8.初めての偵察
「いよいよこの時が来たか……」
俺は少し緊張した面持ちでそう呟いた。いつもは羽根を使って空中を飛んでいるティリも、今は俺の肩に座ってウィンドウを凝視し、身じろぎどころかまばたきすらしない。俺とティリが注目しているウィンドウの表示は……
【ダンジョン開通まで残り30秒です。】
こうしている間にも数字は1ずつ少なくなっていく。あと20秒……あと10秒……3、2、1……
――ドカン!
大きな音が響いた。ダンジョンの入り口を塞いでいた土がぶち抜かれ、地上世界とこのダンジョンが繋がったことを証明する音だ。本当に繋がったんだな、と思っていると、突然ダンジョンコアが青く輝いた。慌ててウィンドウを見ると、そこには新しい表示が。
【ダンジョンが開通しました。ゴルドshop機能を解放します。】
「ゴルドshop? 何だそれ?」
俺が呟くと、それまでずっと微動だにしていなかったティリが飛び上がり、俺の目の前に移動して説明を始めた。
「えっと、ゴルドshopはこれまでご主人様が使ってきたshopとは違い、通貨【ゴルド】を使用してDPを使用せずに物品を入手できるshopです。冒険者を撃退した場合、所持金を奪うことができますから。ただ、今は所持金が0なので使用できませんね。」
「そっか。じゃあ確認するのは後でいいや。それより、ダンジョンが無事開通したことだし、外から来る侵入者の事を調べておこう。レッドイーグル、東西南北の一番近い街まで偵察しに行ってくれ!」
ダンジョンコアを通じて命令を与えると、5体いるレッドイーグルのうち4体がバサバサと羽ばたきながらダンジョンの外へと出て行った。すると、その途端4つのウィンドウが出現した。それぞれに外の様子が映し出されている。恐らくレッドイーグルのスキル【視界共有】が発動しているのだろう。
「そういや、外見るのって、ダンジョンの設置位置決めた時以来だよな?」
「そうですね。久しぶりに見た気がします。私は緑色を見ていると何だか気持ちが落ち着いてきます。」
ティリは先ほどまでは緊張の為か、それともこれまでのトラウマの為かちょっとこわばった顔をしていたのだが、今はリラックスしたような表情を浮かべている。落ち着いた気分になるならいいことだ。
「うーん、あいつら飛ぶのは速いけど、山があるから街に到着するまで時間がかかるよな。第8階層を設置しておくか。通路はまだ掘らせないようにして。」
俺はそう呟くと、1万DPを消費して第8階層を設置し、モールとワームには穴を掘らないように指示を出す。そして、箱型領域を2つ設置した。
「ご主人様、穴を掘らせないでよろしいのですか?」
「いいんだよ。昨日言っただろ? 深くし過ぎて怪しまれるのは嫌だって。自滅にもなりかねないしな。」
俺はティリの問いにそう答えながら、shopの【アイテム】を開き、1つ100DPの【宝箱】を8つ召喚。入り口付近に4つ、深さ39のところに作った沼の奥に4つ設置した。この設置した宝箱から何が出るかは俺にもわからない。剣や盾や鎧などの戦闘に役立つ物が出ることもあれば、モンスターやトラップが出現することもある。ランダムで中の物が変化する為、開けるタイミングも結構重要らしい。と、こんなことをしている間に北へ飛んでいっていたレッドイーグルが街に着いたらしい。ウィンドウには大きな門が映っており、その上部に【商業都市 ホイジンガ】と飾り文字で彫られている。
「ティリ、ここがどんなところか分かるか?」
そう聞くと、ティリはスラスラと答え始めた。
「はい。商業都市ホイジンガは人口凡そ1万3千人ほどの街で、名の通り商業活動が盛んです。定住者は戦闘にあまり慣れていませんが、冒険者が物品を求めてよくやってくるので、冒険者に仕事を斡旋する施設、【冒険者ギルド】の支部が存在します。今ウィンドウに映っているレンガ造りの建物が冒険者ギルドです。」
