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『D・ロード』(一八ver.)  作者: 小松 一八
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特殊な出会い

直樹は駅前の塾に通っていた。直樹の高校の生徒なら8割以上が通っている塾だ。

 直樹は塾から駅までの道のりを考え事に費やす。自分とは何か。もとい、「普通」とは何か。かねてから自分が「異常」なほど「普通」であることには気づいていた。いつからだかこの答えの無い問答を続けているが当然のように解はでない。よくよく考えてみれば、「普通」の直樹がいくら考えたところで「普通」の理由などわかるわけなど無いのだ。

 直樹は気がつけばビルの屋上に立っていた。ここなら何かが変わると思っていたのかもしれない。

 屋上から見えるのは優等生のような夜景。一見優れてはいるそれは、ステレオタイプなものだった。

 「普通って何だよ」

直樹の眼下にはその「普通」を良しとした世界が広がる。

 「自殺志願者って案外こんな感じなのかもな」

直樹は「普通」を踏みつけるように一歩を踏み出した。

 


 その瞬間、何かが直樹の腕を捕まえた。何か、というのはそれが人間であるのかの判別ができなかったからだ。人型ではあるが、夜の暗闇よりも黒かった。それに、どことなく禍々しいオーラを纏っていた。

 「俺の仕事増やすなよな。もうサビ残は嫌だからな」

その何かは人間の言葉を話せるようだった・。

 「誰だよ、お前」

不思議とそんな言葉がすらすらと口を衝いて出た。

 「おお、オレのこと見えんのかよ。地球人では始めてみたかも」

さらに続けてその何かは言った。

 「うわっ!お前すげえな。こんなん見たことねえよ。てかよく見たら”隔”が憑いてねえじゃねえか」

スケイルは一人で喜んでいた。

 「何だよ。俺がどうかしたのかよ。つか、隔ってなんだよ」

 「いや、すまん。忘れてくれ」

スケイルは明らかに何かを隠しているようだった。

 「というか早く初めの質問に答えてくれないか?」

直樹は少し切れ気味に言う。

 「質問?ああ、オレが誰だってか。オレはなウェルフェア裁判所地球課の天才裁判人スケイルだ」

直樹は理解ができないものの、なぜだか納得していた。それは直樹が以前どこかで同じような体験をしたからかもしれない。

 「なぜ俺を止めた」

直樹は立て続けに質問を投げかける。

 「お前は自殺するには不自然なんだよ」

 「不自然って何だよ」

自分が「不自然」と言われたことが少し嬉しかった。

 「それは教えられねえよ。契約者以外には言ってはいけない決まりなんだよ」

 「契約者?なんだよそれ」

そのときスケイルの表情が少し変わった。

 「それも契約者にならないと教えられねえよ」

 「じゃあ契約者になるから教えろよ」

直樹は乱暴に言った。スケイルにもったいぶられていることに対しイライラが募っていた。

 するとスケイルは、待ってましたと言わんばかりにこう言った。

 「なんだなんだ、それならそうと早く言ってくれよ」

そう言いながらスケイルはどこからか書類を出してきた。

 「じゃあこれにサインしてくれるかな?」

スケイルは直樹に契約書と特異的なペンを渡した。直樹は迷うことなくペンを受け取った。「普通」から脱却できる気がした。

 「っ痛!」

ペンを持った手に痛みが走った。

 「ああ、そのペンは使用者の血液をインクとするからな。チクッとするかも知れんぞ」

言うの遅えよ、というツッコミは飲み込んだ。

 「ほら書けたぞ。教えろよ」

その瞬間、直樹の体が何かから開放されたような気がした。

 「じゃあ説明しようか」

少し間をおいた後にスケイルは説明を始めた。

 「じゃあまずは例の『隔』について説明しようか。人間はみんな隔っていう怪物が憑いてるんだ。隔って言うのは人の欲に反応して幸福量の操作をする」

 「それがどうしたんだよ」

 「まず聞けよ少年。人間っていうのは人の欲が満たされれば、さらにもうひとつ上の段階の欲が生まれるもんなんだよ。それをまた隔が満たされるように幸福量の調整をする。それを続けていくといずれそれは巨大なものになる。そしてそれを隔が食べてしまうんだ」

