side ユリア 文豪の告白とリチャードの豹変
「うーん、うーん……」
私、ユリア・エステル・ローレライは家で悩んでいた。リチャードさんに振り向いてほしいけど、ティリさんを溺愛してるリチャードさんをどうすれば振り向かせられるのかが分からない。惚れ薬は効かないし、色仕掛けとかは興味なさそうだし……
「あ、そうだ。結婚式の専門家に聞いてみよう!」
私はそう思い付いた。この街には教会があって、そこは最近凄く新しくなった。ということは、最近寄付金を貰ったということだ。寄付金の額が一番多いのは結婚式だから、結婚式を執り行った可能性が高い。
「あそこの神官さんなら何か分かるかも!」
私はそう思い、家を飛び出した。
「……という訳なんです。どうにかなりませんかね?」
私の相談に神官であるルーカス・カーター・ドモンさんは困った顔をした。
「リチャード殿に振り向いてもらう方法、ですか……小生は既にリチャード殿とティリウレス殿の結婚式を執り行ったので知っておりますが、あの溺愛ぶりは尋常ではありませぬ。世界一の美人に言い寄られても揺らぎそうにはありませぬし……」
「でも、どうにか! どうにかリチャードさんを振り向かせる方法は……」
「リチャード殿は普通ではないですからな。殺される覚悟がおありなら、ティリウレス殿をさらって監禁でもすればよろしいのでは? 意味は違いますが、振り向いてもらえますぞ。」
「そういう物騒なのじゃなくて、もっと平和的に出来ませんか?」
「そう言われても彼は何分規格外ですからな……リチャード殿を連れ去ることは可能かもしれませんが、確実にティリウレス殿に地の果てまで追いかけ回されますし……諦めるか当たって砕けるかの2択ですな。」
「成功率0じゃないですか! 当たっても砕けるんじゃ……」
「ユリア殿、それが現実というものです。そもそも、リチャード殿の恋愛対象はティリウレス殿をおいて他にいらっしゃらない。成功率など考えるだけ無駄なことです。後悔したくないのであれば当たって砕けるべきです。拒絶が怖いのなら胸に秘めて諦めるべきでしょう。」
「ルーカスさんはどっちが良いと思うんですか?」
「小生が意見することではありませぬ。ユリア殿ご自身でお決めになるのがよろしいかと。」
「ルーカスさんはこういう片想い、したことが無いんですか?」
「ええ、一度も。それに、欲しければ奪い取るのが魔族の流儀ですからな。通常の物品の場合は取引ですが、金銭には変えられない愛情や心はライバルを蹴落として略奪し、支配するものなのです。あくまで魔族は、ですが。」
「私は魔族じゃありません! 人間です!」
「でしたら尚のこと、小生の意見は必要ないでしょう。自分で自分が納得できる答えを見つけてくだされ。但し……」
「但し?」
「もしリチャード殿に告白するのであれば、こちらの教会にお越しください。小生がダンジョンまで呼びに向かいますので。」
「私が直接行っちゃダメなんですか?」
「ダンジョンへリチャード殿に告白する為に向かった場合は良くても黒焦げ、悪くすればペーストか粉微塵か灰すら残さず消し飛ばされるかです。リチャード殿に愛を伝えるとは即ち、ティリウレス殿に嫉妬されるということ。彼女に嫉妬された場合、ユリア殿に未来はありません。100%、確実に、間違いなく命を落とすことになりましょう。」
「そ、それは流石に冗談ですよね……?」
「冗談とは失敬な! 小生は魔族とはいえ神官ですぞ! 神の御前で虚偽を騙るなどという行為をするようなものではありませぬ!」
いきなりルーカスさんが激怒した。鬼のような形相で私を睨みつける。
「あ、す、すみません……」
「分かればよろしい。まあ、恋の末亡くならないように。」
「はい、本日は相談に乗って頂き、ありがとうございました。寄付金はどのくらい……」
「ああ、寄付金は結構です。恋愛相談に関して、小生は無力ですからな。」
「そんなことないと思いますけど……でも、そう仰るなら寄付金の方はお言葉に甘えます。ありがとうございました。」
「あなたに神のご加護がありますように。」
そう言うルーカスさんの声を背に、私は教会から出た。
「えっ? 嘘、もうこんな時間?」
家に帰ってからもうだうだ悩んでいたら、いつの間にか午後8時を過ぎていた。
「もう分からない……どうすればいいのか分からない……リチャードさん大好きってことしか分からない……」
私はそう呟くと、窓の外に目を投じる。そこには綺麗な満月が浮かんでいた。それを見た瞬間、私の脳内に電撃が走る。いい案が浮かんだのだ。だけどそれは今日、それも月が出ている間じゃないとできない。私は急いで教会へと向かった。
「当たって砕けることにしたのですか?」
「はい。」
