32話・ハインツ達との出会い
(誰か入って来た! まさかヘリオス?)
わたしは咄嗟に寝台の影に隠れた。するとなんだか思ったよりも視点が低い気がした。心なしか見慣れた寝台が大きい様な気もする。異変を感じ取りながらもとにかく侵入者から身を隠すことを優先した。
「マリカ公女殿下?」
違ったようだ。声からベルナンのようだ。彼は青白い月光に照らされている部屋の中をわたしを捜しまわる。
「公女殿下? どちらにいらっしゃいますか?」
わたしは身を顰めてどうか見つかりませんように。と、心の中で願っていた。
「公女…」
わたしのすぐ側で足をとめた彼はベットの上だけでなく下まで捜しだす。そんなとこにわたしが隠れるわけないでしょ。と、心の中で突っ込みを入れたわたしは彼と目があった。
(あれ?)
さっきから感じている異変とわたしは向き合っていた。どうしてベットの下を覗き込んだ彼と目が合ったのか?
「おや。なんとお可愛らしい姿に…」
答えは彼の言った言葉で知れる。ベルナンはわたしを両手ですくい上げドレッサーの前に立った。鏡のなかにはベルナンとその腕に抱かれた小さな黒い子猫が映っていたのだ。
(わたしの姿が映ってない?)
信じられない思いでいるわたしをベルナンは鏡の前に置いた。わたしは手を伸ばす。すると子猫もわたしへ手を伸ばして来た。
(まさかこれがわたしの姿? 子猫になったというの?)
「いやあ。驚きました。あなたさまがこんなに愛らしい姿に転じるとは。面白い仕組みですね。それでいつ元の姿にお戻りになられるのですか? 公女さま」
そんなぁ。猫になるだなんて。わたしはてっきり天国に逝くものだと思っていたのに。こんなのってない。ナイルに会えると思ったのに。う~。ぎゃいぎゃい言っても声から出るのは猫の鳴き声。
ベルナンは呆れたように言った。
「これでは会話もままなりませんね。あなたさまは何を考えておいでです?」
そんなこと言われても分かんない。どうしよう。どうしたらこの姿から解放されるのかしら?
「仕方ありませんね。猫の姿になってしまわれては、我が陛下とは添い遂げられそうにありません。あなたさまには死んでもらうことに致しましょう」
ベルナンから物騒な言葉が飛び出してわたしはドレッサーから飛び降りた。わたしを殺す?
「おや。おや。どこに行こうというのです? 城の中しか知らないあなたが」
彼の言ってることは適切だけどなんだか嫌味が込められていてムカついた。さっきまで死のうと思って服毒したのになぜか猫になってしまったけど、彼に殺される気はなかった。
『わたしの勝手でしょ』
「お待ちを…」
わたしは自分に掴みかかって来たベルナンの手をかわしベランダに逃れるとそこから一気に下に飛び降りた。わたしの部屋は二階にあったけどなんなく外へ抜け出す事が出来た。猫の跳躍ってすばらしい。二階からくるりと身を翻して飛び下りることが出来てしまった。
自分がいた部屋を見上げればベルナンが悔しそうにこちらを見ていた。わたしはなんだか可笑しくなってきて、
「あばよっ」
と、その場を後にしたのだった。
静かな月に見守られながらスワンヘルデ城を後にしたわたしには行き場がなかった。夜のしじまを駆け抜けるのが気持ち良くて城の周囲を取り巻く森まで出て来たものの、今後どうしようかな。と、不安に駆られる。今の自分は猫の姿。これからどうやって過ごしたものか。ベルナンが言ってたように、わたしは城の中しか知らない。
今まで公女さまとして大事にされて暮らして来た。
(これからどうしたらいいの?)
自分では何も出来ないんだった…と、今さらながらに気がつく。
(わたしの馬鹿。ばか。ばかぁ)
きぃきぃと頭上で何かの鳥の鳴き声らしいものが聞こえてわたしは竦み上がった。この場から急いで離れようとしたらガチャリッと何かに足を食まれた。金属性のもので誰かが仕掛けていた小動物を捕える為の罠のようだ。
『いたあああい。痛いっ。痛い~』
足に罠の歯が食いこんで相当痛い。悲鳴を上げたわたしに反応して誰もいないはずの森の中、草むらをかきわけこちらに向かって誰かがやって来る気配がした。
『いたい。助けて…』
わたしは何も考えずに助けを求めたものの、相手が近付くにつつれ今の自分の姿を思い出し警戒した。
「ハンス。見てみろよ。可哀相に。罠に子猫がかかっているぞ。この辺りでは猫を食べる風習でもあるのか?」
「そんなことはありませんよ。この子猫は誤って罠にかかってしまったようですね。ハインツ」
旅装をした二人連れの男のうちハインツと呼ばれた若者がわたしの側に膝をつき、労わりの目を向けて来た。
わたしの罠の状態を見て目を顰め、
「かなり食いこんでる。血が出てるな。ちょっと待ってろよ」
と、言って小刀を罠とわたしの足の間に挿し込み、わたしの足を抜いてくれた。
『いたああい』
傷を負った足を引っ張られてわたしは悲鳴を上げた。
「悪い。もう大丈夫だから、そう怒らないでくれよ。おチビちゃん。お前はどこの子だ? 迷子か?」
『わたしは迷子じゃないわ。スワンヘルデ城から来たの』
つい、ハインツに訊ねられてそう応えたわたしは自分の声から漏れた言葉が人語になってないと気が付いて手で口を塞ぐ。悲しいかな。今のわたしは猫だ。誰も分かってくれない。がっかりしたわたしに優しい声が返ってきた。
「そうですか? スワンヘルデ城から」
ハインツの連れの確かハンスと呼ばれていた人だ。ハインツよりはだいぶ年上に見えるその人はわたしを抱き上げた。わたしは期待の目でハンスを見あげた。ハンスはわたしがナイルと出会った頃、彼が持っていた杖のようなものを持っていた。服装も旅人ぜんとしたハインツとは違い、魔導師のようなローブを着ている。
『あなたわたしの言ってる事が分かるの? あなたはひょっとして魔導師?』
「はい。そうです。私はひょっとしなくても魔導師ですよ。あなたさまにはおかしな術がかけられていますね」
ハンスは興味深そうにわたしの顔を見る。わたしは一瞬、怪我のことを忘れていたがひりひりと傷口が痛むのに顔を顰めた。ハンスはわたしの足に触れ膏薬を塗ってくれた。その上から手をかざし何か言葉を呟く。
「治癒を施しておきました。これで痛みは引いたと思いますがどうですか?」
ハンスの言った通り激痛は無くなっていた。
『痛みはないわ。ありがとう』
わたしは嬉しくなって彼の頬を舐めた。ハンスが照れたように言う。
「姫君。そう簡単にキスなどされては、焼きもちをやく者が出てきますよ」
『猫のわたしに関心を持つ人なんていないわ』
「いいえ。約一名、すでにそこにおります」
ハインツが悔しそうな顔をしていた。
「ハンス。その子は俺が見つけたのになんで先に懐かれてるんだ。不公平だ。それに俺には分からない話をしてるし。その子猫は何か訳ありなんだな?」
「まあ。まあ。ハインツ。後で事情は詳しくお話しますから。まずはこちらの姫君のおみ足の治療をしましょう。申しわけありませんが、わたしたちの泊まってる宿屋に一緒に来て頂けますか? 姫君」
『ありがとう。お願いします』
その後、わたしは彼らに事情を明かし怪我の治療をしてもらっているうちに共に暮らすこととなったのだった。