 「するとどうなるんだ?」

 「死ぬんだよ」

スケイルは何の感情も込めずに言った。

 「死ぬってなんだよ。てか俺にはその隔ってのが憑いてないんだよな?」

直樹は気づけばスケイルの話に引き込まれていた。

 「ああ。さっきも言ったとおり、隔は人間の幸福量を操作するんだ。だがな、それには少し語弊がある。厳密に言えば隔が操作できるのは幸福量ではなく、”運命収束値”なんだ」

 「運命収束値?なんだよそれ」

 「そのまんまの意味だよ。わかんねえのか?」

あとでスケイルを殺してやろうと直樹は決意した。

 「運命収束値ってのはな、簡単に言えばそいつの幸不幸のバランスを数値化したもんだ。1を基準としてそれよりも大きければ幸福が、小さければ不幸の割合が多いようになるってことだ。そんで、お前の場合はその運命収束値が1ぴったりなんだよ。何でだかわかるか?」

 「俺には隔が憑いてないから」

 「そうだ、よくできたな少年」

この瞬間、直樹の中の『嫌悪感を覚える人ランキング』において、スケイルは直樹が通う高校の国語教師である佐久間と並んだ。

 「収束値ってのは基本的に1に固定されているんだ。だから隔が操作しない限り収束値が変動することは無いんだ」

 「基本的にってことは例外があるのか?」

 「なかなか鋭いじゃねえか。合格だ」

佐久間を超えた。

 「たった一つだけ自分の行い次第で運命収束値が変化するようにする方法があるんだ。それは、オレのような裁判人と契約することだ」

 「すなわち今の俺は運命収束値が開放されてる状態ってことか」

 「ああ。それに契約できる人間には大変な条件があるんだ」

 「なんだよ」

直樹は自分が特別な人間のように思えて少し興奮したが、表には出さないよう努めた。

 「契約ってのは隔がついてる人間とはできないんだよ。所謂”二人乗り”は法律で罰せられてしまうんだ。これが法に従事するもんの辛いところだな」

ここまでくると直樹もいちいちスケイルのドヤ顔反応しなくなった。

 「じゃ、聞きたいことも全部聞いたし俺は帰るわ。もう電車来るし」

直樹はスケイルに背を向け、さっさと出口へ歩いた。

 「まだ大事なことを伝えてないぜ」

スケイルは離れているはずなのに、その声は耳元で響いた。直樹はここに来て初めて恐怖を感じた。

 「な・・・なんだよ」

直樹の声は少し震えていた。それほどまでにこのときのスケイルは奇怪なプレッシャーがあった。

 「さっき運命収束値が開放されたって言ったよな。それはつまり運命収束値が下がる可能性もあるってことだ」

 「別にいいよ」

冷たくあしらう。

 「そんなこといっていいのか?収束値が減れば減るほどお前は不幸になり最悪の死ぬぞ。ただ隔を裁くだけでお前は幸せな人生を過ごせるんだ。こんなうまい話は無いだろ」

直樹にとって幸福な人生などは到底眼中に無かったが、死ぬのだけは避けたかった。両親や兄を悲しませるのだけはどうしてもできない。

「じゃあどうすればいいんだよ」

「オレと一緒に大きくなりすぎた隔を裁くんだよ」

 「何で俺がそんなことを。他人の為に自分の時間を浪費したくないんだ」

「けど死ぬのは嫌だろ?」

痛いところを突かれた。最初からスケイルの手のひらの上だったようだ。

 「・・・わかったよ、やればいいんだろ。やるよ」

 「よし、決まりだ。帰ろう」

 「帰ろうってなんだよ。ついてくんのかよ」

 「あたりまえだろ。もう俺はお前に”憑いた”んだから。ほら、急がないと電車に遅れるぞ」

 「マジだ、やっべ!」

二人は夜の帳が下りた町へと消えた。電車には乗り遅れた。


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