慮せずにお召し上がりください。」
そう言って満面の笑みでローストビーフを差し出すルーカスさん。果たして聖職者である神官が動物の肉を食べていいのか俺は疑問に感じたが、それをわざわざ指摘するのも野暮というものだろう。
「ありがとうございます。」
俺はそう言ってそれを受け取る。するとティリが、
「せっかく皆さんがこれだけ用意してくださったんですし、今日のパーティーメニューはご主人様へのプレゼントにしましょう!」
と声をあげた。どう考えたって1人で飲みきれる量ではないので俺もそれに同意し、やけに飲み物が多いパーティーが始まった。
「ごひゅひんひゃま……」
2時間後、ティリが酔ってテーブルの上で倒れていた。顔は赤く、呂律も明らかに回っていない。
「うーん、俺たちはまだ全員大丈夫なんだけどな……酔いざましのポーションでも用意しておくべきだったか……」
俺はそう呟く。ルキナスさんとリックさんはかなり飲んでいるが平然とした顔だし、レオナルドさんも少し顔が赤いような気がするがまだまだ大丈夫そうだ。俺もこのパーティの主賓ということで一番多く飲まされているが、体質的にはアルコールに強いようで全然酔っていない。ルーアちゃんとユリア、それにキャトルはちょっと酔っているみたいだが、それでもせいぜい爽快期かほろ酔い期。ルーカスさんに至っては、『聖職者として酒を飲む訳にはいきませぬ』とか言ってローストビーフを食べているだけ。飲酒に気を遣って食肉に気を遣わないのは聖職者としてどうかと思ったが、ともあれ酒を飲んではいないので酔ってはいない。しかしティリは確実に爽快期、ほろ酔い期、酩酊初期、酩酊期をすっ飛ばして泥酔期に入っている。俺と同じペースで飲もうとするから、無理しないでいいと言っておいたんだが……
「ふみゅう……むにゃむにゃ……」
とうとうティリは眠ってしまった。
「ティリ、こんなところで寝ちゃったら風邪ひくぞ。」
俺はそう言うと、ドールハウスからベッドを取り出してティリをその上に運んだ。
『リチャードは自分の祝いの席でもティリちゃん至上なんだな。』
「当たり前だろ。ティリはこの世界で最も素晴らしい、そこにいるだけで尊崇されるべき最高の存在だからな。」
俺はそう言うと、ティリの頭を撫でる。ティリは眠っているのにホワホワになった。
「あー、幸せだな……ダンジョンマスターになりたての頃は、こんな幸せになれるなんて思ってもみなかったけど……」
「それはリチャードさんがいい人だからですよ。リチャードさんが人を助けるいい人だから、今リチャードさんは幸せでいられるんです。備えあれば憂いなし、ですよ!」
「ユリア、そこは情けは人の為ならず、の方が適切かと思います。」
俺はそう訂正してから、
「まあ、それならこれからも幸せが続いてくれることを願います。これからもよろしくお願いします。」
と言った。ちょっと照れくさかったが、ルキナスさんたちはしっかりと頷いてくれたので、俺はホッとする。そして、喜びに満たされたまま、パーティーは続くのだった。
著者コメント
目標より少しばかり投稿が遅れてしまい申し訳ありません。尚、これの掲載時点で上がっていないsideティリに関しましては、できるだけ早く投稿致しますので、ご容赦の程よろしくお願い致します。
尚、リチャードにプレゼントとして渡された飲み物は全て実在します。コピ・ルアクはジャコウネコの糞から生成されているコーヒーで1杯5000円程。シルバーニードルズ、大紅袍、ルイ・ロデレール・クリスタルに関しては興味を持ったら調べてみてください。




