第3話 普通vs特殊
ー初期、作画設定資料ー
(スマートフォンの場合、クリックで全体画像見ることができます。パソコンは未確認です)
佐藤直樹、鈴木幸一、スケイル。
翌日、学校へ向かう足が重かった。昨日久しぶりに走ったからだろうか、それとも”こいつの”せいだろうか。スケイルは契約以来、直樹に付きまとうようになった。
「俺、目立ちたくないんだけど」
直樹の視線はスケイルへ冷たく注がれる。独りを好む直樹にとって、プライベートエリアに常に人がいることは不慣れなことだった。ましてやそこにいるのは得体の知れない生物。周りから注目されるのは必至だった。目立つことを気にするのも無理からぬことだった。
「贅沢言ってんじゃねえよ。まあ、俺は普通の人間には見えないから大丈夫だ」
なぜか、スケイルは昨日とは違い緊張感に満ちていた。装いもフォーマルで、その足音は重苦しく、だが一定のリズムを刻んでいた。
なんでそんな緊張してんだよ、そんなことを言いかけた直樹だが、これ以上話を長続きさせたくなかったために自重した。
直樹が教室に入るとすぐに幸一が歩み寄ってきた。
「おい直樹!隼人が学校に復帰するんだってよ!」
「ああ、隼人が・・・。」
長谷川隼人は幸一、そして直樹の幼馴染だった。親同士が仲良くて・・・というありがちな理由で、小さなころからよく遊んでいた。昔は物静かな男の子だったが、いつだったか地元の不良チームに入り気づけばそこの頭となっていた。直樹はちょうどそのころ、隼人とは疎遠になってしまった。元来直樹は、おとなしく自己主張をあまりしない隼人とは合わなかったというのもあるが。
対して、幸一はその性格もあり隼人との関係は良好だった。しかしこれもまた、隼人がチームに入ったあたりから一方通行になってしまっていた。
そんな中、渦中の人物が教室へ入ってきた。その瞬間、教室の空気が冷たくなった。否応にも目線は隼人へ集まった。クラスの全員が、隼人の一挙手一投足に注目していた。
しかし、隼人はつゆ知らぬ顔で自分の席へ着く。その出で立ちはいかにも近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「おい、あいつだ。あいつは隔に侵食されかけている」
今まで、静かに、そして謎の緊張感に縛られていたスケイルが口を開いた。
あいつって?そんなことは大方気づいているのに、直樹はスケイルに尋ねた。何かを期待していたのかもしれない。
「あのまさに不良風の男だよ。知り合いか?」
「ああ、まあ、幼馴染だよ」
なんとなく、明言することが憚れた。直樹にとって隼人は腫れ物だったのかもしれない。
「なら適役だな。いってこい」
スケイルの声には抑揚がない。たしかに、対象が誰であれ結局は人間なのだからスケイルにとってはあずかり知らぬことだっただろう。しかし、直樹にとっては縁遠いとはいえ幼馴染であったためになんともいえない心持だ。
直樹はほんの少しの間隙ののち、その拳を握る。
「わかった、やろう」
だがやろうとは言ったが、何をすればよいのかわからない。まず、裁くという行為自体に謎が多すぎる。スケイルの行動が常に重大な何かを包み隠そうとしているのも気になる。
何をすればよいのかスケイルに訊ねてみた。すると、
「簡単に言えば、欲の根源となることで対象を上回ればいいんだ。まずオレがD・ロードっていう空間を展開する。そうしないとオレが自由に動き回れないからな。それから、お前は対象と勝負をする。隔のことは気にするな、その間はオレが引き付けておいてやる。だが、肝心のとどめはお前が対象に勝ち、隔が離れたときにしか刺せないからな」
スケイルは、直樹が質問をする間もないほどに捲し立ててきた。直樹から何か質問されるのを嫌ったのかもしれない。