そう言われてウィンドウを見ると、4階建てくらいの立派な赤レンガ造りの建物が映っていた。
「冒険者ギルドでは、山脈や草原に生息する危険な野獣やモンスターの討伐からダンジョンの攻略まで、様々な依頼を冒険者に紹介しているみたいです。このダンジョンの存在も明らかになれば、攻略対象になるでしょう。まあ、もっとも、私が今までにいたダンジョンは……ムグッ?」
「昔の話はするな。今の、このダンジョンについてのことを考えてろ。」
俺はティリの口を半ば強引に塞ぐと、他のウィンドウに目を向けた。別の方角へ飛んでいったレッドイーグルも街には到着していたようで、ウィンドウには飾り文字で彫られた町の名前が映し出されていた。
【武装都市 ウェーバー】
【農業都市 アサンドル】
【工業都市 ヤスパース】
「ティリ、この中で冒険者ギルドがあるのは?」
「武装都市ウェーバーだけです。他の街には冒険者はあまり来ることが無いらしいので。」
「そうか、分かった。じゃあ、北と東を重点的に警戒することにしよう。レッドイーグル、もういいぞ、戻ってきてくれ。」
ダンジョン外にいるのでダンジョンコア命令が届くか少し不安だったが、特に問題は無いようで、レッドイーグルたちは街からこちらへ向かって飛び始めた。少しホッとする。するとその時、ダンジョンコアが何の前触れも無く、激しくフラッシュした。
「うぉっ! な、何だ急に?」
慌ててウィンドウを見ると、そこには、
【北より冒険者が3名接近中です。】
と無機質な文字で表示されていた。
「嘘だろ……もう冒険者かよ……平原に用がある奴らだったら確実に見つかっちまうな……」
俺はそう言いながらも、最初からネガティブではいけないと思い、モンスターたちに指示を飛ばす。
「ウルフ10体、第1階層の深さ4の地点で敵を迎え撃つ準備をしろ! それと、ソイルウルフ、落とし穴の上を薄く土で塞ぎ、その近くで待機! ジャイアントワームは沼の下で奇襲の準備だ! 残りのモンスターは3体以上の群れでダンジョン内を巡回して、敵を見つけたら即排除行動に移れ! ただし、怪我を追ったら無理はせず撤退しろ! 自らの命は最優先だ!」
こう命令すると、モンスターたちは俺の命令に従い、冒険者が侵入してきた場合に備えてダンジョン内を移動し始めた。
「あ、ご主人様! 敵の姿が映っています!」
ティリに言われてウィンドウを見ると、北に行っていたレッドイーグルの視界ウィンドウに3人の男の冒険者が映っていた。大剣を担ぎ、フルプレートアーマーを着けた重戦士、軽装備で腰に長剣を差した剣闘士、そしてねじれた杖を持ってローブを羽織った魔術師だ。
「接近戦ではこっちが不利、加えて姿を見られたら魔法で一掃される、か……なら仕方ない。ちょっと高いが、出し惜しみしている場合じゃないしな。」
俺はそう呟きながらshopを開くと、1体につき1000DPもかかるちょっと高級なモンスターを5体召喚し、侵入者に備えるのだった。
ダンジョン名:‐‐‐‐‐‐
深さ:71
階層数:8
DP:4万800P
所持金:0ゴルド
モンスター数:205
内訳:ジャイアントモール 10体
キングモール 30体
ウルフ 40体
ソイルウルフ 20体
ファイアウルフ 20体
ウォーターウルフ 20体
ビッグワーム 25体
ジャイアントワーム 30体
レッドイーグル 5体
??? 5体
侵入者数:0
撃退侵入者数:0
住人
ダンジョンマスター(人間)
ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルト(妖精)