side ケイン 副業と惚れ薬
「ケーイーンー!」
ある日の昼、僕が郵便物の整理をしていると、ユリアがそう言いながら郵便局に飛び込んできた。
「どうしたの、ユリア? 旅行の誘いなら受けないよ。今月は休めないから。」
「今日は遊びの誘いじゃなくて、頼みがあるの!」
「頼み? 嫌な予感しかしないけど、一応聞こう。何?」
「惚れ薬を作って! 今すぐ! 一生のお願い!」
「ユリア、君の一生は何回あるんだよ……」
「そんなことを言っている暇はないの! 一刻を争うんだから!」
「惚れ薬が必要な一刻を争う事態なんて無いだろ。まあ、作らないけどね。」
「何でよ! 可愛い元同僚の頼みを聞いてあげようっていう優しさは無いの?」
「可愛いのは認めるけど自分で言わない方が良いよ。それと、ちゃんと頼みは聞いた。」
「その聞くじゃないわよ! それに、惚れ薬を作れる薬剤師なんてこの辺じゃケインしかいないでしょ! だからお願い!」
「嫌だよ。ユリアと惚れ薬が絡むとロクなことが無いじゃないか。毎回かけるだけで効果があるタイプを使うからモンスターにかかるわ同性の人にかかるわ……黒歴史になってるだろ?」
僕は過去にユリアが惚れ薬を使って起こした数々の事件を思い出し、身震いした。
「うう……それはそうだけど……でもいいじゃない! 今度は失敗しないから! だから作って!」
「断る。そもそも僕の本業は郵便局員なんだから。薬剤師はあくまで副業だし。」
「じゃあ何で本業が薬剤師の人でも作れない惚れ薬が作れるのよ!」
「そんなこと僕に言われても……知らないうちに身についてた調合スキルの効果としか言いようがないよ。兎に角、惚れ薬は作らないからね。どうしても欲しいなら王都にでも行って買ってくれば? 1瓶300万ゴルドぐらいで売ってると思うよ。」
「そんなこと言わないでよ! お願い!」
「……誰に使うつもり?」
「リチャードさんに決まってるじゃない!」
「やっぱりね。絶対に作らないから、諦めて帰って。」
「何でよ! リチャードさんに使っちゃダメっていう理由でもあるの?」
「沢山あるよ。まず、ユリアが命の危険に晒される。次に、僕が命の危険に晒される。更に、リチャードさんは特殊な立場上、ユリアと恋仲になれない。」
「特殊な立場上って言っても平和主義のダンジョンマスターでしょ? リチャードさん、今度遊びに来ていいって言ってたからそれは大丈夫!」
そう言ってどや顔をするユリア。
「今のどこに威張る要素が……? まあいいや。兎に角あの人はそれ以外にも色々複雑なんだよ。」
「でも、私はリチャードさんが好きなの! 大好きで、離れたくないって思ってて……」
「だからって、惚れ薬でリチャードさんの心をユリアに向けるのは良くないと思うけど。惚れ薬を使うって時点でユリアはティリちゃんに負けてるって言ってるようなものだし。それに、惚れ薬でリチャードさんに好いて貰ったとして、ユリアはそれで満足なの?」
僕はユリアの目をしっかりと見据えてそう言った。
「それでユリアが満足なら別に構わない。材料を集めてきてくれれば、特別のお値打ち価格、300ゴルドで惚れ薬を提供してあげてもいいよ。でも、偽りの気持ちでリチャードさんの本当の気持ちを永久に封じ込めて、苦しめて、それでユリアは本当に幸せなの?」
「そ、それは……」
「リチャードさんは謙虚で誠実で平和主義で権力に媚びたりしない人間の鑑だ。ダンジョン攻略の時なんか、身を張ってユリアを庇ったりしてくれたんじゃない?」
「そうだけど……」
「だったら、自分の力でリチャードさんの心を掴めばいいじゃないか。惚れ薬でリチャードさんの気持ちをユリアに向けても、それは偽りの愛だ。リチャードさんの本当の愛じゃない。」
僕はここで1度息継ぎすると、更に続ける。
「惚れ薬でユリアを好いてくれるリチャードさんは『ユリアが欲しいリチャードさん』であって、『本当のリチャードさん』じゃない。その状態は居心地が良くて幸せだろうけど、全て仮初だ。ユリアは真面目だから、そのうち『こんな中途半端な状況で、いつまでもリチャードさんに寄りかかっていられない』って思い始めるだろうね。」
「…………」
「分かっただろ? ユリアが欲しいのは『ユリアの後ろを歩く為に存在するリチャードさん』じゃなくて、『ありのままのリチャードさん』なんだよ。ユリアの前を歩いて、ユリアの歩く道を切り開いて、ユリアを守ってくれる。そういうリチャードさんにユリアは惹かれたんだ。」
僕がこう言った時、リチャードさんが郵便局に入って来た。ユリアに近寄って、満面の笑みを浮かべたリチャードさんは、
「ユリアさん、上昇した能力に見合った【ミスリルソード(優)】です。魔術付与もしておきましたから、そう簡単には劣化しません。安心して使ってください。」
と言って、ヨーゼフが打ったミスリルソードを差し出した。
「あ、ありがとうございます!」
そう言ってはにかみながら受け取るユリアの頬は真っ赤に染まっている。
「ユリアさん、熱でもあるんですか? 顔が赤いですよ。」
心配そうな顔でリチャードさんは言う。
「だ、大丈夫でひゅ!」
「え?」
「大丈夫でしゅ!」
「あの……」
「大丈夫です!」
「大丈夫じゃないでしょう。2回も言い間違えるなんて……もしかしたらムラマサに斬られた後遺症かもしれません! 病院へ行きましょう!」
「大丈夫です! 気にしないでください!」
ユリアはそう言うと、僕に縋るような目を向けてきた。しかしリチャードさんはそんなことなどお構いなし。
「大丈夫だっていう人ほど大丈夫じゃなかったりするんです! 兎に角、一回診て貰いましょう! 診療代は俺が払いますから!」
そう言うと、ユリアを引きずるようにしながら郵便局から出ていこうとする。
「無理に連れていこうとしないでください! あとケイン、見てないで助けて!」
ユリアは悲痛な叫びをあげる。するとリチャードさんはユリアから手を離した。
「え?」
「本当は最初から病気だなんて思ってませんよ、ユリアさん。どのくらいまで自分で対処しようとするか見てみたかっただけです。試すような真似してすみません。」
リチャードさんはそう言うと、ユリアに軽く頭を下げる。そして、
「ケインさん、ちょっと気になることがあるので、家に上げて頂けますか?」
と言ってきた。
「ええ。構いませんよ。」
僕はそう言うと、金庫室の隣、家の玄関のドアを開けた。リチャードさんとユリア、お似合いなんだけどな……と思いながら。