それにしても、隼人の欲とは、もっと言えば根源とは何なのだろうか。今の隼人は昔と違い、欲しい物は何でも力で手に入れられるはずだ。欲とは何か満たされない所から発生するものだが、隼人は何が満たされないのだろうか。
「最近の行動とかはどうだ?例えば、自己顕示欲が原因の場合は自分を他人に認めさせようとするような行動をとり始めるぞ」
隼人の最近の行動といえば、市内にある対抗勢力を壊滅させ、支配下に置いたことぐらいだぞ。それが原因で停学になるくらいだからよっぽど派手に暴れたんだろう。ということはやはり・・・
「支配欲・・・かなあ」
直樹は自己を納得させるようにつぶやく。
「支配欲か。それなら、そいつの支配下にあるものを賭けて勝負するとかだな。そいつの得意分野である必要があるが」
「得意分野・・・喧嘩・・・」
「よし、それだ。直樹、お前隼人とタイマンしろ」
直樹は余計なことを口走った自分を恨む。
直樹は運動が得意ではあったが、いつからか自主的に運動することは無くなった。それこそ、昔は幸一や隼人とよく走り回ったり悪さをしたりしたものだが、今ではその影も見られない。当時の隼人ならまだしも、現在の彼には到底勝てないだろう。
直樹の握り締めていた拳が少し緩んだ。
「案ずるな。D・ロード空間内では身体的能力はもちろん、運命収束値でさえも対象と同じ値まで引き上げる。まあお前に選択権は無いがな」
だとしてもだ。ということはなおさら経験値がものをいうようになるだけだ。片や現役不良、片や何の取り柄も無い帰宅部。初めから勝負は決まって・・・
そのとき、得体の知れない力に背中を押された。変な声が出た直樹は、床にひざをつく。そのまま顔を上げると、
「なんだよ、直樹。なんか用かよ」
「お、おう、隼人。いやあ何でも・・・」
そこには隼人がいた。
「何でもじゃねだろ」
スケイルの声が耳元で響く。またこの感覚だ。前にも同じようなことがあった。
「早く勝負を持ち出せよ。幼馴染がどうなってもいいのか?」
この状態に陥ってしまうと、恐怖心からスケイルに逆らうことができなくなる。これもまた、スケイルの隠された能力か。
「あ・・・あのさ。俺とタイマン・・・してくれないかな?」
教室中の注意が二人に向く。あちらこちらからひそひそ声が聞こえてくる。
「タイマン!?俺と直樹が?」
隼人は捨てられた子猫を見るような目で直樹を見る。直樹は、隼人もこんな目すんだな、なんてことを変に冷静に考えていた。
「う、うん。グラウンド来てくれない?」
直樹は極度の緊張をすると、逆に冷静になるらしい。その拳はまた強く握られていた。
隼人は断れなかった。なにしろその立場上、喧嘩を嗾けられて断るなんてことは言語道断のことだった。しかし、それは相手が同じ土俵の人間の場合だ。こと直樹とやるとなると話は別。できれば避けたいことであった。
「いや、俺はいいけど、直樹は大丈夫なのか。自分で言うのもなんだが俺は強いぞ」
隼人は遠巻きに拒否する。
「それはもちろん知ってるさ。だからこそ勝たなきゃいけないだよ」
ここまできたら直樹も引くに引けない。隼人のため、そして自分のためにも成し遂げなければいけない。
「先に言っておくが、幼馴染だからといって手加減はできないぞ。自己責任だからな」
「ああ、それはわかってる」
直樹の目の奥で青白い炎が燃えている。こうなってしまったら何を言っても聞かないことを隼人は理解していた。
二人並んで歩く廊下。いや、隔とスケイルも合わせて四人だろうか。その廊下はいつもよりも短く、冷ややかに感じられた。それはこれから起こる事件への不安からなのだろうか、それとも二人に向けられる多数の視線からなのだろうか。どちらにせよ、今の二人は昔一緒に並んで歩いたころとは別人だ。