「では呼んで参ります。少々お待ちくだされ。」
そう言うとルーカスさんは教会入り口の魔法陣で転移し、リチャードさんを呼んできてくれた。
「ユリアさん、俺に用って何ですか?」
いつもの爽やかな笑みを浮かべてリチャードさんは言う。
「ちょっとここでは言いにくいので、教会の外で言ってもいいですか?」
「構いませんよ。」
リチャードさんが了承してくれたので、私は教会の外に出てからこう言った。
「リチャードさん、つ、月が綺麗ですね。」
こう言うと、リチャードさんはキョトンとした顔で、
「えっと、すみません。良く聞こえなかったので、もう一度お願いします。」
と言ってきた。
「つ、つ、月が綺麗ですね。」
私がもう一度言うと、リチャードさんはしばし沈黙した後、
「……そうですね。」
と言ってくれた。私はその返事を聞いて心の中で大喜びし、リチャードさんに抱き付く。
「ユリアさん、いきなり何を?」
「何って、告白を受け入れてもらえたから抱き付いてるんですよ。」
「ちょっと待ってください。ユリアさんがいつ俺に告白したんですか?」
「たった今です。月が綺麗ですねって言ったじゃないですか。これは著名な作家、サマーアイ・マウスリンス・ストーンが告白に使ったセリフです。」
「……俺その人知りません。」
「え? じゃあ、さっきの『そうですね』っていうのは……」
「単なる返事です。実際月は綺麗ですし。」
「じゃあ、告白を受け入れてくださったわけじゃ……」
「ありません。それとですね……」
そう言うと、リチャードさんは私を見据えて、
「おいユリア。お前、あんま調子くれてんじゃねえぞ!」
と怒鳴った。
「何回言えば分かるんだお前は! ええ?」
「は、はい?」
「何回言えば分かるっつってんだよ! 俺にはティリがいるって言ってるだろうが! お前のことを受け入れる気なんかねえんだよ!」
リチャードさんはどんどん怖い顔になっていく。私はそれを見て……
「はにゃああ……」
と蕩けた。
「リチャードさんの知らない一面が見れた……ワイルドで格好いい……しかも私を呼び捨て……」
私がうっとりしながらこう呟くと、リチャードさんは、
「リチャード殿、どうやら逆効果のようですぞ。」
と半ば呆れたような声で言った。リチャードさんが『リチャード殿』かと言ったことに私が困惑していると、教会からルーカスさんが出てきて、
「そうですね、ルーカスさん。これで諦めて貰いたかったんですが……」
と言うと、指を鳴らした。すると、リチャードさんはルーカスさんに、ルーカスさんはリチャードさんに変身。
「え? 一体何が……」
「幻惑属性魔法の【フォルムチェンジ】と【ボイスチェンジ】です。外見と声を最大2時間まで取り替えることが可能で術者の意思でいつでも解除できます。」
リチャードさんのこの解説で、私は全てを理解した。ルーカスさんがダンジョンにリチャードさんを迎えに行った時、ダンジョンの中で姿と声を取り替えたんだ。
「会話は全て聞いていましたが、俺もサマーアイなんたらとかいう人のことは知りません。それと、許容の限界を超えたら俺だって怒鳴ります。性格も豹変します。特に、今は街で気を遣いまくった後ですから、かなり機嫌が悪いです。あまり刺激しない方が良いと思いますよ。」
リチャードさんはそう言うと、ゾッとする程綺麗な微笑みを浮かべた。笑っているのに何だか怖い。でも私は、今の話を聞いて1つだけ言いたいことができたから、恐怖をはねのけて言った。
「1つだけ言わせてください。」
「何ですか?」
「私には気を遣わないで、素で接してください。それができないなら、せめて私のことを呼び捨てに……」
「いいんですか? 俺は呼び方を決めたら、多分もう二度と改めませんよ?」
「構いません。」
「分かりました。これでストレッサーが1つ減ります。ありがとう、ユリア。」
リチャードさんはそう言って微笑む。そして、
「ティリにあらぬ疑いをかけられそうなので、そろそろお暇します。じゃあ、また。」
と言うと、転移陣で帰っていった。
「相変わらずつむじ風ですな……まあ、それはそうとユリア殿、これからどうするおつもりですか?」
「ティリさんに疑われない程度にアピールを続けます! まず呼び捨てにして貰うっていう目標はクリアしましたし!」
ルーカスさんの問いに、私は笑顔でこう答えたのだった。
サマーアイ・マウスリンス・ストーンは日本語に訳せば誰か分かります。直訳です。
サマーは夏、アイは目、マウスリンスはうがい、即ち口をすすぐ、漱ぐ、そしてストーンは石なので、もうお分かりですよね?
尚、彼が【I love you】をこう訳したというのは実話です。ご存知の方もいるかとは思いますが、念の為。




