side ティリ 私のご主人様
私はダンジョン付きの妖精、ティリウレス・ウェルタリア・フィリカルトと申します。お仕事は、ダンジョンを作るダンジョンマスターのサポートです。ダンジョン付きの妖精は、ダンジョンの支配者たるダンジョンマスターに逆らうことができません。どんなに理不尽なことを言われても、反論すら許されず、出来る返事は「了解しました」のみです。ダンジョンマスターを主人として崇め、ひたすら命令をこなす。酷い時には感情を表に出すことすら許されない。私が持つことの出来る安息の時間は、ダンジョンマスターが眠っている時間だけです。唯一の安息の時間、私はいつもダンジョンマスターが無駄にDPを消費して広くしたコントロールルームの隅っこで泣きじゃくっていました。毎日、毎日、ずっと……
私がいるダンジョンは、いつもあっさりと、まるで砂で作ったお城が崩れるかのように崩壊しました。ダンジョン開通後長くても90日、短い時には5日で。しかも、最初にやって来た冒険者に攻略されるという悪夢のような状況の中。その冒険者は、ダンジョンマスターの防衛手段を簡単に看破し、あっという間にコントロールルームに来ると、ダンジョンコアを強奪していきます。ダンジョンコアはダンジョンの中枢であり心臓であり核であり、そしてダンジョンマスターの命と直結している最重要品。つまり、ダンジョンコアを奪われたダンジョンのダンジョンマスターの命は失われることになります。そして、ダンジョンマスターの最期、それはいつも同じ。一人の例外も無く、私を冷酷かつ残忍な目で睨みつけ、「お前のせいだ、この死神め」と心底恨めしそうな声で言い、息絶えていきました。私は毎回その言葉に深く心を抉られ、号泣し、ダンジョンマスターに仕えなければならないという自分の運命を呪い……いつしか、私はダンジョンマスターに嫌われる為に生きているのではないかと思うようになりました。
そんなこんなでいくつもいくつも、沢山のダンジョンを渡り歩いた私は、また新しく作られるダンジョンのコントロールルームに入りました。そこにいたのは、幸せそうな顔で眠っている1人の人間の男性。この時、私の心は荒みきっていました。その為、どうせこの人も目を覚ましたら私を機械のようにこき使うのだろうと思いました。そして、いくら頑張っても最終的に嫌われるのだから、どうせなら最初から嫌われてやろうと思い、水を降り注がせる【アクアトピア】という魔法をぶちかましました。冷水を何の前触れも無くぶっかけられた私の新しい主人は目を覚ましましたが、私の姿を見ると、なんと二度寝を始めたのです。私はもう一度アクアトピア。しかし主人は再び私を見ると、まさかの三度寝。もう一度アクアトピアをすると、主人は漸く覚醒しました。私は、3回も冷水をぶっかけたのだからこの人にも嫌われただろうと思いました。しかし、その人は私を嫌いになってはいませんでした。それどころか、私にダンジョンの位置の意見を求めたり、配置するモンスターを決めたことを笑顔で話してくれたりと、私が今まで感じたことのない、優しさをくださいました。でも私は、その人に優しくされれば優しくされる程、辛くなりました。最初はどんなに良くしてくれても、いずれは私の事を嫌いになり、ゴミか虫螻か嫌悪する何かを見るような目で見てくるのだろうと思ったからです。私は、この優しい人にもそんな目を向けられるのだと思うと、怖くてたまりませんでした。だから、自分の呪われた宿命を言わないように欺き続け……でも、そんな日も終わりを迎えました。毎日毎日私にまぶしい笑顔を向けてくださる、初めて心の底から尊敬することができる『ご主人様』を欺いていることに耐えられなくなった私は、自分はダンジョンを90日以内に崩壊させてしまうダンジョンの死神だと伝えました。結果、ご主人様は激怒し、私を怒鳴りつけました。「自分をそんなに卑下するな」と。私の為に本気でご主人様は怒ってくれる。私はこのことをとても嬉しく思いました。でも、それ以上に嬉しいことが起こりました。それはご主人様が怒りをすべて吐き出した後に口にされた「俺はティリの全てを肯定するから」というお言葉です。私の目から、初めて嬉し涙がこぼれました。
それからずっと、私はご主人様のサポート作業としてダンジョン内を飛び回り、ダンジョン内の魔力濃度のこと、モンスターのことなどを調査してご主人様に伝えてきました。今までのダンジョンマスターはそういうことをすると、「余計なことをするな」と叱ってきましたが、ご主人様はそんなことはありませんでした。いつも感謝してくださり、対策を考える時も、私の意見を使ってくださいます。私は、今まで人に必要とされたことがありませんでしたが、ご主人様が必要としてくださったことで、人の為に働く喜びを知ることができました。
私がご主人様と共に作り上げたダンジョンは、遂に明日開通します。見つかりにくいところにあるとはいえ、数日のうちに冒険者がやってくるでしょう。でも、簡単には落とされないはずです。このダンジョンは、私とご主人様が一緒に頑張って作り上げたダンジョンなのですから。
ご主人様は、私が知る中で最高のお方です。優しく、賢く、心が強く、犠牲を嫌う。人間の、いや、全ての種族の鑑です。ご主人様が素晴らしいということだけは、誰にも否定させません。
「ん……」
あ、ご主人様がお目覚めになりました。ダンジョン開通まであと30分ほどあるのに、いったいどうしたのでしょう。
「どうかなさいましたか、ご主人様?」
「いや、ちょっと目が覚めちゃっただけだ。ティリこそ、なんでこんな時間に起きてるんだ?」
「ちょっと昔のことを思い出していました。」
「またお前を邪魔者扱いしたダンジョンマスターの事を思い出していたのか?」
ご主人様は心配そうな顔をなさいました。やはりお優しいです。
「そのことについても少しは思い出していましたが、一番多く思い出していたのはご主人様とお会いしてからの事です。」
私がそう言うと、ご主人様は少し頬を赤らめました。照れていらっしゃるのでしょうか? ちょっと可愛いです。
「ま、ティリがネガティブになってないならいいんだけど。明日、っていうかもう30分もしたらダンジョン開通だし。ティリ、これからも俺の事を支えてくれるよな?」
ご主人様の問いに、私は満面の笑みを浮かべて大きく頷きました。
「はい! もちろんです!」
という訳で、ティリ視点の閑話で第1章は終了、次回から第2章となります。
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